ストリート
今日は午後半休。といっても、午前中に仕事が終わらず午後もだらだらと会社までいたのだけど。
夕方、髪を切りに行きさっぱりすっきり。その後、裕子と会社の後輩を飯を食う為に新橋に行ったら、銀座口改札前でジャズのストリートパフォーマンスが。サックス二人とベースとドラム。遠くからもよく響くベースを聞こうと近づくと、演奏していたのはなんと吉田豊、僕のジャズ研時代のバンド仲間。
寒い中、「寒いぜ・・・寒いよ・・・」というちょっと困った顔をしながらも熱い演奏をする彼らを、ちょっと遠巻きに眺める通行人や待ち人達。僕も彼らの演奏するGreen Dolphin Streetを10分ほど柱によっかかって聞いていたが、なんともピュアだ。
会社、組織で仕事をしているとちょっとした小手先のテクニックというか、人間関係における人心掌握のためにもプレッシャーをかけてかけてかけてぱっと離す、よく刑事ドラマでやる「おい、おまえがやったんだろ!」「はけ!はかねーか!」「このままだと監獄で臭い飯食うことになるぞ、いいのか?」と3時間かけて脅して、最後に「でもな、俺らはおまえの事を思って、こうやって話を聞いているんだぞ」「そうだ、一言僕がやりましたと言ってしまえばすっきりするぞ」とやるような、テクニックを使ったりするんだけど、そんな不純なものは微塵も感じさせない、というか入り込む余地がない。
自分が感じたものを、感じるままに表現する事がジャズメンとしての彼らの仕事であり、生き様でもある。いいなあ。
明日、吉田は大宮のライブハウスにてライブをするから、六本木に行く僕は彼らの演奏を聞けないのが残念。でも、きっと僕がいようがいなかろうが、彼らはいつでもエネルギーそのものを楽器を通して排出しているんだろうなと思って、少しばかり、嬉しく思った。
一曲分のチャージ700円程を、札と小銭がまばらに入ったドラムのケースに入れて、後ろ髪をひかれつつ裕子達の待つ店へと向かった。
2003/2/28
師匠
金曜が楽しみ。
僕の大学時代、ジャズ研に入部した頃は大してジャズに興味がなかった。いいな、と思うぐらいで、実際自分がどんな演奏をしたいか、できるのかなんて、そのジャズという音楽が持つ可能性を判っていなかったんです。CDをボーっと聞いたり、同期とだらだらと演奏したり。
そんな僕の目を覚まさせたのが、KAZUこと横島和裕。岩井市出身の若いピアニストが演奏するピアノを聞いたときには、ジャズのイロハなんてわからなくてもその音から「かっこよさ」が滲み出ていた。なんていうか、ダイエーで1980円のケミカルウォッシュなジーンズばかり履いていた男が、ある日突然リーバイス503を履きこなす本物のカウボーイを見て、「ああ、ジーンズのかっこよさってこういうことだったのか」と気付く瞬間、みたいな。そんな瞬間はないかもしれないけれど(ケミカルウォッシュ好きは、死ぬまでケミカルウォッシュ好き)。
KAZUに会った頃から、それまでウェットだと思っていた、ジャズピアノ=バラードというイメージわぶち壊され、むしろドライさ、ハードさを感じるようになり、いかにそれを自分らしく表現するかを教えてもらえた。どうやったらかっこいいか、何をすれば痺れるピアノを弾けるか、その基本を彼から全て学んだ。
その後KAZUはニューヨークに行ってしまい、しばらくあちらにいた様子。そんな彼が最近日本に帰ってきて、六本木でライブをすると小耳にはさんだ。これは、行かなきゃ。
久しぶりに会える嬉しさもだけど、彼のピアノを聞けると思うだけで、もう胸が高まります。もともと凄かった彼が、一体どれほどまでにパワーアップして帰ってきているんだろう?想像しただけで血沸き肉踊る。
そんな彼に会いたい人は、金曜日夜8時から、西麻布Vanilla Moodへ。
2003/2/27
20000年入社
上下左右斜め。
わが社の人事コミヤさんを中心に、5月に上下を繋げる会を開催することになり、本日はその幹事顔合わせ。2000年から2002年入社まで8人が集まり、方向性をある程度決めました。
最終的には100名程度の集まりになりそうで、なかなか大規模。どうなるんだろうか。
4年目にもなると同期とのつながりも希薄になり、新入社員なんてまったくわからなくなってきてる。大企業とはいえ、プロジェクト毎の小さなグループだけで仕事をするため、横の繋がりも縦の繋がりも薄くなりがち。だからこそ、このような集まりを企画して縦のつながりを深められるっていうのは貴重。縦が繋がって横も繋がれば斜めも繋がるということで、営業、SE、人事等の組織を超えたつきあいが生まれることになるかもしれない。
大きな企業だからこそ全員が足並みを揃えて同じ方向を向かなくてはならないのに、組織ごとに保身に走ったり自分達だけの利益を求めて他の組織をないがしろにし、結果的には社内で対決していることが多い。ひとつの岩を全員が360度あさっての方向に動かそうとすれば動かないのは当たり前。だからこそ、こういう集まりで少しでも社内組織で知り合い同士になり、「ああ、あの組織には○×さんがいたな」と親近感を持って働けば無益な争いなどしなくなるかもしれない。
そんな和気藹々とした集まりにしたいな。
2003/2/26
やっと回復
しばらく日記を休んでいました。
だって、もし毎日書いていたら「闘病日記:僕らの7日間戦争」みたいになってしまうんだもの。日曜日の夜から始まったこの性質の悪い風邪ウィルスは、ひたすら37度5分前後の微熱で母体をじわりじわりと痛めつけるタイプ。日曜日から水曜日までは熱だけで、木曜からは頭痛と鼻水+鼻づまり、金曜日はそれに加えて扁桃腺の腫れと肺からくる咳、全身の倦怠感と徐々にステップアップ。
最初はやむなく仕事をしながら熱に耐えて、だんだん「あ、意外と平気なもんだ」とか思っていたものの、敵の攻撃が執拗になるにつれてボディーブローのようにじわりじわりと効いてきて、いつしか鉄壁と思われた要塞はがらがらと音を立てて崩れ去り、木曜日は半泣きで仕事、金曜日は完全にダウン、ミーティングもやむなく欠席。
夜、テンカウント寸前で起き上がり金曜日は22時から仕事に行き、ぼーっとした頭でなんとかミスをせずに作業終了したのが土曜日の昼頃。
で、家に帰って寝たと思ったら夕方からまたすぐに別の仕事、それは朝の4時ごろまでぶっ続け。
普段なら徹夜の仕事なんて平気なのに、さすがに応える。体全体をだるさと火照りが渦巻いている時でも仕事をしなくてもならないのは、これほどまでに辛いものなのか。辛いといっても体が辛いのではなく、どちらかというと精神的に応える事を知った。一つの拷問のようなもので、まともに動かない体に容赦なく「走れ、さあ走れ」とばかりに鞭を打たれているかのよう。
日曜の朝方、先週最後の仕事を終えた頃には、「燃え尽き症候群」なんて状態を少し感じて、ああ、限度を超えて頑張り過ぎると精神がぐったりになるんだな、こうしてみんな電車のホームから飛び降りちゃうんだなと少しだけ「無気力」というものを感じた。
不幸中の幸いというか、日曜日に熱を計ったら嘘みたいな体温、35度6分。すっかり冷え切った僕の体は16時間の睡眠を得て、ほぼ完全に復帰したのでした。
風邪って怖い。
2003/2/25
ばかは風邪引かない
今日も仕事。夕方から深夜まで。
社会人だから仕事があって当たり前なんだけど、風邪でなくても毎日寝られる学生ってのはいい身分だったなあ。
熱は37.5あるのに、もう何も感じなくなってきた。体温計の温度を見ても、「で?」って感じに。これって異常なのかも。
本来、体が熱を出したり辛かったりするのはウィルスに対する反応であって、それを感じた人間は寝て治さなきゃいけないんだけど、その辛さを感じなくなるって言うのはやばいのかもしれない。骨折した、「で?」 熱が39度ある、「で?」 咳が止まらない、「で?」
なんて事をずっと続けていると、いつか死ぬんだろうな、人間。
やっぱ、痛みに鈍感じゃ人間は生きていけない。馬鹿は風邪引かない。風邪引いたと気付く前に、肺炎で死ぬんだ。
今週の仕事、早いとこ一区切りつけてゆっくり休みたいなあ。
2003/2/18
何でも出来なきゃプロじゃない
2004/1/20訂正 下記の店主の名前は「哲雄」さんではなく「徹夫」さんでした。発言内容には若干のイメージによる誇張・歪曲表現がある恐れがあります。訂正しお詫びします。
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さらっといい事。
昨日の失敗後、家にいて夕飯をレンジでチンなんてしてると気が滅入るんで、業平屋に夕飯を食べに行きました。テレビで美味しそうなカキフライをみた直後だったのもあり、僕は入店するなり「カキフライ!定食で。」と。普段は定食は出していないんだけど、隠れメニューとして出してくれるんです。
「あー、今日ご飯ないんだよね。出せるとしても半ライス一個ずつぐらいかな」と言いつつ奥に。すると、出てくるのがいつもより遅い。どうしたのかと思っていたら、「今炊いてるからちょっと待ってね」と。わざわざ炊きたて出してもらえるなんて感動です。
出てきたを数ヶ月ぶりに食べたら、もうそれは最高に美味しかったんですけど、ご飯も美味しかった。炊きたてでふっくらしてて甘い。まるで、10合のお米を大きな御釜で炊いたような美味しさ。はて、二人だけの為にそんなに炊いたの?と疑問に思っていたところで聞こえてきたのが、ご飯を炊いたおかみさんと、店主の通称「みのさん」こと哲雄さんの会話。
「ご飯、どうだった?」
「ああ、丁度いいねぇ。おれは米が少ないと巧くいかないんだよなぁ、水加減とかなぁ」
「当ったり前でぃ。なんでも出来なきゃプロじゃねぃんだよ、おまいさん!」
と、江戸訛りのおかみさん。
どうやら、僕らの分だけ、2合しか炊かなかったみたいだ。
それにしても、おごる訳でもなく、あくまでもさらりと「なんでも出来なきゃプロじゃねぃんだ」と言い放ったおかみさん。確かに、業平屋のごはんは全て美味しい。今日の裏メニューのロールキャベツは3日間かけて仕込んだトマトのスープベースはとても甘くてまろやか。おまけでつけてくれたキンピラごぼうも、ごぼう嫌いの僕が美味しく食べられるし、スペシャルメニューのエビチリは、本業でやっている中華料理屋でもそうそう食べられない美味しさ。ご飯も10合だろうが2合だろうか関係なしに、パーフェクト。
かっこいいなあ。さらっといい事いうなあ。なんでも出来なきゃプロじゃない。いつかは、そうさらりと言えるようになりたいもんだ。そんなことを考えながら、最高の夕ご飯を食べて、元気をもらったのでした。
業平屋、最高。
2003/2/15
My Funny Valentine
お客様は神様だ。
よく聞く言葉だけど、今日はそれを身を持って感じました。
お客様先の仕事で、ものすごく大きなミスをしたんです。SEとして、一番やってはならないことをしてしまった。気付かずにやってしまった事が実は致命的なミスだったことをお客様に指摘されたときはもう心臓ドキドキでした。どれくらい心臓ドキドキだったかというと、初めて女の子に振られた時、というか、振られる瞬間、ぐらいドキドキでした。もう終わりかよ・・・っていう。
ともかく何とか元の状態に戻そうと、動揺しつつもお客様に相談の上、なんとか元通りに戻したんです、30分後ぐらいには。とはいっても、そんなミスを犯した時点で、「出入り禁止」の烙印を押されても仕方がなかったんですよね。最悪、賠償問題にだって出来る。なのに、お客様は怒らない。あくまで「なぜそのような事をしたのか」と冷静に問いただす姿勢は、「罪を憎んで人を憎まず」ならぬ「ミスを憎んで人を憎まず」の姿勢。そうそう取れるもんじゃない。
帰りがけ、がっくし落ち込んでいるのをみて、「まあまあそんな落ち込まないで。まだまだ期待してるから」と、ほんと、仏のような悟りきった笑顔で言ってくださいました。今後働くにあたり、変に気負わないよう、かな。ありがたきお言葉・・・夜9時をまわっていたのに、彼には後光がさしていました。
お客様は神様。身を持って感じた一日。ますます頑張らないと。あー、今でもドキドキしています。あの、ラブレターを初めて渡した後の残ったドキドキ、みたいな感じで。ふー。
さてさて、仕事先で地獄を見て家に帰ったら、裕子は裕子で風邪かと思ったらインフルエンザだったようでかなり死にそうになっていて、即刻病院に行きました。幸い、発熱24時間以内だからインフルエンザの特効薬も効く、とのこと。いやはや。
2003/2/15
いくら
夕ご飯。
実家で買ったサケから取れた筋子から作った、美味しいイクラを食べました。イクラってぷつぷつしていてトロンと出てきて、最高。小さいころから大好きで、今でも世界一美味いものの一つだと思うんだな。小学校のころ、築地に寿司を食いに連れてって貰ってイクラを3巻ぐらい食べて親を焦らせたのを思い出した。
今夜は仕事から久々に常識的な時間に帰ってきて、久々に美味いものを食った気がしました。昨日は家で深夜のカップヌードル、一昨日はお客様先で深夜のホットヌードル。酷いもんだ。
でもね、仕事が充実してるのっていいんですね。夜遅くまでカオル氏と先輩SEとお客様とあーでもないこーでもない、っていうか早く帰りたいよーちくしょー、なんて言いながらも、仕事が終わってみるとお客様と楽しく話してしまってる。てな感じで。
そういえば、今日も本当は昨日の休日仕事につき代休を貰っていたんだけど、結局別のお客様先に行ってきました。ミーティングがあったし、そのお客様とは最近話をしていなかったから、ちゃんとやりますよーっていう気持ちをアピールするためにも。
「そういやあのIBMのSE最近こないなー」「誰ですか?」「あれ、名前忘れちゃった。まあいいや」なんてなったら悲しいからなぁ。
2003/2/12
アヤヤとミキティ
今日はアヤヤの家に行きました。
アヤヤってのは、つんくアイドルの松浦アヤ、ではなく、元ノエビアの裕子の同期、かつ、ヤクルトスワローズの新人キャッチャーの奥様。旦那は沖縄でキャンプ中ってんで、彼女らが住む朝霞市のおうちに招待されました。
とっても素敵な新築のデザイナーズ・マンションに住んでいて、センスを感じさせるシンプルな内装。いいなー。ちょっとごちゃごちゃしすぎな我が家をちょっと改造したくなりました。
昼過ぎから夜までずっと何をしていたかというと、ピザを食べたりテレビで天才ピアニストの話「Shine」を見たり、彼女が昔吹いていたフルートを吹かせてもらったり。
フルート、最初はまったく音すら出なかったんです。プヒョーっていう風切り音から、だんだんブォーというフルートの音が出て。あと、指使いを教えてもらって、とりあえずドレミファソラシドがある程度吹けるようになってゴキゲン。シャープとフラットを使わなくても吹ける、ドレミの歌、グリーン・グリーン、大きなのっぽの古時計等を遊びで吹いていたら、あっという間に時間が過ぎていきました。
音楽って楽しいね。音を楽しむって書いて、音楽。フルート、素敵でした。
それにしても、松浦アヤのあだ名が「アヤヤ」ってのは言いとして、藤本ミキのあだ名「ミキティ」の「ティ」って、一体何だ?
何を言いたいんだか判らない日記になってしまった。
2003/2/8
こなす楽しさ
いっぱい仕事。
今日は裕子が会社の人と飲みってことで、会社で一人居残って仕事を続けてました。昼休みの休憩、トイレ休憩、ドリンク休憩を除いて、朝10時から夜12時までおおよそ12時間の仕事。
ずっと貯まっていて終わる目処がつかなかった作業をあらかた済ませ、交通費の申請、領収書の清算、プロジェクトの申請文書作成やら各種資料を作り終えてすっきり。
昔はちょっとでも積もった仕事を見ると嫌な気持ちになって、「終わりそうにない」なんて悲観的になってたんだけど。こつこつと仕事をやることで、少しずつ片付いていく楽しさが最近わかるようになりました。
「仕事なんていくら終わらせても、次のが降って来るから結局終わらない」なんていう見方も確かにできるけど、それは社会人として仕事をしている上で常に真なわけで。要は、いかに目の前に与えられた仕事をこなして、少しずつでも消化していくかが大切なんだってことを、自分の先輩、所属長や、ちょっとした本、ついでにWebから学んでいます。
こんなページも結構参考になります。
いつも「時間が足りない」と嘆くあなたに捧げる処方箋
「明確な目的を持たずにネット・サーフィンするような時間の浪費はしない」
こんな文章を見て、ぎくりとしてしまいましたとさ。
おしまい。
・・・続き。この熊可愛いなあ。
今度こそおしまい。
2003/2/7
自炊生活
久々に江城の中華を食べに行きたくなりました。
中華マニアにしてカメサンの近くに住むIBM同期、原人を誘いました。が、なんと今日は休業。珍しくやっていない。ショック。
ということで、久々に自炊(?)をしました。結婚していても自分で料理を作ることを自炊というのかな・・・疑問。
作りなれた納豆パスタと、もう一品はキムチスープ。キムチスープはいたって簡単で、1)沸騰したお湯で卵を解く 2)鶏がらスープを入れる 3)材料を入れる (今回はカジキマグロ、ワカメ、乾燥シイタケ) 4)キムチ、お酢、鷹の爪を大量に入れる 5)塩で味を調えてよく混ぜる 6)最後にごま油で風味付け と、以上。ちょっとトムヤンクン風、ちょっとサンラータン風のキムチスープ。物足りない場合は冷凍したご飯をだだっと入れて、カルビ風クッパに。カルビは入っていません。
男二人で向かい合って食うのは慣れず、なんだか不思議な気分でした。適当に作ったものの、美味しかったから、良しということで。
たまには自炊もいいもんです。自炊って言うのか?
2003/2/3
スキー
今月初のスキーは、新潟の上越国際スキー場。
夜移動した疲れが抜けず午前半休でスキー場に行ったため、あまり多くは滑れず、スキーとしては若干消化不良でした。前回「ああ、この感覚だ!」と掴みかけたところまで戻れず、一瞬、一瞬と、その「感覚」を味わっただけで終わってしまい、とても残念。
スキー場としては大きくてなかなかいいコースがあるだけに、半日で終わらせてしまったのがとてももったいないです。
上越国際に行ったのは2年ぶりだったのだけど、驚いたのがスノーボーダーの多さ、そしてスノーボーダー用に改造された斜面。ハーフパイプやらジャンプ台やら楽しいのだけど、スキーヤーとしては肩身が狭くて苦しかったです。とはいえ、このスノーボード全盛のご時世、「スノボお断り」みたいなスキー場は商売上がったりなので、需要にこたえてスノボ斜面を作っているのね。いたしかたがない。
それでも僕は、スキーにこだわります。もっと巧く滑りたい。
誰か、教えてっ!
2003/2/1