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西海岸か、東海岸か。

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高校時代、ペンシルバニア州に住んでいました。東海岸は、人種のMixがそれほど盛んではなく、どちらかというと白人至上主義な風潮がありました。明示的に差別されたことはなかった気がしますが、どことなく俺ってエイリアンだな、と感じたことはしばしば、っていうか常に。

もう一度アメリカに住むとなると、できることなら異邦人としての自分、アメリカ合衆国の異物としての自分を意識せずに生活できるところに行きたい。そういう意味では、西海岸の雰囲気、特にメキシコの国境まで目と鼻の南カリフォルニアのムードは、心地よかったです。大学キャンパス内の人の集まりを見ても、白人も、メキシカンも、中国人も日本人も、比較的よく混ざっている。お互いの違いを認識しつつ、認めあっているように見えました。

夏からはカリフォルニアに行くことにしました。LAかSan Diegoかはまだ100%決めてませんが。

9月以降、「カリフォルニアに行きたいが宿が無い、足が無い」という方は私まで。無料ツアーにご案内します。


おまけ。

冒頭の写真は、帰国当日、成田からのバスで見えた日本の空。雲ひとつ無いカリフォルニアの空も気持ちよかったけど、表情豊かな雲の隙間から伸びる光線は神がかっていました。

錦糸町駅に着いたところで、むしょうにアジアンフードが食べたくなりました。スパイスを欲していたのでしょうか。最近オープンした、タイ食堂「ティーヌン」にてがつ食い。

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一皿あたりのボリュームが少なくてほっとしました。
やっぱ日本はいいよね。

 幸せな食卓: 錦糸町 ティーヌン☆ by angeさん

サンディエゴともしばしお別れ。

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朝もやがかかったサンディエゴのベイエリアを見ながらエレベータを降り(左上)、タクシーで空港へ。15分程で到着し、セキュリティもなんなく通過。LAのものものしいセキュリティはなんだったのでしょうか。

しかーし。ゲートに着くと、自分が乗る飛行機が掲示板に表示されていない。

「あれ?僕の飛行機はどうなったの?」と聞くと、「移動やらシステム調整やらでこっちもよく判らないの。次の飛行機に乗る?」と言われたので、事情が判らないままに一本早い飛行機(右上)に搭乗。飛行機の製造会社は、一般的にはカー・メーカーとして知られているSAAB。プロペラジェットのため音はうるさめ。ブルルルゴーーーブルルゴーーー

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LA到着後、成田行きの大韓航空にチェックイン。そういえばカリフォルニアらしいものあまり食べてなかったと思い、ビュッフェエリアに足を運ぶと「SUSHI BOY」(左下)・・・って、小僧ずし?お約束のカリフォルニアロール(右下)を食すも、目当てのアボガドが少なくてがっかり。きゅうりの方が大きいぞ!でも、なかなか美味い。アメリカで寿司(もどき)がはやるのも納得。

時間も車も無いステイでお土産を一つも買えなかったので、DFSでちょこっとばかしチョコを購入。飛行機に乗り、BoA似のスチュワーデス軍団と前方の飛行機がつくった一筋の雲の上にぽっかり浮く月を見ながら眠りにつきました。

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帰国。

サンディエゴ・ナイトライフ。

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ジャズライブハウスCroce'sまでは歩きで。1870年~1930年頃の街並みをレノベートした、繁華街エリア"Gaslamp Quarter"訳してガス灯地域までは10分ほどの道のり、多少ホームレスや危なそうな人も居るけど、ニューヨークのダウンタウンと比べるとかなり安全な雰囲気でした。よほど無防備でない限り襲われることはなさそう。

かっちょええ生演奏の音が外まで聞こえてくるライブハウスのドアにて"写真つきIDは?"と。しまった・・・ホテルにパスポート置いてきちゃったよ。レストランとは違い、飲酒前提なクラブは写真つき身分証明書が必要。クレジットカードを持っていようがひげを生やしていようが、ダメなものはダメとのことで、がっくし。とぼとぼホテルまで戻ろうとするとどこかの民俗音楽が聞こえてきました。

ふと見ると、そこはペルシャ料理屋、金曜日はベリーダンサーがショーをやっているとのこと。「食べていく?」と聞かれるも、男一人で見るのはなんかイヤらしい感じがして一瞬気が引けました。とはいえ、部屋でご飯を食べる気にもなれないし、収穫なしで帰るのもなんなのでテラス席に座り、レンズ豆のスープとチキン・シーザーサラダを注文。これならそんなに量も多くないだろうと。

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にぎやかな音楽と激しい踊り。上の写真は白人客が無理やり帽子をかぶせられて、椅子に座らされて「じっくり見ろよ!」とばかりにその周りを二名のダンサーが腰フリフリ。日本のベリーダンサーは大体腹が六つに割れているぐらい絞れていますが、そこのダンサーはマワシが似合いそうな立派な胴回りでした。

お店の名前はSadaf - "サダフ"。サダセインの略か?(ちがいます)Tel:619-338-0008、サンディエゴ・ダウンタウンのガスランプクオータ、828 Fifth Avenueです。メモメモ。

因みにスープは軽く3人前、サラダは5人前でした。これ一人で食えってのか。たっぷりのロメインレタスと細切りチーズの上には、子供のこぶし大はあろうかという鶏肉が10個ぐらい。ざっと500gは乗っていたのでは。こんなん毎日食べてる人達と戦ってもかなう筈がないと、サダムフセインの軍隊に哀れみを感じました。

ホテルに戻り、エレベーターから港の景色を一望(冒頭写真)。いよいよ帰国かー。

午後は更にキャンパスを視察しました。

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MBAセッションが行われる建物(上)、いい雰囲気です。休み時間になると学生がわらわらと集まって話をしたりコーラを飲んだり。広いキャンパス内の移動手段として、バス、歩き、自転車以外では、スケボーを使っている学生がひときわ目立っていました。ガーーーー キキッ パンッ トコトコトコ(滑走→停止→跳ね上げ→徒歩) Theカリフォルニアって感じです。

フルタイムのMBA授業が行われる建物"Otterson Hall"の写真も撮ってきました(左上)。模型です。まだ建設中だか、これから始めるだかという状況。なんでも、施工業者がぼったくり&仕事が遅いので、別の業者に委託するために計画を遅らせたそうです。それまでは、共用のPepper Canyon Hallで授業を受けることになります。

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学内を散歩していたら、なんかのお祭りをしていました。DJがいたり出店があったり、ステージでカポエラを踊っていたり(右上)、噴水に水着で入って踊ってたり。さすがアメリカの大学、やることが派手です。

4時頃、UCSDの大学院でコンピュータ・サイエンスを学んでいる、弊社のエンジニア先輩と会いました。サンディエゴでの暮らし、生活費、住宅、車、英語の学習、雰囲気等についてヒアリング完了。いつでも住めるぞ!ってぐらい色々聞けました。

再度MBAオフィスに挨拶をして、宿泊先のホテルがあるサンディエゴのダウンタウンにバスで向かいました。街中には路面電車が走っており(左下)、ちょっとレトロな感じ。意外とスピードも速かったです。7時頃には、Wyndham Emerald Plazaホテルに到着。夏時間のおかげでまだこんなに明るいです(右下)。

ホテルのフロントにて、市内のジャズライブハウスの場所を聞き、表に出ました。

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外から見るとこんな感じです。エメラルドっていうほど綺麗じゃないけど、ちょっとかっこいいんです。

詳しくは、また。

悪いことがあった次の日は、いいことがおきる。

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サンディエゴ1日目は色々ありましたが、今日も元気です。アメリカ視察のメインイベント、UCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)への訪問を実施。ホテルを7時半に出て、歩いて8分のMBA校舎へ。気候のおかげかはわかりませんが、行く先々で綺麗な花が咲いています。パンジーやらハイビスカスやら、至るところで咲きまくり。上の写真はなんだろう、スミレでしょうか?校舎への道端にて激写。

MBAの授業が行われている校舎、Pepper Canyon Hall(左上)に到着。UCSDのフルタイムMBAコースは今年の秋から開設されます。現在行われているのは、"FlexMBA"という、社会人向けのパートタイムMBAコース。60人ほどのクラスは主に地域のハイテク企業からの生徒で構成されています。受付にて、今までメールや電話をやりとしていたモニカと対面(右上)。電話やメールのやり取りから想像していたよりも若くてびっくり。UC Irvine校を卒業し、去年の夏からフルタイムで働いているそうです。

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その後、8時から11時まで"Operations, Information Systems and Analysis"の授業を見学(左下)。おおまかに訳すと経営・情報システム・分析ですが、今日の講義の内容はSCM(Supply Chain Management - 物流マネジメント)で、前半は理論や考え方についての講義、後半はケーススタディでした。内容はトヨタのカンバン方式について。クラスの雰囲気はアクティブで、生徒は聴いているだけでなく積極的な発言をしていました。英語なのに"Muda" "An-don" "Heijunka"などの日本語がそのままローマ字読みされていたのが面白かった。

午後は採用責任者のMargie(右下)、カリキュラム責任者のJoAnne、MBA学長の Mr. Sullivanと面会し、今まで聞けなかったことを遠慮なく質問。現状で自分は90%サンディエゴに決めているが、未だにUCLAやUC Berkeleyから結果が来ていないので残りの10%は未定だということを正直に話しました。

Margieは4月に電話面接を通じて僕を採用した本人。面接の時は遠慮して言えなかった事、聞けなかった事も含め100%の話ができてよかった。JoAnneには授業内容が自分の希望に沿ったものになるか、ビジネスマンとしての自分を強化できるクラスや講師が揃うことを確認。Sullivan学長とは、「今年から開設」という新しい学校を運営することに対し、彼がどれだけの実績と熱意を持っているかを確認。

給料をもらって働く企業に入社するのと違い、高いお金を払って勉強する学校に入るということは、見合ったリターンを得られるかを確認する必要があります。今日話した感じでは、UCSDのMBAスクールでは確実にそのリターンを得られそうです。

実りの多いミーティングセッションでした。

続きます。

今日は(ちょっと)ついていない日。

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LAからサンディエゴへの出発時刻は10時。予定通り9時に空港に着いたものの、異常に厳しいセキュリティチェックでかなりの足止めを食らいました。所持品は全て開封チェック、北斎茶房のギフトボックスまで中を見せろという。PCや電子機器は、特殊な布でひと拭きしてから、イオンディテクターなる機械でプラスチック爆弾の粒子を検知していました。更に、一人あたり3分ほどかけて、全身をくまなく金属探知機と触診で確認します。

日本を出てきたときの国際線よりもはるかに厳しいチェック、当然のことながら物凄い行列ができ、終わったころには搭乗まであと15分。やばいやばい。ゲートに向かうと、搭乗ゲートはシャトルバスに乗るため別の通路へと迂回。そのまま通路に沿っていくと、なんだかExitとかBaggage Claimという文字が目立つものの急いでいるので直進。あれ、ここどこだ?と気付くと、そこはArrivals。外です。

ヤバ・・・途中で通路間違えた、と思い、急いで出発ゲートまで行くも、再度セキュリティチェック。えー・・・ 「もうさっきチェックしたでしょ」「でもチェックしなきゃダメなのよ」「いや、シャトルバスの方に向かったら、なぜかBaggage Claimに出ちゃってさ」「なんでBaggage Claimに行ったの?」「いや、それは今の問題じゃなくって・・・とにかく飛行機があと10分で出発しちゃうから」 という押し問答の末、結局全てのセキュリティチェックをやることに。

さっきと同じミスはしないぞとシャトルバス搭乗口の迂回通路に行き、今度は「バス」標記を発見し、搭乗口に。「10時のフライトなんだけど!」「ぼーや、もうダメね、次のにチェックインしてあげましょう」ということで、11時のフライトに搭乗。とりあえずホテルに着いたものの、1時間を無駄にしました。

その後、大学周りやアパートを確認しつつ、La Jolla Shore(ラホーヤショア)というビーチエリアに遊びに行き、サーフボード&ウェットスーツをレンタル。一時間で1000円ぐらい。安い。貴重品は店に預けつつ、ビニール袋にカメラとTシャツを入れて浜辺まで。砂の中に袋を隠し、波乗り開始。

30分後、いきなり足が吊る。激痛をこらえながらなんとか砂浜に戻り、ストレッチ。10分後、再度足吊り。昨日のジョギングがたたったようで、まともに板に立てません。結局1時間半ぐらいで上がり、ビニール袋まで戻ったら・・・開封されてました。セキュリティチェックかよ。しかも、丁寧にビーチサンダルとTシャツはそこに放置して、カメラかっぱらわれました。バカです、私。バカバカバカ。

アメリカの良心とか、こんなお天道様の下で犯罪働く奴もいないだろう、つーかいちいち砂に隠したビニール袋引っ張り出して散策しないだろうと油断していました。バカだね。とぼとぼホテルに戻りました。ちょっと気落ちしつつ、「損して得とれだ!」ということでカシオのデジカメを隣のモールで購入。型落ちだからか5メガピクセルなのに結構安かったです。5メガなんて誰が使うんだろう、と思いつつ。

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日は落ちかけ、庭のプールもがらがら(左上)、部屋(右上)もなんだかほの暗い。アメリカのホテルは本当に照明が暗いです。日本が明るすぎるのかな。ホテルのバーでなんとなくデザートを食べたくなってクレームブリュレを頼んだら(左下)、やっぱり日本の4倍ぐらいの量。上のパリパリの部分の厚さが日本のブリュレの厚さ、って感じでした。

もう一個、損して得とらなきゃということで破格の9000円程度で買ったRip Curlのウェットスーツを風呂場に飾って(右下)、これでいいんだ、今日はついてるんだよ、ホラ、デジカメもウェットも買えたしね、と一人納得。

ついてないよ。

韓国タウンもでかいアメリカ。

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ダウンタウンのハイアット、薄暗い部屋で仕事をした後、ジムで久々に30分ジョグ。体を疲れさせれば夜もぐっすり眠れて、時差ぼけ防止になるはず。UCLAで映画ビジネスの勉強をしているケイジが授業が終わった10PM過ぎ、再び彼にひろってもらってコリアンタウンの大衆的な韓国食堂へ。

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座るといきなりキムチやナムルやらがどばどばっとテーブルに出される(左上)。プルコギ(右上)と石焼ビビンパ(左下)を頼んだものの、これがまた馬鹿にでかい。肉の盛り方が日本の3倍ぐらいだし、ビビンパも茶碗3杯ほどのご飯とあふれんばかりの具。とりあえずまぜまぜします(冒頭)。

はたらけど働けどなお我がくらし 楽にならざり ぢっと手をみる (啄木)

 ならぬ、

数食えど食えどなお 我がお皿 空にならざリ ぢっと肉みる (丈豚)

って感じでした。
明日は早起きしてサンディエゴ行きなのに、食いすぎでねむれな・・・スヤ・・・

やっぱりでかい国アメリカ。

LA

昼飯は海沿いまで足を伸ばそう!と向かったのがVenice Beachのエリア。行く途中で見つけた、ドアを開け放って走行しているFedEx(左上)。因みにこちらで多く見かける人気車ブランドはBMWとLexusで、ベンツやアメ車は比較的少ない。RVはどでかいレンジローバーやGMCが目立ち、日産のX-Trail系の小さいRVはアメリカ人にとっては中途半端な大きさなのか、あまり人気なし。どうせでかいならとことん、って感じでしょうか。

LA

ケイジが好きというカフェに到着し、レジに並ぶ。甘そうなスイーツが沢山あり、チーズケーキの上にオレオサンドが一つぽんと置いてある(右上)のを見て、おおざっぱだけど美味しそうと思う。外の席に案内され、サラリーマン風の4人組を発見(左下)。海沿いで昼食を取れるなんて贅沢だな。因みにスーツなのに靴下は緑、ちょっとおかしかった。

ケイジはオムレツを注文(右下)。でかい。魚好きの僕はスモークサーモンのベーグルサンド(冒頭)を頼んだが、この量が多いのなんの。日本だったらサーモンだけで4人前、ベーグルも150%スケールです。食べても食べても減らない。順調に食べても20分かかりました。そういえばスタバもショートは無いらしいです。小さくて飲めねえとクレームが来るからでしょうか。

お腹を満たした後はVenice Beachエリアに。歴史のある場所らしく、建築様式も一風変わってます(左上)。浜辺に出ると気分は爽快(右上)、波打ち際まで行くきました。ロスの海は水がかなり冷たく、ちょっと水を触ってみたところ千葉の北ぐらいでとてもじゃないが水着で入れる気がしない。ぼちぼち散歩をしたところで、荷物を取りに再度アパートまで戻りました。撮る写真全てにおいて、空が青い(左下)。こりゃ能天気になるわけです。

LA

その後は、ほの暗いホテルの部屋(右下)で仕事でした。雄大な国で小さくなって仕事をするサラリーマン、なんてちっぽけな存在。

(5/14 追記) ケイジもBlog"Things that I think"
書いてます。LA事情や映画の話がオモロイ。

ロスアンゼルスは茶房カステラの夢を見るか?

アメリカ西海岸の気候、雰囲気や住環境の下調べに来ています。今日はロスアンゼルス。

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出る前の成田(左上)は曇っていてやる気がとんと出ず。しかも、丁度良い便がなくて大韓航空に。せめてノースウェストと思っていたのに。意外と、乗ってみるとFAの女性達はみんなチェジゥ顔でサービスも真心がこもっている感じだし、機内食のビビンパもなかなか美味しい。エコノミーだったが隣の席が空いていたため、比較的楽でした。今まで東海岸しか行ったことがなかったため、フライト時間が9時間以下というのも嬉しい。

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航路は荒れることなく、成田上空以降は常にいい天気。そりゃ雲の上ですからいい天気なんですが(右上)。東京と変わってカリフォルニア上空は雲ひとつない空、下界が良く見えました(右下)。空港にはUCLAに留学中のケイジ君が迎えに来てくれて、ちょっとしたドライブ(左下)。キャンパスから車で5分、ルームシェアで$500程度なのに凄くいいアパートに住んでます。

アパートの中で一番ウケたのが、現像から戻ってきた写真の袋にあったこの宣伝。「うちの使い捨てカメラだとこんなに綺麗に撮れますよ!」というアピールなのだが、左は赤目、背景暗い、白バケ。右は"Just Right!"って。確かに写真はいいが、子供の顔が怖いですから。日本の宣伝ではありえない程にぐわわわわっと主張する被写体ですね。

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LAライフ。真っ青な空の下での波乗りは最高に気持ちいいらしいです。例外にもれず、ケイジのルームメイトは波乗り大好き。アパート内にボードが4枚あり(左下)、本人も褐色に日焼けしていました。キッチン(右下)には明るい日差しが差し込み、あー、こんなところだったら料理もしたくなるだろうなと考えつつ、北斎茶房からのお土産、抹茶カステラをケイジ達にプレゼント。カステラは久しぶりだったようで「美味いー」と喜んでくれました。

 関連記事: ケイジのBlog ジョージが来たぞ!

つづく。

あえて裏庭

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Backyard Cafe & Antique.

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お昼ごはんにどこかいいところない?と聞いたら、サークル&学部の後輩のJ君に素敵な店「バックヤード カフェ&アンティーク」に連れて行ってもらいました。勢いづいているつくば市の現状は、高度成長期の日本を髣髴とさせる新規出店振りです。こちらもまだ新しいのかな?

 シティネットつくば: 「バックヤード カフェ&アンティーク」

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店内はとても暖かくて小奇麗。アンティークがそのままカフェの家具やインテリアに使われており、1940年代アメリカ風です。って、まだ生まれていないので想像で話していますが。

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お店を紹介してくれたナイスガイ、J

カフェというだけあってドリンクも豊富。最近甘味に目がないので「あずきラテ」(写真上)という言葉を見ただけで胸が小躍り、即注文でした。Jはキャラメルラテ(写真下)だったかな?

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食事も手抜きは一切なし。ランチメニューにはローストチキンやモコロコ(ロコモコ?ポコロコ?)、パスタセット等があり、非常に迷います。カルボナーラ好きなのでトマトのカルボナーラ(写真上)を頼みました。彼はきのことベーコンのクリームパスタ。

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就職活動の面接を控えた彼と話していたら、あっという間に1時間半程経過。あとで見たら「はよ戻って来い着信」が携帯に入っていました。やば。写真を撮り忘れましたが暖房設備完備のテラス席もあり、天気のいい日はとても気持ちよく、曇った日でも快適に時間を過ごせる店でした。

がんばれつくば。

仕事で数ヶ月ぶりに戻ってきました。

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東京なら車道だろうという広さの歩道

茨城県つくば市、研究学園都市。今の僕の原点。94年に初めて来たときは何もなくって、唯一のつくばセンターの近くに西武デパート、ダイエー、ジャスコぐらいしかありませんでした。なんて「寒い」街だろうかと。学生の自殺率が高いのも納得でした。

それがいまや、常磐新線(仮)こと「つくばエクスプレス」の開通を控え、新規開発の特需に沸き、分譲マンションはポンポン建てられ新興住宅街も多く開発されています。センター横にはQ't (「キュート」)という地域密着型デパートがオープンし、ビアードパパもスターバックスもGAPも入りました。

どうせ閑散としているんだろうと足を踏み入れたら、むしろ錦糸町の丸井よりも客入りがよく活気がありました。昔はつくばで「カフェ」といえばいわゆる「喫茶店」でしたが、今では東京の人気店に負けないぐらい素敵なカフェが沢山あります。バブルが崩壊し東京都内のマンション価格下落に伴い都心回帰が謳われる中、茨城県のつくば市にはこれだけの人がいて、新たなビジネスチャンスがある。

汚れた空気と汚染された川、数えるほどの星しか見えない夜空に疲れた大人達、のびのびとした環境で子供を育てたい人達。今まではなにもかもが東京に一極集中しすぎでした。これからは少しずつ変わっていくのか?と思うと、ちょっと気分が明るくなりました。

つくばと言えば昔は「筑波万博があったところでしょ」という認識でした。これからは快適な東京近郊ライフの代名詞になるかもしれません。

紅葉がすすむ街に

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出張です。仕事です。つくばです。

東京からバスで1時間、大学6年間を過ごしたこの街で仕事をするのは悪い気がしない。一旦都内の別のプロジェクトに入っていたものの、月曜日から再度呼び戻されて古巣でSEドカチンごっこ。

出張の時間を最大限に生かすべく、真の国際派な同級生よっちゃんとおおよそ1年ぶりに再会。よっちゃんは少年的な純粋さと大人の思慮深さを併せ持った人。11/14のBlog「勝ち組の人間的な魅力」でもちょっと彼のコメントを引用させてもらったのだけど、彼の考えのスケールの大きさには脱帽です。

ホテルが全く空いていなかったため、そのままジャズ研&学部の後輩の研究室にお邪魔し、アパートに泊まらせてもらった。謝謝。

今日は9時~16時まで仕事し、一旦「つくば研修センター」なる宿泊施設にて21時まで仮眠し、先輩SEとともに「ラ・カラフェ」に夕食をしにいったらなんとジャズ愛好会の後輩達がライブをやっていました。みんながジャズを人前で演奏しているのを見て、嬉しくなって「僕も入っていい?」とお願い。1曲だけプレイさせてもらいました。ライブも上手かったし、メンバーのみんなも上達していて一緒にやったら凄く楽しくて、思わぬ収穫でした。

ジャズピアニスト兼、ITドカチニスト。
そんな変な肩書きを持てることを嬉しく思います。ジャズ研&つくば、ありがとう。

第三部からの続き)

第四部: 22日(金)9:15PM

気付くともう東京行き終電の時間で、駅のロッカーから荷物をバッグに移し変えているうちに時間ギリギリに。やばい!切符を買って、あかねと手短な「再見」の挨拶をして最終列車に飛び乗って自分の指定席に行くと人が座っている。あれ?なんとそれは最終列車ではなく、一つ前の列車だった。おっちょこちょいな自分。

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第ニ部からの続き)

第三部: 22日(金)5:30PM

怪我した左腕をかばいつつ自転車をこぎ続けると、ほどなくして京都に到着。いよいよ連絡をくれた知人、あかねとの再会です。

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第一部からの続き)

第ニ部: 22日(金)4PM

京都駅から金閣寺に無事到着。
本物の金閣寺を見るのは、小学校低学年以来でおおよそ20年ぶり。参拝道を奥へと進む足も早まるというものよ。数百年間、変わってないその姿、日本の変化を静かに見守ってきた金閣寺を見たときは、少し目頭が熱くなった。

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