ギブ&ギブ
「そちら、色違いもございますので」と言われて、返答に困って「ええ・・・」と答えると、追い討ちをかけるように「そちら、半そでと長袖もございますので」と言う店員にほとほと困り果てる僕ですが、無視すればいいのでしょうか?
最近、何かとちょっとした事で頼られたりするので、仕事の合間にちょこちょことヘルプしたりしてます。
よく「ギブ&テイク」と言って、ニュアンスとしては与えた分だけもらう、っていう考えがあるんだけど、僕はその考えが大嫌い。だって、全ての人が常にそういう考えでいれば、もらう事を期待するばかりになって、もらえない人に対しては全く与えなくなるでしょう。
そうするとどうなるかっていうと、人は常に何かを貰える相手にはいい事をしようとするけど、あまり期待できない人には何もしなくなる。
そうするとどうなるかっていうと、例えばマイクロソフトの社長とか、どこかの大統領とか、権力や人脈を持った人はどんどん潤うけど、そういうものがない人は全く潤わなくなる。
そうするとどうなるかっていうと、富と権力と幸せと愛情が最終的にはどこか一箇所に一極集中して、それを持たない人はどんどんピラミッドの底辺に追いやられる。
そうするとどうなるかっていうと、インドのようなカースト社会が出来上がってしまったり。
そうするとどうなるかっていうと、日本では大物政治家と大企業が陰でこっそり癒着したり。
そうするとどうなるかっていうと、安値入札で無理やり建てたマンションは欠陥だったり、売れるだろうと思って建てすぎたマンション業者が倒産したり。
そうするとどうなるかっていうと、生まれつき恵まれた人はどんどん恵まれていって、恵まれていない人はどんどん恵まれなくなって、しかも今後の世の中生まれつき恵まれている人は更に減っていくはずであり。
そうするとどうなるかっていうと、いつしか99%の人々が不幸せになって、1%の人だけが幸せになる、ぎすぎすした社会になってしまって。
そうするとどうなるかっていうと、とても悲しい。
だから、僕は何かをテイクする事は期待せず、常に自分からギブしたい。
そうするとどうなるかっていうと、僕が楽しい。僕が嬉しい。
全ては自己満足のために。
2003/6/30
ジャンルは音楽
服のお店に行って何気なしに見ていると「そちら、色違いもございますので」と、見れば分かる事を言う店員が最近多いのに首を傾げてしまう僕ですが、皆様はなんて答えますか?「ええ、見れば分かります」って?
どうもこんにちは。昼下がりのジョージです。今日は音楽聞いてきました。
紺野紗衣さんという、ノンジャンルなピアニストのライブを、広尾のCOREDOというお店で。ピアノ、キーボード、ベースとパーカッションという一風変わった編成で、もうそれを見るだけで一体どんなサウンドが飛び出すのかワクワク。
元気のいいピアノから始まって、すぐに彼女はピアニカに持ち替え、息を切らしながらも自分の曲を最後まで吹ききる。ちょっと息切れしながらも、明るくてとても好感の持てる一所懸命なMCで、会場のお客様に話し掛けて。曲目は彼女が凄く好きなIvan Linseなるコンポーザーの曲、ラフマニノフの曲をアレンジしたもの、カップスターのCMに提供した15秒の曲を広げた曲(そう、CMにも曲を提供しているのだ)等々、聞いていても全然飽きない。中でも、物凄く生命と宇宙を感じさせる曲があって、何かと思ったら9月11日のあの事件へのオマージュというか、自然な反応として作曲したものだったり。
元々クラシックから始めた彼女は今は手広くいろいろなジャンルに手を出していて(本人いわく、節操無く)、「ジャンルは何?と聞かれると困るんですけど」という事を言っていたけど、きっと彼女のジャンルは音楽であり、ピアノであるんですね。ピアノをベースに音楽ができればそれでいい、っていう。そもそもジャンルっていうのは人が整理しやすいようにネーミングをしたものであって、ジャズであってもジャズで無いし、ポップスであってもポップスでない、パンクだとかR&Bとかあんまり関係ないと思うんですね。クラシックは、まあ、時代が時代だけに今から見るとクラシックという一つのジャンルなんだけど。いいじゃないの、「ジャンルは音楽」で。ジャンルなんて気にしない。
と、音楽に対してそういう差別の無い聞き方を僕ができるようになったのも、椎名林檎を薦めてくれた裕子のおかげだったり、紺野さんの自由なスタイルを聞いている内に感じたことであり、また、彼女のライブに誘ってくれたアライさんという最近ブルーノートで会った人のおかげでもある。彼女もジャンルレスな音楽への愛を持っているから。それが耳に心地よければ、心に響けば、何でもいいじゃないかとね。
最近は何かと音楽に触れる時間が長くなって、日々の生活が凄く潤っているんです。音楽さえあれば、辛い時でも、退屈な時でも、悲しい時でも、楽しい時でも、眠い時でも。そんな僕のジャンルは音楽でありたい。
2003/6/29
有言実行
「いいかげんにしないと怒るよ」って言う人は既に怒っているのではないかと思うのですが、いいかげんにしないと怒るぞ!この野郎!きいてんのかよ!ほら既に怒ってる。
雨の中を走りました。
昨日、「明日は午前中に走ろう」「え〜、夜がいい」「夜だと走りたくなくなるよ」「絶対走る!」「ふーん、わかった。じゃあ、どちらかが走りたくなさそうだったら、もうひとりは絶対走るって言うんだよ」「いいよー」という会話をした矢先。今日は昼過ぎから会社の同期のタケル、その奥様ヨシエと遊んでいて、映画を見たりスタバでお茶をしていたりとしていたらあっという間に10時。家に着いたのは11時。
帰りの電車の中で、「裕子、今日はもう走らないつもりでしょ」と言ったら、「ギク・・・」って顔してる。物凄く図星。「でも、昨日嫌になっても走るって決めたから走るよ」と、嫌々な裕子を無理やり着替えさせて、おもてに連れ出して小雨が降る中を木場公園までジョギング。
最初はホント嫌々で口をきかなかった裕子も、5キロほど走ると運動によって心がほぐれてきたのかだんだん話をするようになって、11キロ走り終えた後はすっきりした顔をして「あー気持ちよかった」と。
教訓1:一度やると決めた事はやる
教訓2:運動は気持ちがいい
てな具合で。
え?映画?チャーリーズエンジェルの続編です。過度な期待もせず見に行って、ほどほどに「見たよ」という満足感はえられたぐらいか。アメリカ人が大好きなバカ映画です。たまに見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうようなギャグやアクションも。
本日の走行時間: 64分
本日の走行距離: 11キロ
本日の体重: 65キロ
2003/6/28
収まりどころ
「従来品より30%綺麗に(当社比)」って洗剤メーカーが言い続けて30年、じゃあここ数年の洗剤で落とせない汚れはないんじゃないかと広告クリエイターを問い詰めたい今日この頃ですが、皆様のシャツは本当に白いでしょうか?
はてさて、今日はですね、チヒロさんのお祝いでしてね。
チヒロさんてのは、うちのLinux部門の秘書をやっている人。その昔、伊勢丹新宿店のOZOCにて店長として働き、日本トップの売り上げを常にマークした、優れたセンスと人格の持ち主。桁違いにお洒落だしすんごく気立てのいい人だから、2年前に会ったその日から僕は彼女のファンでありました。去年の僕らの披露宴にも来てもらった時も、身長170以上の彼女は凄く目立ってました。同期ヒラケンが「あの人かっこいい!誰?」と聞いてくるぐらいに。
会って以来、彼女にいい人はいないかと僕の先輩やら友達を勧めたりもしたのだが、特に何も実らず。スタイルもいいし、とにかくかっこいいから、男は腰が引けちゃうのかもしれない。残念。
でも、そんな彼女が最近入籍したんです、数年付き合った彼氏と。なかなかタイミングが合わなくって、彼が結婚したいときには彼女は働きたくって、彼女が結婚したいときには彼も気分が盛り上がらなくって、という感じだったんだけど、ついにタイミングが合ったのか、入籍。
で、今日はそれを祝うための、サプライズパーティ。彼女と近しい社員がこっそり15人程集めて、神屋町の愛宕グリーンヒルズ 森タワー2FのRoy's Cafe (ロイズ系列、値段ちょっと高め)にて待ち伏せ。4人で夕ご飯だろうと思って店に到着した彼女に、パパンパパパンとクラッカー攻撃。超びっくり。目が点。次はプレゼント攻撃。お酒が好きな彼女にRiedelのクリスタル・ワイングラスセット、ワイン、そしてオープナー。みんなの心遣いに感激し、とても喜んでた。
祝いにかけつけたのは、同じ部署の人だけでなく、今まで仕事で彼女と関わった4・5部門の部長を含む人達。組織の壁をポンと飛び越え、彼女の入籍をお祝いするなんて素敵です。ギスギスしたこの時代だからこそ。
僕の男友達に紹介したくなる魅力的な女性が、一人、また一人と独身でなくなるのは残念でもあるけれど、幸せそうな今日の彼女を見てると、収まるところに収まるんだなと感じました。
うちは・・・収まってるのかな?
2003/6/27
90点を目指すな、100点目指せ
「今年の風邪は治りが遅いらしい」って毎年のようにみんなが言い続けて10年、じゃあここ数年の風邪はSARS並に強力で治りにくいんじゃないかと思うこの頃ですが、スーパースプレッダーなぞにやられていないでしょうか皆様。
ライブ二日目終了。疲れたけど、みんなが来てくれて物凄く嬉しかった。
ライブに来てくれたみんな、本当にありがとう。今日のChicのお客様は50名ほど、内、IBMやIBM繋がり、そしてノエビアを入れると24名でした。凄い。半分だ。みんなが来てくれなかったら、かなり寂しいライブハウスだったんだろうな。
で、演奏は。自己採点は?と同期に聞かれて、1ステージ目はかるーく30点ぐらい。2ステージ目はせいぜい60点どまり。昨日聞きに行ったライブが160点だとして、もうその差たるや。生きててごめんなさい。
ピアノの調律が非常に悪い、ベースのアキオさんと演奏するのは初めてだ、ナトさんが風邪で具合悪い、とかとか、外的な理由をつけるのが簡単な逃げ道。でも、本当に凄いプレーヤーだったら、いかなる外的なマイナスでも軽くはねのけるプラスを内側から出せるから、素晴らしい演奏ができるはず。僕はまだまだまだまだ、いいプレーヤーではないから、ちょっとしたミスでも一気にがらがらと崩れてしまう。嗚呼。
全体のまとまりとしては30点・60点だったかもしれないけど、昨日インスピレーションをある程度得られたおかげか、自分としては70点・70点ぐらいの演奏が出来たような気がします。今の僕にとっての目標は、とりあえずは90点の演奏をすること。100点は取れないような気がして、せめて90点とかネガティブに考えてる。
でも、もしかしたらそこが間違いで、確実に100点を目指して演奏をしなければならないのかもしれない。100点を目指せば、90点も取れるのかも。うん、確かに、ミュージックチャージとしてお客様から1500円も頂いているからには100点なプレイを目指さないと。
ってことで、次回は100点のプレイを目指します。100点のプレイをする為に、練習を続けます。次回Chicのライブは7月2日水曜日、追加公演が決定しました。
本気で頑張ります。お誘い合わせの上、是非。
2003/6/25
ブルーインパルスばり
何でもかんでも「させていただきます」と言えば敬語だと思っている近頃の社会人用語が気になる今日この頃ですが、本日の日記にはいらさせていただきます。明日はライブで演奏させていただきます。オオノヒロシさんとは仲良くさせていただいております。仲良くしてます、って言えよ、主体性がないなあ。
明日のライブに備えて、今日は友人のライブに行ったんです、赤坂のビーフラットというライブハウスに。何度かここでも紹介している(させていただいてる・・・)、吉田(ベース)・吉田(ギター)・海野(ピアノ)・海野(ドラム)というカルテットで、彼らがビッグなライブハウスで演奏するというのでこれは行かないと、と思い。会社の同期クミコを誘い、雨の赤坂をてくてくと。さて、どんなライブになるのかな。
そして2時間後・・・自信、なくしていいですか。明日のライブ、キャンセルしてもいいですか。これ以上私に何ができるというんでしょう。神はなんて残酷なのでしょう、自分のライブの前日にあのような素晴らしいライブを聞かせるなんて。嗚呼無情。
といった按配で、まあ凄いの凄くないのって。凄いよ。ホント凄いよ。え?CDですか?という演奏レベルの高さ。一人ひとりの技術やセンスも素晴らしいのだけど、その四人が組んだ時のコンビネーションたるや。クミコいわく「ブルーインパルスみたい」だと。そう、航空ショーとかで抜群の技術を持ったパイロットが組み合わせで曲芸飛行をする、ちょっと操作を間違ったら接触するぐらいのシビアなギリギリ感があるプレイの連続。
バンド、というのは「束」を意味するが、彼らの演奏を聞いているとバンドという言葉の意味がよーくわかる。綿密に練られたプランに基づき、決めるところは決める。その他の所は、お互いが自由に演奏をしつつも常に他の三人の動向を研ぎ澄まされた五感で感知し、敏感に反応する。そのシビアなやりとりが、見ている僕らの鼓動を強く早くする。
ベテランのライブでも、ここまでドキドキとワクワクのある演奏はなかなか聞けたもんじゃないのに、彼らの平均年齢は大よそ24.5歳ぐらい。ほんと、末恐ろしい。裕子もクミコも、興奮覚めやらぬ状態でビーフラットを後に。
さて、彼らの批評はさておき、次は僕です。自分らしさをいかに表現できるか。別の意味でドキドキとハラハラです。
僕にも表現力があったらいいな。
2003/6/24
切れる先輩、優しい先輩
「逆に言うと」から文章を始めて、文の途中で「逆に」を駄目押しで2回も入れる人の多さが気になる今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか?逆に言うと、元気ですか?逆に言うと、僕は元気です、逆に。
切れる先輩と優しい先輩が二人いる、のではなくて、両方同じ先輩。金曜日に「ヴォケ!」と何度も叱られた先輩に会って、「あの、こないだは申し訳ありませんでした」とおずおずと近づいたら、「あんなぁ、お前なぁ、あの日でなかったらあんな風に言わなかったんだけどな、タイミングがなぁ」と。
どうやら、彼も他の仕事で滅茶苦茶テンパっていて、僕と同じく徹夜で、朝までかかって別の仕事を仕上げていたみたいで。その矢先に僕が朝早くに見積もりを提出して、あとはなんとかなるだろうと客先に行ってしまう。誰が残りの仕事をやるんじゃい!と、最悪のタイミングで彼の仕事を増やしてしまって、絶望的な気分になって怒髪天を突いたらしく。
怒鳴られる自分に物凄く非があったから、叱られても恨んだりはしなかった。彼はきっと3日後にはケロリとした感じで接してくれると思ったから、期待通りに接してくれてとても嬉しかった。怒るときは怒る、終わったらその後にネチネチと言い続けない潔さ。いかにもコテコテの関西人といったいでたち、アクセント、性格が三つそろったその先輩が僕は好きだ。今後は迷惑をかけないようにもっと頑張らにゃあ。
今日はハノンのやり過ぎで右手首の筋肉が痛いです。腱鞘炎にならないように注意しなくちゃ。なんせ、腱鞘炎になったら昼の仕事も夜の仕事もどっちも潰れてしまうから・・・。
2003/6/23
クレーマー・クレーマー
「やっぱり、日本の人っていうのはやっぱり、まだまだアメリカにやっぱり憧れがあって」と、「やっぱり」を連発する人が多いのが気になる今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日は夏至でした。ゲシ。昼が一番長かった日です。これからは昼がどんどん短くなっていきます。人生で言えば40歳ぐらいか。縁起でもない事言うな。
さて、今日の御題は「クレーマー・クレーマー」。と言っても、あのダスティン・ホフマンの有名な映画ではなく、自分の話です。僕はクレーマーです。文句あっか!あるよ!文句あるから言ってるんだよ。っていう、クレーム。あまり響きのいい言葉ではないけれど、クレームをしないとならない時もある。
店は六本木の某D店。店員の対応のあまりの悪さと、客に対する誠意のなさについて、店長にクレーム。いや、ほんと、普通だったら「もうD店なんて絶対に行かない方がいい、あそこは最悪だよ」って、ホームページに書きまくって、会う人全員に言おうか、ってぐらいに、酷かったんです。しかも、そんな扱いを受けた客は僕ではなく、裕子。
6月1日、ディスプレイにあった時計が欲しくなり、担当者「A」に、在庫確認を頼む。「在庫はないが、来週あたりに入荷する。入荷したら電話する」との答え。
6月8日、電話が無いので現地に行くと、担当A「入荷がわからなくなった」との答え。他店にあるか聞くと「原宿店にあるようだ、取り寄せるから2・3日で入荷次第電話する」との答え。別の担当者に聞くと、そもそも入荷の予定は無かった、本来なら6月1日の時点で原宿に電話をして2・3日で届けることもできた事が発覚。嘘がバレて担当Aはびびる。
6月18日、別の担当者からの「入荷した時計はいつ取りに来るのか?取り置き期間がもう終わる」との電話で、とっくに入荷していた事を知る。しかし、入荷の知らせは一度も無かった。
6月22日、IBM同期ヒロシと3人で店に行く。裕子はむっとした顔があからさま。担当Aがニヤニヤ笑いながら、「どうも」と言い商品を取りに行く。電話をしなかったことや、最初から3週間も待たせた事への申し訳なさも誠意も全く感じられない。横で見ているこっちもイライラ。
レジ清算時にて、裕子の横から僕が質問。「これはいつ入荷していたんですか?」 A「6月10日・・ですね・・・(ニヤニヤ)」 「何故連絡が無かったんですか?」 A 「あ、連絡したんですけど、繋がらなかったんです (ニヤニヤ)」 「それは連絡した事にならないですよね」 A、「エエ、ハイ (ニヤニヤ)」
自分が当事者だったら、即刻店長を呼びたかった。でも、客は裕子だから特に何も言わずに店を出る。でも、どう考えても、納得できない。2度も3度もミスを犯してもいっさいの反省もなくして、そんな人が某D店で今後も接客をするならば、裕子も僕も二度とそこには行かないし、僕ら以外の客も嫌な思いをする。しかも、僕らは知り合い全員にその店の事をボロボロに言うだろうし、せっかく3週間も待って買った時計も報われない。見るたびに担当Aのニヤケ顔を思い出して、嫌な気持ちになる。裕子も3週間の対応ですっかり呆れてるし、完璧にD店やDブランドに愛想を尽かしている。そんなものは、いい買い物ではない。
って事で、勇気を出して、クレームを。本来なら裕子が行くべきだが、彼女は店に足を運びたくないし、担当者Aに見られても「告げ口」してるみたいで嫌だし・・・。
代わりに僕が、担当者Aに見えないところで店長と話をして、事の顛末を話した。ただし、担当者Aの名前は出さずに、また、たとえ担当者がわかったとしても、その人を当日に直接問いただすのではなく、日を置いてから店全体に「こういう事があった。二度と同じ事が起きないように、各自考えて行動するように」と、全体を良くするようにお願いした。
店長は素晴らしい人で、某D店の九州支店で10年以上やってきたベテラン。ただ、まだ六本木店は日が浅く、スタッフの教育もまだまだやりきれてない、ということで、凄く申し訳なさそうにしていました。「そんな対応をされたら、私も多分二度とその店には行かない」と同意し、意見をもらえた事に感謝し、担当Aの替わりに謝ってくれて、更には「お手数でなければクラブカードを作りませんか?」と促し、「今後もご贔屓に」という姿勢を見事にあらわしてくれた。
あとは、後日D店に行った時に、多少なりとも担当者の姿勢が変っていれば、僕らはD店に行くし、変らないようだったら二度と行かないだろうに。でも、店長と話した感じだと、店全体の接客態度をきっと改善してくれそうでした。
悪い対応に切れて、カウンター越しに、「やい、A!お前客をなんだと思ってるんだ!」と怒鳴ったりとか、「みなさーん、この人からは絶対に買わないほうがいいですよー、最悪ですよー」と言ってみるのは鬱憤晴らしにはいいかもしれないけど、誰も得をしない。店から見ても、他の客から見ても、自分自身としても、ただの嫌な客に成り下がる。
そうならない為にも、一歩引いて、全員が利益を得られるクレームをしないと。クレージー・クレーマーはいらない。
2003/6/22
リハ
最近仕事がつらくって、寝不足だったんで今日は昼起き。
夕方からはNATOと、次のライブで共に演奏をするベーシストの川本氏が家に来て、2時間半ほどのリハーサル。いつもやっている森田とはサウンド、リズム、フィーリングが全く違うから、同じベースでもやっている感覚がぜんぜん違う。でも、ここである程度慣れておかないと、水曜日のライブでも楽しく弾けない。
楽しく弾くためにはどうするか。もちろん、自分の練習も大切だけれど、それだけではない。いっしょに演奏する相手と何度か合わせて、相手の癖や得意な部分を理解し、互いを尊重しあうこと。
これって実は、音楽に限らず人生における人付き合い全般に言えることですね。
2003/6/21
やっぱ、プロはすごい、ね
なんていうか、あれですよ。
プロのレーサーは、公道に出ても絶対に事故を起こさない、みたいな、ね。
昨日のライブの話の続きなんですけどね。NATOバンドの名サポーター、というか、要であったドラムのスミト。
ドラムのスミトは、大学を卒業してから単身NYに乗り込み、2年間本場じこみのジャズライフを生き抜いてきた。アメリカでは、白人はおろか日本人なんて益々ジャズが出来ると思われないのが普通。だから、きっと「ジャズミュージシャン」と名乗って生活するだけでも苦痛と屈辱だったのではないか。それに耐えた2年間、どんどん成長したんだろうと思う。
スミトとは大学時代にトリオを組み、筑波の喫茶店で毎週ライブをやっていた。その時から彼は上手かったのだけど、僕らは3人が別々の方向を向いて演奏していた気がする。ある程度は相手の事を見て、相手に合わせたり合図をおくったりとしたけど、基本的には自分、自分、そして自分。
久しぶりにスミトとやって気付いたのは、とにかく彼が物凄く一体感を出そう、出そうと、全員をまとめる為に色々と手を尽くしていた事。1ステージ、2ステージと演奏をしたのだけれど、2ステージ目は失敗が多くてだんだん僕も焦ってしまい、ペースが掴めなかったり何をしていいのか判らなくなったり。そんな時でも、スミトは「大丈夫、俺が付いている」と言わんばかりに、安定感のあるビートを刻み、合図を出し、崩壊寸前の演奏に対するタガとなって支えてくれた。
あとで話すと、「いやあ、プロをやってるとそういう所が大切になるんですよ」と。相手がヤバイ時にこそ、焦らず安全な方向にナビゲートする、いわば生カラオケ喫茶でリズム感ぐちゃぐちゃな酔っ払いの相手をするピアニスト的な、安定化の技術を彼はいつしか備えていたんです。
でも、それだけではなく、とにかく彼は成長したんです。音楽的に、昔よりも広い要素を持って話ができるようになって。話と言っても口で話すのではなく、彼の両手両足、そしてドラムを使ってミュージシャンと観客に、話をできるようになって。
ライブに来てくれた人は「丈士も凄く上手かったよ」と言ってくれるけれど、内心僕は凄く焦っていたし、スミトなしでは崩壊していたと思う。
プロとアマチュアの違いは、目に見えない所で見えてくる。まだまだ、甘いんだな。
2003/6/19
音楽音苦
音楽は音を楽しむ娯楽。苦しむものではない。
ライブをやりました。ボーカルのNATO、ギターのタヌマ、ベースのモリタ、僕、そして唯一プロフェッショナルでドラムを続けているスミト。
練習を重ねて挑んだ、西麻布ChicのNATOライブ。結果は、1勝1敗といったとでした。
友達もたくさん来てくれたし、両親も祖母も、会社の人事部の先輩も、裕子の部長まで来てくれた。練習も十分に積んだ。はずだった。でも、練習を十二分にはしなかった。
1ステージ目はよかったんです。明るい曲はとても楽しく、バラードは美しく、ブルースは渋く。アドリブも自分らしい即興ができて、自分の音も周りの音も耳に入ってきて、一言で言うと余裕があった。1ステージ目が終わったあとに、「今日は大丈夫だ!最高だな」と思ったんですけどね。ミキサーのバランスが悪くてベースはあまり聞こえなかったものの、ギターのタヌタヌはブルージーなプレイが大学時代よりもずっと冴えていて、ああ、全員それなりに成長してるんだと実感しつつ。でも、2ステはそうはいかなかった、自分が。
2ステージ目で、2曲目でリハで殆どやらなかった曲を、自分の希望で半ば無理やり演奏。したら、何度も「今、何小節目だっけ?」という、致命的な状況に陥って、恐らくベースとギターとピアノがそれぞれバラバラな所を演奏している状況が何度もあったような。そんな状態で丸まる一曲演奏してしまったもんだから、もう心のバランスが崩れまくってしまって。
その後の曲も、余裕がないもんだから何だか上手く行かない。リハの時には出来たのに・・・。1ステージ目は大丈夫だったのに・・・。なんで、と、ピアノに向かって苦笑いをしながら、表向きは明るく演奏を続ける1時間。自分の音があまりに好ましくない音で、本当に惨めな気持ちでした。一見、というか、一聞は、「普通だったよ」という演奏だったとしても、心の中は「辛いなあ」と。そういう意味では、自分として音楽ではなかった。音苦。
それもこれも、自分の練習不足と技術不足が原因。
そんな僕を支えてくれたのが、ドラムのスミト。若くてもプロとして頑張っている彼のプロフェッショナルなサポートによって、何とか騙しだまし曲を終わらせたり、たまにはいいプレイも出来たり。彼なくしては、2ステージ目は成立しなかっただろうに。
そんな僕の気持ちを知らず、ボーカルのNATOさんは中々いい歌を歌ってて、裕子の部長にも評判はすこぶる良し。始めて彼女の歌を聴く僕のゲスト達も、惚れ惚れ。昔、一度聞いたことが会った友人も、「物凄くうまくなった!感動した!」と、絶賛。
人間、いくつになっても成長はするんだな。
僕も、成長を続けよう。
2003/6/18
リハ+セッション
いよいよ、今週の水曜日が本番。
西麻布Chicにて、18日水曜日にライブをやります。メンバーは、NATO(Vo)、スミト (ds)モリタ (b)、タヌマ (g)そして僕。
本日は本番前の最後のリハーサル。先週と合わせてトータル4時間のリハで、本番にどれだけの音楽を奏でられるのか、もうここまでくると個人の力量というかセンスというかにかかっていて、ドキドキです。いい演奏ができるかなあ。
夜は中延のライブハウスボナペティにて、セッションに参加。大学ジャズ研のピアニスト大先輩に連れて行ってもらって、3年ぶりぐらいに彼の凄まじいピアノを聞いて、僕のピアノも聞いてもらって。「下手になったねえ」とか厳しい事を言われるかと思ったら、「上手くなったなあ」と言ってもらえて嬉しく。
多分、演奏の技術は昔と変わらないか、むしろ落ちているのかもしれないんだけど。ここ数年やってきた事といえば、ジャズばかりでなくその他の多様な音楽を聴くこと。もしかしたら、多少なりとも自分の中での音楽の幅が広がったのかもしれない。
昔、ジャズピアノ数年目で物凄く独創性に伸び悩んだ時に、キース・ジャレットという型破りなピアニストのアルバムを聞いて、「なんじゃこりゃ!?」と思ったんです。自分が「これがジャズピアノだ」という風に考えていたスタイルとはかけ離れていて、「ああ、こんなでもいいんだ」という事に気付き。
大学を卒業してプロとして頑張って、連日ライブハウスで演奏をしている仲間のホームページを見ると自分が切なくなったりもする。でも、アマチュアはアマチュアなりに、数少ない演奏の機会があったらそれを大切にして、音を愛してピアノを楽しく弾けば、きっといい演奏が出来るのでは、と思う。
2003/6/15
2人で23キロ
といっても体重ではなくって、距離。
昨日からの徹夜で作業の後は、一旦家で4時間ぐらい寝て、裕子に揺り起こされて、ジョギングへ。最初はジョギングなんてどうでもいい!寝たい!って感じだったんだけど、「一人でもいいから走ってくる」と、トレーニングウェアに着替える裕子に影響されて、何とかベッドから這い出る。
水曜日に走ったばかりだったら最初は筋肉痛だったし、深い眠りから起きたばかりで体も重い。でも、15分ぐらい走ってたらだんだんと気分がよくなってきて、結局二人で1時間6分も走ってしまいました。しかも、結構ペースアップもしたんで距離にしておおよそ11.5キロ。
とにかく驚きなのが、裕子のジョガーっぷり。昔はまさか裕子が10キロも走れるとは思っていなかったから、短期間でたかだた8回ぐらい走っただけで、楽に10キロ走れるようになっている事が羨ましい。一定のレベルまで行くと、そこからは中々伸びないから。彼女は伸び盛り、僕は伸び悩み。
とかそういう問題はさておき、そろそろ寝ます。徹夜明けだし、運動もしたし、きっとぐっすり眠れるんだろうな。
本日の走行時間: 66分
本日の走行距離: 11.5キロ
本日の体重: 65キロ
2003/6/13
6人ジーファン
行きました、ハイナンジーファンへ。
今日は比較的大所帯の、6人で。裕子、ミキコ(IBM)、ヒロシ(IBM)、 マサミ(Japan Times記者)、そしてアライユウコ(BlueNoteで知り合ったSax奏者 etc.)。会社も業種も職種もミックスなメンバーで、どんな感じかと思いきや以外にマッチしてて楽しい。
みんな個性がそれぞれ強く、それでいて強すぎず、互いを尊重しあって話が出来て。失恋話、趣味の話、人生の話とかなんでもかんでも。ここぞって時にヒロシがボケて笑いを取って場をなごませて。とか。バランスのいいサッカーチームみたいで、飽きない雰囲気だった。
美女軍団、マサミ・ミキコ・ユウコ
ヒロシ顔怖い。
もちろん、ご飯も美味いもんだから、最近のハイナンジーファンは満席な場合が多い。もういっぱいいっぱい。人気がどんどん出てきてるのね。今後は予約しないと入れなそうだ。
家に帰って、2時ぐらいにうとうとしかけたら、携帯に部長から電話が。夢うつつで何だろうと思って電話を受けると、お客様先でトラブルとの事。最初に電話を受けた後輩に連絡し、事情を聞いて、今度は現場に電話をして事情を聞いて、最後に部長に「じゃ、行ってきます」と言って、タクシーを捕まえて。
箱崎に寄って、必要なものを集めて、そこから現場、船橋のザウスの裏手にある倉庫地帯へ。あとはひたすら格闘。
3:30 箱崎着、情報及び必要な物品収集
4:30 箱崎発、タクシーが迷いに迷って1時間経過
5:30 現場入り
5:45 状況確認、マシンが起動しない事を確認
6:00 裏技でマシンを起動
エラー確認
ログ取得
障害箇所特定
6:30 DATAのディスクをチェック、効果なし
6:45 障害箇所を切り分けて起動
7:00 お客様にDATAディスクが直らない事を報告、待機
8:00 お客様の要請により、DATAディスクを初期化する
8:15 DATAディスク回復
8:30 DATAディスクに大きなテストファイルを4つ作成
8:45 サーバー再起動後、DATAディスクを完全チェック
10:30 チェック完了、問題点なし
10:45 サーバー2度再起動。ファイルが壊れない事を確認
10:53 サーバー再起動、お客様に引き渡し
10:55 お客様と障害対策ミーティング
11:45 ミーティング終了、報告書作成
12:20 退社
てな感じで。緊急で飛び出たから、ジーンズにアロハシャツみたいな服を着ていてもお客様は真剣に話を聞いてくれたし、こちらの対応に凄く感謝をして下さり。SE冥利に尽きる瞬間。
帰りに業平屋に寄り、勝利のざる蕎麦を一つ。あー、幸せ。
2003/6/12
フードコーディネータ着々
ミキコが、またやった。
といっても、悪い事ではなくて、いい事。フードコーディネータの勉強の一環として、作品を増やしてるんですね。
前回の作品では、クールなイメージの青があまり美味しそうじゃなかったため、今回は同じクールでも赤を使って美味しそうにアレンジ。赤は赤でも透明なので、清涼感あふれるゼリーになってます。パプリカの作品も更にアレンジ。ちょっとイタリアン・ハーブ・ガーデンぽくていいですね。って、そんなものがあるかは知らないけど。
赤くてもCoolなイメージを
前回のパプリカに更にアレンジ
僕らは僕らで、ジョギングに精を出す。
裕子は2週間ぶりのジョグだったけど、前よりも確実に早くなっていて持久力も増しているのが目に見えて、凄い。だって、僕の普通のペース、1キロ5分40秒ぐらいでもついて来れるようになったから。大よそフルマラソンを4時間で走れるペースで、きちんと走れるようになった。これは、大した進歩です。
人間、何でもやりつづければ力が付くし、サボり続ければどんどん衰える。
IBMの社訓は、"Think" - 常に考えろ、と。そして、初代社長の口癖は「学習に飽和はない」すなわち、年をとっても、学習しつづける事によって能力がつくということ。
その教訓を常に忘れず、今の自分に満足しない生き方を続けたい。
本日の走行時間: 60分
本日の走行距離: 11キロ
本日の体重: 65キロ
2003/6/11
新宿2丁目エンジェルズ
ゲイとレスビアンの方々が集まる、新宿2丁目に行ってきました。
といっても、別に僕らが仮面夫婦なわけではなく、友人であり大学のOGであり僕にIBMを入社するよう勧めてくれた、ソノコ&フレンズのサクラコ・ユミコと、メキシカンのお店、マラカスボンゴに行っただけなんですけどね。ええ、タコスやらエンチラダやら、アボガドたっぷりのグワカモレ・ソースやらね。
まあその彼女達の元気な事、チャーリーズ・エンジェルズを彷彿とさせる活きの良さ。みんな30を過ぎてるけど独身生活を満喫してて、夜は自分が好きな店に行ってみんなで酒飲んで仕事の疲れを忘れよう!っていう。
疲れの癒し方は人それぞれで、一日中寝ていたり、家かえって風呂にゆっくり入ったり。
裕子も、マラカスボンゴに行くまでは仕事でぐったりしてたんだけど、新宿ズエンジェルズの元気を貰ってなんだか元気になって帰ってきてね。いや、元気な人の近くにいると、元気を貰うんだね。その逆もしかりか。
自分が元気でいれば、自分の周りの人も元気になる。
まずは自分が元気でいよう。
2003/6/10
リハ&ハイナン
リハーサルでした。鶏も食べました。
6月18日ライブに向けて、メンバー全員集まってリハーサル。両国のプラッツという真新しいスタジオで、ドラム・ギター・ベース・ピアノ・ボーカル集合。久しぶりに大人数(2人以上)でやったけど、やっぱ楽しいもんだ。ドラムが入ると、演奏のカラーも変わるし、サウンドもぐぐっと引き締まる。
夕方はこだわりの蕎麦屋、業平屋の店主茂木さん夫妻と4人で、六本木のこれまたこだわりのシンガポール食堂ハイナンジーファン食堂にてお食事。
二人とも、自分達が出す料理の味にはとことんこだわっているから、行くレストランの味にもとても厳しい。だから、彼らが何ていうか正直ちょっと不安だったんです。そりゃ、僕らはハイナンジーファンが好きで、もしかしたらひいき目に見て凄く美味しいと思っているのかもしれないけれど、何も知らない人が行った時にどう思うかっていうのは気になるところ。
そんななんで、食べ終わったあとに「全部!全部美味しかったよ!」と太鼓判を押されたときは、いや、ほんとよかったなと。一緒に来てもらって本当に嬉しかった。これで、茂木さんたちもアジアン料理が好きな友達にお店を紹介してくれると思うし、味にうるさい人が美味しいと紹介する店はみんな信頼して期待をかけていくしね。
結局、5時から11時半ごろまでずっと一緒にいたんです。世代を越えて、「他人」という壁を越えて、大好きなお店の店主達とご飯を食べに行くことができるなんて、ちょっと幸せ。本当に楽しい半日を過ごせました。
辛口で一見怖そうに見える業平屋の主人と奥様。格調高そうでちょっと入りづらい店構えの業平屋。どちらも、中身を知ると凄く暖かくって、いい仕事をするんだなってのがわかります。業平屋、自信を持ってお勧めできる蕎麦屋。ひいき目じゃないですよ。
2003/6/8
ジョギング、リハ1、ジニアス、オオタユキ
走りました、やりました、行ってきました、聞きました。
走ったのは、皇居。去年ホノルルマラソンを走りに行ったメンバーのノブコ、ヒラケン、ジローと4人で、皇居と日比谷公園を一週ずつ。久々の皇居周りは坂が多くって、意外と疲れました。でも、とっても充実。
やったのは、リハ。ボーカルのNATOさんと、ライブでやる曲の打ち合わせと、軽く歌合せ。久しぶりに合わせてみたけど、去年よりもしっくりくる。きっと彼女がニューヨークで経験をつんだからかな。明日はメンバー全員でリハーサルです。
行ったのは、Genius達が出たライブ IN 渋谷「乙」。リーダー兼プロデューサー兼ダンサー兼ボーカルの「太一」は、大学の頃からずっとずっと「有名になりたい」と頑張っててね。当時は手探りで作詞作曲をしていたんだけど、今日聞いた曲は全て4年前よりもはるかにパワーアップもしてるしバラエティも増えてるしで、感心ひとしお。バックに4人の創作ダンス部出身の子達も携え、ライブの取りとしては文句なしの盛り上がりっぷり。
彼のバンドだけでなく、他のバンドも出てました。中でも思わず聞き入ってしまったのはオオタユキ。彼女も音楽に対する愛が深く、透き通った声で思いのたけを自由に歌う。太一と同じく筑波大学卒だけど、79年生まれの24歳。まだまだ若いなあ。うらやましい。
と、刺激を受けたところで、明日のリハが楽しみでございます。
音楽は、音を楽しむから、音楽だ。漢字って素敵。
本日の走行時間: 40分
本日の走行距離: 6.5キロ
本日の体重: 65キロ
2003/6/7
フードコ練習
フード・コーディネータ。
IBM同期ミキコが、フード・コーディネータへの道を歩むために、更なる挑戦を。
今後仕事をするにあたり、食べ物を色々とアレンジしなけりゃならない。テーマとしては、丸いお皿と楕円形のお皿を使う、フードスタイリングは食べられるものをアレンジ、イメージスタイリングは必ずしも食べられなくていいもののアレンジ、だとか。
詳しくないのでなんだかよくわからんが、雑誌の「美味しい食べ物屋特集」に載っていそうな写真のために、食べ物をアレンジするのである。らしい。
Image Styling - 南イタリア
Food Styling - 和カフェ
Image Styling - パプリカ、明るく
Food Styling - Cool
和カフェの白いお菓子は、あれ、ブルボンのホワイトロリータ。名前が微妙だけど、小学校の時はよく友達の家で出されたもんだ。
とまあ、なかなかのもんです。始めて数ヶ月でこれだけするとは。しかも、自分の家で全部やったらしい。生まれ持った才能とかセンスもあるけど、きっと凄く努力もしてるんでしょう。
誰か、彼女を雇いませんか?最初はお安くしておきます。
2003/6/6
できちゃった
できそうにないことをやる時は、とてもどきどき。
4月より、とあるお客様で新しい試みをすることになったんです。でも、新しい事で、社内はおろか社外でも誰もやったことがないんで 、「契約する前に、IBMさんで本当に出来るか確かめてみてね」という事になったんですね。それで、別の部門の大先輩と協力して、事前検証をする事になったんです。
さて、僕はそれをやった事がない。周りもやったことがない。誰かがやった事があるなら、困ったら誰かに聞けばいい。でも、誰もやってないと、自分でやるしかない。出来るのか?出来そうにないぞ・・・。きっと無理だろう。そんな消極的な気持ちからスタートしたんです。
初めてフルマラソンにチャレンジした時のような弱気っぷり。
案の定、途中で何度もひっかかって、正直、どうでもいいかも、できなくてもいいかも。だって、周りで誰もできてないものを、自分が出来るわけがないじゃないの?とかできなくてもいい理由を沢山考えたんだけど。でも、やるしかないのね。やらないと、IBMの信頼も落ちるし、今後2ヶ月それで仕事を取ろうと思っていたのがなくなってしまうし、何より無責任だしかっこ悪いしSE失格だし給料ドロボーだし。
今週もずっと他の仕事と平行で、ああでもないこうでもないとやっていたんだけど、今日の8時過ぎになっても、どうしてもできない。どうも、自分がやっていない所に問題がありそうだ、ってんで、協力してもらっている大先輩のヘルプを得た。彼と一緒に悩んだ。が、やはり判らない。二人で目を皿にして、少しずつ問題の箇所を特定してった。
そしたらわかった。大きな障害がひとつ取り除かれ、もう少しでできそうな気がした。なんだ、簡単な事だったんだ。それで、少し道が開けた。目の前が急に明るくなった。台風の次の日の、からっと晴れた空が見えた気がして、そのまま終電を逃しても気にせず、ひたすら試行錯誤しながら検証した。
できる時は、あっけないぐらいに出来る。え?でき・・・ちゃったの?って、まるで9ヵ月後に親になる者の知らぬ間に子種が着床していましたみたいな、あっけなさ。
できない、できる、いやたぶん、できなさそうって思っていたものができて、思わず先輩と硬い握手。同期だったら抱き合ってたかも知れない。苦労が報われて、少し涙が出そうにもなったのは先輩には内緒だ。
本当に強い人は、常にできると信じて前へ進める。
僕は本当は弱いから、できないかもと思いながら進む。
でも、もしかしたら、そのうち本当に強くなれるのかも。
From the movie starring George Clooney, "Three Kings":
Archie: You're scared, right?
Conrad: Maybe.
Archie: The way it works is, you do the thing you're scared shitless of,
and you get the courage AFTER you do it, not before you do it.
Conrad: That's a dumbass way to work.
It should be the other way around.
Archie: I know. That's the way it works.
好きです、この台詞。
信じて、強くなろう。
2003/6/5
自分ライブ
ライブ決定、久しぶりに。
6月18日、西麻布Chicにて。
VocalのNATO、Drumsのスミト、Bassのモリタ、Guitarも恐らくタヌタヌとやります。
7月5日、御茶ノ水東京倶楽部にて。
同NATO、Bassは恐らくヨシダ、ギターは入るか未定。
とまあ、まだ決まったばかりでリハーサルもやっていないけどきっと楽しいだろうな。ライブをやるのは去年の7月以来だから、大よそ1年ぶり。
指が衰えても感性が前より豊かになっている・・・といいのだけど、どうなることやら。
VocalのNATOは、高田馬場にあるライブハウス"Intro"で2000年に出会い、「いつかバンドやろう」と言って、初めてライブをしたのが2002年。今年で2度目。もっと沢山やりたいものです。
正式にメンバーや曲が決定したら、ここでも告知します。是非、おいでませ。
2003/6/4
友達ライブ
そうね。
大学時代に友達がやっていたGeniusというオリジナル・ポップ・ユニットに参加して、ちょこっとピアノを弾いた事があったんですよ。で、その後僕は卒業、彼はユニットを続け、はやくも4年目。ちゃんと夢を持ちつづけて活動してるんです。
しかも最近ではなんと、「刑事まつり」(でかまつり)というオムニバス映画シリーズの音楽まで担当して、ちょっと下北沢のシアターで彼の音楽が映画とともに流れるとか。ほほう。
「できっこないさ」と、駄目な理由をあげつらう事は至極簡単だけど、「きっとできる」と信じて少しずつ前進する彼の姿勢には感銘を受ける。
初めてマラソンを走った時も、「きっと42.195キロなんて走れないさ」と思いつつ、少しずつ前進したら4時間40分でゴールできた。「僕はフルマラソンを走れるんだ」と信じられるようになったのは、フルマラソンを二度完走してから。
彼は日々、小さなマラソンを完走して、いつしかスーパーマラソンでも走れるようなビッグ・アーティストになるかも。
2003/6/3
老いても尚オスカー
悲しかった、でも、嬉しかった。
オスカー・ピーターソンのライブを見に、青山きってのブルジョワジーなジャズ・ライブハウス、ブルーノートに行きました。大学ジャズ研のタヌタヌ・モリタ、裕子と4人。
彼のピアノは、僕の大学時代を変えた。ジャズ研に入って適当にてきとーにピアノを弾いていたのが、ある日オスカーのピアノを聞いた時から、「そうか、こう弾けばいいんだ」と思うようになって。「こう弾く」、といっても、プロの中でも伝説的なテクニックとフィーリングを持つオスカーのピアノを真似するわけではなく、あくまで彼のピアノに対する姿勢、態度、愛情、その全てに影響を受けて。
「ある時、僕がライブハウスに入ったらお客様が3人しか居なかった。手を抜いたかって?そんなことはしない。僕はレイ・ブラウンと共に、いつも以上に素晴らしい演奏を心掛けたさ。楽しかったよ。それがプロというものだ。それが音楽さ。」
そんなプロから何を学んだのは、音楽の真髄。音を楽しむことに他ならなず。惰性や理論や知性では弾かない。感性と感情と愛情で弾く。不器用だっていい、楽しく演奏すればいいじゃないか。そう語りかける、オスカーピーターソンのテクニックは「神」級であり、ずっと憧れの対象だった。
その彼が、ブルーノートで。まず入場で驚く。まともに歩けやしない。一歩一歩、10cmずつすり足でピアノに歩み寄る。80歳になり、心臓発作も経験している彼の体はかなりガタが来ているのがあきらか。顔だって昔のギョロリとしたガマガエル的な風貌とは程遠い、誰がどうみても「ああ、おじいちゃんだね」という顔。そんな彼が、どんな演奏をするのか、と。
彼が静かに鍵盤をなで始めたら、そんな心配は杞憂に過ぎない事がわかった。確かに、左手はろくに動かない。右手だって昔の3分の1ぐらいのスピード、パワー、及び滑らかさにまで落ちてしまった。テクニックだけで見れば、今の彼以上のピアニストなんていくらでも、いる。
でも、何かが違う。
ジャズの世界をずっと背負ってきた背中(残念ながら背中しか見えない席だった)、ここ数年でかけがえのない演奏仲間を数多く失ってしまった背中、酸いも甘いも明るい時代も暗い時代も、ジャズの創生期から見せてきたその背中には、ありとあらゆる感情が見えた。一つひとつの音にも、それが如実に顕れていて、今までに聞いたピアノの中でも最も美しい音色を、もはや枯れつつある右手が紡ぎ出していた。
200名余りの客を前にしての演奏。昔のように動かなくても、若い頃の元気がなくっても、本当に美しい音色は出せる。感動させられる。
オスカー・ピーターソンは、自分が弾くピアノ、自分の周りの人、自分の人生、音楽、全てを愛していて、それが一番大切なことだと気付かせてくれた。
2003/6/2
二日連続ハイナンジーファン
昨日はハイナンジーファン。今日もハイナンジーファン。
台風でしたね、昨日は。大雨の中だったけど、親父の誕生日だったんで、家族の知り合いの店で食べようコンセプトに基づき六本木ヒルズふもとの海南鶏飯(ハイナンジーファン)食堂にいったんですね。ランチメニューは普段二種類のみのようなんですが、「誕生日なら特別に」ということで中西さん・シゲキ君が色々こさえてくれました。豚肩肉の煮込みは絶品です。あなた、試さなくてはいけません(ピーコ風に・・・)。
ということで、記念撮影をパチリ。何故か僕も母親もあらぬ方向を見てて二人ロンパリ状態に。
左下:中西さん、右下:シゲキ君、左:シゲキ君にそっくりの弟さん
夕方は会社同期ヒロシ&ミホと、待望のMatrix: Reloadedを見に。錦糸町なんで空いてるかと思いきや、エラい混みようでした。座れた席は一番左の壁際で、音も空調の寒い風も全て上から降ってくる。あー、ちょっと損した気分。でも、もう一度見に6月下旬、劇場が空いた頃に見に行くかもしれません。
きっと封切後は物凄いヒットで、「キアヌ様かっこいい!」「絶対見なきゃそんですぅ!」等という見る気が完璧に失せるようなCMをテレビで集中オンエアするんだろうな。ああいうCM、何とかならないんですかね。担当者出て来い!という愚痴はさておき、映画を見たあとはカメサンの激ウマ中華、江城に行って激ウマ料理を食すものの、Matrixの世界が頭から離れなくて全員ちょっとぼーっとしている気味に。
今日は今日で、またハイナンジーファンへ。ヒロシと、同じく同期のクミコと4人で。彼女も昨日Matrixを見ていたため、飯の間中4人でMatrixについて話す、考える、真似する、等。いや、あんなに尾を引くアクション映画も珍しいもんだ。ねえ、Mr. Anderson。
そして夜は家で仕事。明日のプレゼン資料をしこたま作りました。たかだか15分のプレゼンに、何故か31ページも。1ページあたりの内容が薄いってことか。
それにしてももう6月になってしまいました。はやいもんです。って、毎月、月の初めに言ってる気がするなあ。
2003/6/1