自分らしく挑む選手を見守るだけでいい

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オリンピックも半分が終了。
テレビでは前半ハイライトが大量オンエアされ、日本選手達の活躍をあらためて感じさせられる。

柔道の三冠野村・二冠谷のダブル金メダルにはじまり、北島の「チョー気持ちいい!」、体操の「栄光への掛け橋だーっ!」、ライフル山本の「20歳で銅メダル、40歳で銀メダル、60歳で金メダル?」等々、印象的なシーンが沢山。

以前のオリンピックと比べて変わったな、と感じるのが、選手の雰囲気。昔だったら、

 「北島選手、金メダルおめでとうございます。今の感想は?」
  「あ、はい、日本で応援してくれている皆様のために頑張りました。皆様のために結果を出そう、出そうと精進してきましたが、今回はいい結果を日本のために残せてよかったです。」

みたいな日本国万歳、お国を背負って頑張ってます、みんなあっての自分です的な雰囲気が暗黙の了解であった。でも、今年は「チョー気持ちいい」とか、「いえーい (ピース) 勝ちました」なんて、自分がいい思いをする為に勝ったんだ、結果的にみんなの応援も嬉しかったよありがとう、という自分本位な人たちが増えた。いいことだ。

終戦直後じゃないんだから、今時「お国のために」なんて雰囲気がスポーツで存在すること自体がちゃんちゃらおかしい。ベッカムはイギリス国のために頑張っているか?ビルゲイツはアメリカのために頑張っているか?ジョージブッシュは世界のために頑張っているか?

否。自分のために頑張っている。自分の成功欲、達成欲、出世欲などを満たし幸せを感じるために頑張っていたら、それぞれがいい結果を残している (ジョージブッシュを除いて)。

日本国から「日本のために陸上でメダルを取ってくれるだろう!」と過度な期待をかけられていた末続選手、今年は予選敗退したけど、日本の期待なんてどうでもいい。彼が楽しく、世界レベルのスピードで走りつづけたい、そして勝ちたいと思えば、いずれ素晴らしい結果を残すだろう。

マラソン円谷選手が60年代に自殺をした時からずっと続く、「国のためそして応援する皆のために苦しむ選手」という歪んだ構図は、井上康生選手応援団に土下座で謝罪する井上父上という衝撃的なシーンに形を変え、脈々と受け継がれている。

選手を応援したければ、すればいい。
選手を応援したくなければ、しなければいい。
選手は応援によってエネルギーをもらえるかもしれない。
選手は応援に結果で応える義務はない。

応援は、無償であるべきだ。
ギブ&ギブ、勝っても応援、負けても応援だ。

国民の過度な願いが、多くの有望且つ生真面目な選手を潰してしまわないことを願う。

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このページは、georgeが2004年8月21日 23:04に書いたブログ記事です。

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