Diary-2003/6  Top  Diary-2003/08
追われるよりは追ったほうがいい

からってなんですかね。コンビニ、飲食店、ファストフードで決まって言われるこの言葉「100円からお預かりします」「1500円からお預かりします」・・・円から? 1000円お預かりします、ではなくて、1000円からお預かりしますって。まずは1000円、次は5000円も預かってくれるってのかね。それとも、あれか、1000円以上でなければ預からないってことか。「1000円以下はお預かりできません、1000円からお預かりします。」それとも、あれか、エンカラっていう単位か?「1000エンカラお預かりします、お釣りは230エンカラです。」なるほどそうか、じゃ、円をこれからエンカラという単位にすれば、正しい使い方になる。あ、でもその20年後にはきっと、「1000エンカラからお預かりします」ということになって、カラカラうるさい。やっぱやめだ。「1000円、お預かりします」でいいよ。

さて、今日は気分がよい。

今週は最悪だった。夜中まで仕事して、ぐったりして昼以降に会社に行くとメールが35通。返信する間もなく夕方から4時間のミーティングに行くと、未読メールが74通。更に夜中までかかって仕事して、メールを処理して次の昼に会社に行くとまたメールが50通。きりがない。常に仕事に終われて最悪だった。

だから、仕事に追われるのはやめて、仕事を追ったんです、今日は。朝8時半に会社について、1通しか来ていないメールを見てニヤリ。すぐに処理。その後も5分に一通来るメールを処理、処理、処理。仕事をしつつ、仕事メールの返事書きつつ。気づいたら、今日だけでちゃんと30通のメールを処理し、且つ、予定していたほぼ全ての仕事を終了。しかも、会社を出たのは8時。はやっ。ついでにカオル氏を含む会社の人達3人と蕎麦をゆっくり食ってきました。まだ11時だ。これからジョギングに行こう。

今日一日、メールが特別少なかったわけでもないんだけど、仕事が特別少なかったわけでもないんだけど、ちゃんと終えた。効率よくできた。それは、仕事に追われて「あー余裕がない」って言ってる間に新しいメールが来てパニック、という悪循環をするかわりに、「よし、仕事ひとつ終えた、さあ次来いよ」と、余裕を持ってこなしていたから。

同じ仕事をしていても、仕事に追われるのと追うのでは全然違うんだな。

本日の走行時間: 45分 (予定)
本日の走行距離: 8キ(予定)ロ
本日の体重: 65キロ(予定)

早起きは三文以上の得だね。

2003/7/31


縁は異なもの味なもの

財団法人省エネルギーセンターって知ってます?「当たり前のようにエネルギーを使う時代は、終わりました」「まずは、冷房28℃」「この夏は、省エネ。」とかキャンペーンで電車等にポスターを貼っているんだけど、これが胡散臭い。「なぜ省エネするの?」という問いかけに、「今日は地球の温暖化は進んでいます!」だと・・・。

おいおい。それじゃ居直り泥棒じゃないのかね、原発止めて国民に大迷惑をかけている東○電力が「おい、お前等、省エネしろ!」とか強い口調で言っても説得力ありませんよと直感で思い、○電がバックについてるんじゃないのか?と感じた。やはり。省エネルギーセンター 役員名簿にでかでかと、「会長 那須 xx 東京○力株式会社顧問」と。 自作自演の寸借詐欺みたいだ。

最近梅雨も空けかけて気温・室温ともに高まってきたから、東京電○さんも大変でございますね。

そう、暑いんですよ、っていうか熱い。何がって、今日見てきたライブが。Femi Kuti Live@BlueNote Tokyo。ナイジェリア出身のアフリカン野郎「フェミ・クティとポジティブ・フォース」(=愉快な仲間たち)という総勢14人程のビッグなバンド。歌あり踊りありラッパありサックスありパーカッションあり絶叫ありのステージは、その空間に足を踏み入れたその瞬間から聞く者をビートの渦に飲み込む。

何が凄いって、まずフェミが踊りまくってる。踊りといってもクラブシーンでのダンスみたいな、R&B系のカッコイイダンスではなくて、はるかに原始的、野性的な体の動かし方。マグニチュード6の地響きに猿が興奮して体をくねらせてる、そんな感じ。その横では3人の女性ダンサーが若干クラブよりだがやはり原始的かつな、腰と上体を激しく使ったダンスとコーラスを披露し、後ろではドラム、パーカッション、ギター、ベース、キーボードそしてホーンセクションがペットにトロンボーンにと大騒ぎ。

フェミも汗だくになりつつも自らサックスを手にとって吹くが、それは音楽といよりは象の怒りの咆哮。キーボードを弾いても咆哮。叫んでも咆哮、歌っても咆哮。全てが原始的なのだ。それを聞いていると、音楽というものはアフリカから生まれたのかもしれないと思わせられるリズムとサウンド。Hip HopやRapは間違いなくアフリカなのだけど、西洋の音楽も元々は黒人が始めたのでは?と思ってしまう。まあ、それは、彼がうまくネイティブなサウンドと西洋のサウンドをフュージョンしているからなのかもしれないけれど。

そんなライブに裕子は来れなかったので、大学親友のショウジを誘い、二人で。終わった後は現地でばったり会ったサトコとその仲間のミュージシャン達とCaffe@Ideeにて夕飯。

そう、Caffe@Ideeはハイナンジーファンのシゲキ君が初代プロデューサー兼店長だったり、ハイナンジーファンのもう一人のオーナー中西さんの義理のお母さんが会社の友達の友達のお母さんの友達だったり、今日会ったサトコはブルーノートに以前オスカーピーターソンを見に行った時に偶然?仲良くなったアライユウコの大学の後輩だったりと、最近何かと色々な偶然、そして多くの縁を感じる。味だな。

2003/7/29


期待されなくなったら終わり

アメリカ国民がブッシュに期待した時期もあったけど、もうおしまい。

人間、期待されなくなったら終わりです。

今日、朝から夜中まで仕事してたんです。本当は夕方には終わるはずの仕事だったけど、お客様が「もう一つお願いが・・・」を10回ぐらい連発で、結局終わったのは深夜。さすがにぐったり。

でもね、当初決められていた仕事内容に入っていなくても、IBMさんに頼んだらやってくれるだろう、って彼らが期待してくれるっていうのは、凄く重要。僕らも、「それは僕らの仕事範囲じゃないですから」と言って断るのは凄く簡単だけど、そういう仕事のやりかた、人生の生き方をしていると、「ま、彼らにたのんでもどうせ90%の努力でしかやってくれないから」と言われて、いつしか他の人に仕事を頼まれるようになる。

今日も、終わった頃にしれっと冷えたビールを買ってきてくれていて、何故かサーバールームで6人で乾杯!そして固い握手。いいねえ、浪花節で。サラリーマンて感じだね。ビールって意外と美味いもんだと始めて感じたかもしれない。スーパードライの瞬間だ。

だから、期待されるうちが華、期待されなくなったら終わり。

人から100%を期待されたら、僕は120%で応える人間になるんだ。

2003/7/27


隅田川花火

墨田区2年目、花火大会から徒歩14分に住んでいるにもかかわらず未だ隅田川花火大会を見に行っていない僕らは罰当たりな気もしますが、そこんとこどうでしょうか。

その代わり、今日は荒川区から見てきたんです、IBM同期の夫婦パーティみたいなもんで、同期のヌマの新築マンションに3組がお邪魔。遠くに隅田川花火が見えました。ドーン、っていうか、シーン、って感じですけど。テレビつけると丁度いいぐらいに。

相田みつおの話したり、会社の話、株の話、友達とはとかいう話まあ色々として、結局帰ったのが午前の2時過ぎ。遊びすぎです。



変なのが手前に写っているのは気にしないで

時を忘れて遊べる同期がいるってのも幸せな事かと。

2003/7/26


民放が駄目なら民法、民法が駄目なら刑法

テレビだけ見ていてもわからないこと。
ジャニーは好々爺などではなく、ど汚いセクハラジジイだ。

ジャ○ーズ事務所の社長はやはり性的虐待者だった。以前、週刊文春に書かれた「事務所に所属する若い男の子をテゴメにしている 」という記事に対して、週刊文春の記事内容を事実無根の名誉毀損との訴え。一度はジャニーの言い分が認められたものの、文春の控訴が最終的に認められて、大筋でジャニーの性的虐待が事実だという事が明らかになった。

とはいっても、民放のニュースやワイドショーを見ている限り、その事実はあまり目だって報じられていない。一般的な著名人が同じような事をして、裁判で訴えられたら大々的に報じられるだろう。「○×、14歳少年に性的虐待で訴えられる」と。普通なら 世間に顔向けできなくなるはずだ。でも、彼は平気。

なぜなら、民放はジャニーのおかげで様々な番組で高視聴率を得ているから。SMAPが出たら視聴率アップ。キンキが出たらアップ。ナカイの司会でアップ。「僕の可愛い男の子達はもう出演させてあげないよ」と言われたら、民放はおしまい。各テレビ局は彼に頭があがらない。

以前イナガキが婦警を車で軽くひき逃げして捕まった時の報道姿勢は、腰抜けそのものだった。恐らく「容疑者と言うな、言ったらSMAPは出演させない」というプレッシャーをかけられたのだろう、民放の報道は「イナガキメンバー」という呼び方で統一されていた。イナガキメンバー。田代まさしは田代容疑者だというのに、その差は歴然。正しくは、イナガキ容疑者だろうに。

極めつけはツヨシ。彼ほど喋りのつまらない芸能人はそうそういないにも関わらず、自分の番組を持っていて、それに人気のある芸能人を呼びつけて、小ばかにする。つまらないギャグを言うと、まわりのADが頑張って声を張り上げて「わっはっは」と笑い、ひたすら生意気な態度を取るツヨシに対しても相手の芸能人は苦笑いをするしかない。ほんと、可愛そうだ。ジャニの七光りに気づかない彼が可愛そうすぎる。

いつになったら、民放はジャニーに対して立ち上がるのだろうか。 民放が裁けないジャニーを、民法は裁けるのか?それとも刑法か?

そんなことも、テレビでは議論されない今日この頃。

2003/7/25


すいません、すいません、すいません

ほんとすいません。ずっとサイトが閉鎖していました。

それと言うのも、1.サーバーのハードディスクがオーバーヒート気味になり、24時間マラソンから帰ってきたら壊れる寸前だった。で、暫く冷やして直したら、2.プロバイダーの料金を滞納していたのが祟り、ネットに繋げなくなった。の、ダブルパンチだったわけで。昨日振り込んだらやっと今日開通しました。ちっ。少しぐらい滞納したっていいだろ!(犯罪です)

24時間マラソンが終わってもう4日目。充実する事、何かないかな。

2003/7/23


24時間、マラソン

いやー、走った。

やりました、24時間リレーマラソン in 富士北麓公園。19日の正午から、20日の正午まで文字通り24時間をリレーでタスキを繋ぐ。僕らのチームは10名。最高12名チームまで許されるから、10名てのは決してベストメンバーではないのですが、マラソンランナー5名、登山家数名、マラソンランナーのお父さん一名、そして裕子となかなかの好チーム。

こういう大会は初出場の裕子はずっと不安げで、最初の1.6キロ周回を走り終えた僕が「坂がきついぜ」と言うと、益々不安げに。でも、そういいながらも彼女も一回のリレーで3周、距離にして4.8キロを走破。トータルでは3周x4+2周+1周で、15x1.6km=24kmを走破。ハーフマラソンも走れます。

一方僕は、4周+4周+4周+5周+3周+1周+1周で、22*1.6=35.2km。もう7キロでフルマラソンです。中には、今回の首謀者兼リーダーなんて一回のリレーで7周も走るツワモノも居て、それを見ると僕らもがんばらないかんのですよ。しかも、前半は196チーム中130位だった僕らが、リーダーの徹夜の走りで103位まで浮上し、もうこうなると100位以内を目指そう、って気になって。

普段はそれほど本気で走ったりしない僕も裕子も、今日ばかりはチームの為に身を粉にして頑張り、最後の2周はキロ4分20秒、マラソンを2時間55分で走るぐらいのオーバーペースで頑張ってしまい、今や満身創痍。おかげで、「でかい風呂に入ろう!」と、うちの近くの銭湯を検索して入ってしまい、いい気分に。ああ、極楽。

頑張れたのは自分達の力、チームの力だけではなく、沿道で応援してくれた多くの人達の声援も凄く大きかったです。彼ら、彼女達はポンポンを持って大声で「もう少し!」「頑張って!」と声を掛けてくれて、枯渇してしまったはずのエネルギーをどこからともなく呼び起こしてくれる。応援って、凄いんです。

そんなこんなで、なんとか10人の力を合わせて24時間走りきり、順位は90位、周回数は168周。距離にして269キロを走破したんです。24時間で、一人平均27キロも走ったわけだ。感激。

最初は参加する意義に半信半疑だった裕子もそして僕も、今や来年も参加してしまう勢いなのです。

本日の走行時間: 1440分(10人)
本日の走行距離: 269キロ(10人)

本日の走行時間: 148分(裕子)
本日の走行距離: 24キロ(裕子)

本日の走行時間: 164分(僕)
本日の走行距離: 35.2キロ(僕)
本日の体重: 66キロ(帰宅後江城で中華を食べすぎた為)

2003/7/20


なるほどなるほど

って、人の話を聞くときに「なるほど」を二度繰り返して言う人がいる。これはきっと、「なるほを」を二度言うことによって「よく聞いてますよ、2倍理解してますよ」というアピールなのだろうけど、実質「はいはい」と同じで、あんまり聞いてなかったりする。「なるほど」は、一回でいいのだ。探してみよう、あなたの周りの「なるほどナルホド」さん。

眠い。



ごまダレ稲庭うどん(業平屋)

昨日、ほぼ朝までかかって、ちょっとした研修資料を作ってたんです。社内のエンジニア向けのミニ講習で、「Linux始めの一歩」資料(社外秘な内容は削ってあります)。実際にLinuxをインストールしたり出来る環境を整えたり、おおよそ50ページの資料を作ったりしたんだけど、その大変さがよーくわかった。



ごまダレ稲庭うどん、アングル2(業平屋)

昔は研修を受けるたびに、「くだらねーぜ」とか「インストール環境がへぼいぜ」「喋りが下手だぜ」とかちょっと馬鹿にし気味だったけど、自分でやってみると一つの研修を作るのにどれだけの労力がかかるかが理解できたり、実際に前に立って話すとたまに自分でも何を言っているのかよくわからなくなったり、いや、意外と大変なのね。と、自分の振り見て我が振りなおしてみたりして。ちょっと大人になった気分。



写真と本文は関係ありません(じゃ、載せるな)

あれがだめ、これがだめって、批判するのは簡単だけど、「それならお前はできるのか」と聞かれると、出来ないことばかりなのよね。少しずつできることを増やしていかないとね。

2003/7/18


業平万歳

試写会終了後の「すっごくよかったですー!」「泣けました、ホント」っていういかにもな一般人の感想を使った映画のTVCMを見て、その映画をより見たくなる人っているんだろうか?もしいるんだとしたら僕の感覚がずれていて、もしいないんだとしたらCM製作者の感覚がずれている。世間の平均を取ると、「あれを見ると映画見に行きたくなりはしないが、見に行きたくならなくもない」ってなるのか。きっと踊る!大捜査線2が出る頃には「青島かっこよかったですー!」という感想が流れて、僕は見に行きたくなくなるんだろうな、このひねくれ者。

今日はですね、あのですね、蕎麦ですね、蕎麦といってもただの蕎麦ではなく、激ウマな蕎麦そして稲庭うどんですね、稲庭うどんもですね、ただの稲庭うどんではなくてですね、そこの稲庭うどんを食べるとですね、その他の店の稲庭うどんが食べられなくなるぐらいですね、美味しいんですね(語尾に常に「ですね」をつけて喋る人がいるけど、改めて書き出すと鬱陶しいの例)。

同期のほうのミキコと、両国の蕎麦屋のほうに行ったんですけど、蕎麦のほうとっても美味しくって、うどんのほうも負けず、しかもオマケのほうでつけていただいた厚揚げとインゲンの煮物のほうもとっても美味しくって、食欲のほうも満たされました(何でも「のほう」を付けると意味不明の例)。

まあ、僕が言うまでもなく、まあ、そこの蕎麦の美味しさは一度試すとまあ、はまるわけなんだけど、まあ、大江戸線の両国駅から徒歩4分と比較的まあ近いわけなので、江戸東京博物館にでも行く機会があったら、まあないとは思うんだけど、まあ是非一度行ってみて下さいよ (何でも「まあ」の例)。

結論から言うと、蕎麦は体に良く、夜食べてもするりと入り、値段も比較的安く(3人で一品料理つけても3800円)、マスターの茂木さんやお母さんが作る一品料理はとにかく美味しくって、一度は試していただくといいかもしれない、っていう感じで (結論から言ってないし言えてない、例)。

最近日記もマンネリ気味で、まあ、あれだ、人生充実させないと何も生産的な事は書けないし書くこともないってことなんですね、結論。バニラコークは飲んじゃいけません、逆に言うと(「逆に言うと」以下同文)。



ありがち

それはさておき、業平屋で出してくれるゴマだれ稲庭うどんを食べると、水天宮前にある稲庭うどん屋のゴマだれうどんがあまり美味しく感じられなくなってしまうのは、衝撃的。そこの店も美味しいはずなのに。なんていうか、たとえるならば、SMAPでいつの間にかクサナギのほうがキムタクより人気が出てしまったような、衝撃(喩えようとして失敗した例)。

2003/7/16


たまには早々と

番組「たけしのTVタックル」最後の「喫煙コーナー」で、広告費を貰っているであろうビートたけしと大竹まことが「そろそろ日本も千代田区ばかりでなく全国で禁煙に本腰を入れるべきじゃないのか」などとJTに熱いタックルをすることなどせず、公務員の既得権益について果敢に「タックル」したふりをしているダブルスタンダードなテレビ番組と、それをサポートするスポンサーと、それを真剣に「そのとおりだ!」と見る視聴者。さて、誰が本当のお馬鹿さんでしょうか?

とはいっても、他にこれといって見る価値のある番組が民放にはないんだけどね。

同じく、ディーゼルエンジンを呼吸器官障害に関わる悪者に仕立て上げてトラック業者から金を巻き上げる某慎太郎さんと、多くの人間が金を使い込んで身を破滅に導くカジノ施設を東京に作ろうとしている某都知事と、「トラック業者もディーゼルエンジンをガソリンエンジンで置き換えればいいのに」と短絡的な方針をお勧めする某クメアナウンサーと、それを聞いて納得してしまう視聴者と、それをスポンサーする企業と・・・。

とはいっても、他にこれといって見ばえのする番組はないのかもしれないんだけどね。

シンクロナイズドスイミングを世界水泳で見るも、彼女らが素晴らしい演技をするのに合わせて解説が「ピッタリ合ってます。素晴らしい演技です」と白熱すればするほどにちょっと笑ってしまうのは、競歩でひた歩く選手を「早いですね、綺麗なフォームですね」と言う解説が可笑しいのに似ている。

とか、たまには早く帰って家で仕事をしながらテレビをみたりもするが、「タマちゃん報道」で白熱する日本のマスメディアからは特に得るものは無いのであった。

2003/7/14


いつになく家庭的

チリ人妻アニータの次はチリ海岸ぶよぶよですね。チリのタマちゃんといったところか。チリ玉男。

家庭的な事をするのもいいものです。

昼はIBM同期ゲンジンと江城で中華をたらふく食す。下手な中華街のレストランより遥かに美味い。しかも二人で3品食べて2000円、やはり破格。

友人の披露宴から戻った裕子と、夕ご飯を作り食す。まだまだ時間があるので、掃除をしようってことになって、洗濯2回、掃除機、洗面台磨き、風呂場のお掃除、いらない服の選択と処分。かれこれ2時間半もずっとやってました。いやー綺麗キレイ。

今日は珍しく、僕が夕方昼寝をしている間に裕子が置手紙をして外出。何をしてたかというと、一人で11キロのジョギングに行ったそうな。ほほー、今まで一人では走るのも嫌だった人が、そこまでも走る事に価値を見出すとはたいしたものだと身内ながら感心。

そういや、僕も昨日、むちゃくちゃ暑い中を走ったんです。気温28度、湿度80%という環境での14キロは普段の夜間ランと比べると恐ろしく苦痛で。木場公園にて1キロのインターバル走をするも、全然スピードが出ない。今までの1キロと比べて恐ろしく時間がかかるかと思いきや、時計を見ると実はそんなに変わらない。そう、辛い時は時間が過ぎるのが遅く、気分がいいときはあっという間に時間が過ぎるだけで、実はスピードは普段と変わらないのね。

人生における苦痛と快楽とも同じで、実際に流れる時間は同じなのに、喋るのも苦痛な人と一緒に居ると30秒でも嫌になるけど、楽しい人と話してると3時間なんてあっという間、という。逆に言えば、辛い時、止めたい時は意外と歯を食いしばって頑張れば、実はそんなに時間はかからずに達成できたりするものなんですよね。

本日の走行時間: 75分
本日の走行距離: 14キロ
本日の体重: 64キロ

2003/7/13


いい縁、悪い縁

電車のアナウンスで「御乗車お疲れ様でした」と流れると、「いや、貴方にお疲れ様と言われる覚えはないぞ」って思ってしまう僕はひねくれものでしょうか。「御乗車ありがとうございました」で良いと思うんだけどね。ま、いっか。

人類皆兄弟。何かの縁ってあるんでしょうか。

今日ね、ハイナンジーファン食堂にバンドの打ち上げをしに行くついでに、以前クレームをしに行った六本木の某D店、ええい言ってしまえ、Dieselに行ったんです。そこで買った時計が、購入後わずか1週間で止まってしまったので修理または電池交換に出しに。

修理ついでに、以前クレームを快く受けてくれた店長の上田さんと話してて、
「そういや、九州のDieselから来たんですよね」
 「ええ」
「どちらですか?」
 「博多のCanal Cityです」
「博多・・・僕の会社の後輩が、Dieselマニアってぐらい好きでしかも九州だったんですよね。もしかしたら・・・」
 「えっ・・・お名前は?」
「○×カオル君です」
 「えっ!(なんじゃそりゃぁぁぁ)そんなー。すっごく良く知ってますー。奥様も凄く沢山買ってくれてたんですよー。」
「やっぱり!いやもしかしたら知ってるかも、知ってるような気がしてたんですよ。あーこれはびっくり。早速電話してみよう」
と、電話は繋がらなかったから上田さんにカオル君へのメッセージを吹き込んで貰ってその場は終了っていう、ドラマばりに都合のいい設定で、三つの点が線で繋がってしまった。いや、ほんと悪い事はできない。

たとえば僕が、嫌なクレームをしたとして、上田さんに悪い印象を残す。で、後日、Diesel好きのカオル氏夫妻が六本木店に行って、
「あー上田さん久しぶりです、最近どうですか?」
 「あー、こないだねー、凄く嫌なクレーム受けてねー、ブルーなのよ」
「へー、どんなですか?」
 「いや、時計の販売の対応が悪いって詰め寄られてね、ほんと嫌だわー」
「え、それってもしかして赤いめがねを掛けた人で奥様が時計を買っていた人じゃ」
 「あ、それそれ、何で知ってるの?」
「僕の先輩です・・・嫌だなあすみませんほんと」
とかなりかねない。悪い事はできないなあ。

その後、常に冷静なカオル君から興奮気味な電話が掛かってきたのは言うまでもない。

その後のハイナンジーファン食堂、新メニューを二度目食べましたが、やはり激うまでした。なんじゃこりゃあぁ!



厚揚げと僕

すいません昨日と同じで。

2003/7/12


斬新さ

どんな美人でも、口に手を当てずに顔を歪めて大あくびしているのを見ると幻滅してしまうのは僕だけでしょうか。もうアクビねたはいいよ。

上山さんのライブに行ってきました。

定年後にジャズヴォーカルのプロになった上山さん。今年でもう3年か4年目、そろそろステージもこなれて来て、聞いてて楽しいんです。一緒に弾いていたピアノの田村さんも、ベテランの貫禄とテクニックを持っていて、聞いてるとワクワクです。2ステージ中、僕も1曲ずつ田村さんとデュオ、即ちピアノでの連弾をしたんだけど、彼と一緒にやると今まで行ったことのない領域に連れて行ってくれる。さながらジェットコースターに乗ってコントロールできないうねりに突入するように。

それはそうと、昨日、ハイナンジーファン食堂に行ったんですよ、一人で。そしたら、新メニューが4品も追加されてて、興奮した僕は後先考えずにその内の3品も頼んでしまった。

でね、昨日初めて食べた、厚揚げとトウチのバジル炒めってのが、ほんと美味くて死ぬかと思った。いや、マジで美味い。なんだこれは、こんな食べ物があるんだ!?という斬新さと驚異的なご飯との相性。

ハイナンジーファンで食べてて幸せに感じるのが、今までに味わった事のない新鮮味を感じられるところ。以前食べたデザート、ライチのタピオカにもかなり殺されたけど、厚揚げとトウチは食った瞬間「なんじゃこりゃぁぁっ」(ジーパン刑事風に)っていう刺激。今はもう詳しく思い出せないけど、甘さと辛味がバジルの香りに混 ざって、体中から食欲を呼び起こされました。



厚揚げと僕

その一晩でもっと斬新を味わいたいと、ロティパラタ(シンガポールのナンのような、バター味のパン)も、鶏のあっさり汁麺も食べちゃって、ちょっと勿体無い事をした。4回ぐらいに分けて徐々にトライすればよかった・・・。なんていうか、欲しいCDを同時に3枚買ったら、1枚目は一番良く聞くけど3枚目はほとんど聞かなくなる時、みたいな。変なたとえだけどさ。

ありゃリピーター続出するって、ハイナンジーファン食堂。ま、明日も行くんだけどね。好きだね俺も。

2003/7/11


ライブ終わって腑抜けない

大あくびをすると気持ちいいけど、顔がかなりゆがむ。大あくびの顔をしてもかっこいい人がいたら、その人は大あくびをしていない。だからこそ、人前で大あくびをする時は口に手を当てないと恥ずかしいもんだが、最近は子供から大人まで、人前で大あくびをする。不思議に思って、「ねえ、君、なんで大あくびするのに口に手を当てないの?」と言ったら、「だって、手を当てないほうが気持ちいいじゃないですか」と。手を当てないでくしゃみする人も、きっと同じ心境なのだろうか?

ライブ終わって一日。以前のハノンをやって、曲の練習をやって、という行為には前ほどにモチベーションが上がらない。やはり、目的や目標があって初めて何でもやる気が出るのであって、とりあえずやってみる、というのは出来ない。次の目標は何だろう。楽器三人だけでもお客様に「これはいいね」と言って貰えるような、バンドサウンドを作り上げる事。それを、東京倶楽部のようなジャズが好きな人が来てくれる店で演奏する事。次の日程を決めなくっちゃあ。

仕事も同じで、毎日おんなじことをしているとどんどん飽きがくる。以前は高かったハードルも低く感じられてきて、新しい目標を作らないと退屈に。新しい目標って何だろう。

2003/7/10


あなたが居るから私も居る

電車の中でくしゃみを口に手を当てずにしている人を見ると、思わずその人に接近して間近でお返しをしたくなりませんかね。ならねえよ。

今日でライブ最終日でした。NATO with Full Throttle Trio (適当)、主に僕とベースの森田、そしてギターのタヌマ。

頑張った甲斐もあってか、評判は上々らしく。一番僕のピアノを分かってくれる裕子も、今日は今までの中でもよかったと言っているし、ひとまず満足してもいいのかな。

なんでライブなんてやるんだろう?なぜ、何十人もの知り合いに案内を出して、一日30分から2時間も練習して、リハーサルを積んだりするんだろう?

それは、聞いてくれる人がいるから。聞いてもらって、楽しんでもらえて、もう一度来たいな、って思ってもらえたら僕は死んでもいい。じゃあ死ねよ。あ、いや、言葉のあやですけどね。

ビッグなアーティストになると、聞かれて当たり前、という風な高飛車な人も居るけれど、基本は皆同じのはず。僕の音を、僕の自己表現を聞いてくれないか、という欲求。

リスナーなくしてはプレーヤーは存在し得ない。厳密に言うと存在できるんだけど、存在価値というのはあまりないのかな。あるのかな。それは僕にはわからない。とてもじゃないがプロではないから。

でも、今日感じたのは、お客様が耳を傾けていると、僕が無性に幸せを感じて、指が良く動くようになって、自分の心が躍るような音が出せるようになる、ってことだ。自他共栄。陰と陽。あなたとわたし。むすんでひらいて。二つを結ぶ間にあるものが、ジャズという音楽。音楽は最高だ。

2003/7/9


偏差値糞食らえ

電車のドアが開いた瞬間に降りる客の横を押しのけて乗車してまで1つだけ空いた席に座る人がいますが、そういう大人が居るから子供までマナーが悪くなるんですね。最近の子供はなってない、と文句を言う前に、最近の大人がなっていないことは気付いているんでしょうか。そんな憂国日本国民の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

一体、人と比べる事に何の意味があるんでしょうか。

偏差値が嫌いです。といっても、偏差値そのものは統計の取り方なので悪い事はないんだけど、所謂日本全体が学校教育を「偏差値」という物差しで計るところが大嫌い。なんなんでしょう一体。悪い癖だ。

あの学校は偏差値60だ、ここは70だ。だから、この学校のほうがいい。あの人は偏差値45だ。僕は偏差値55だ。僕のほうがいい。それで満足してしまうのでしょうか。

偏差値というのは、全体を足して平均を取って平均からどれだけ高いか低いかを見るためのもの。 どんなにずば抜けて優れていても100以上は出ない。また、恐ろしく単純な物差しで見るため、比較対照としての個性や特徴といったパラメターは見えない。なぜ、偏差値が高いのか低いのか、その理由までは見えない。

偏差値を割り出せば、自分と他人を比べるのは簡単だ。僕は全体よりテストの平均が高い。偏差値も高い。それで満足して終わる。が、テストで100点以上を取ろうとはしない。だって、それ以上取っても偏差値は変わらないのだから頑張っても意味がないでしょう、と。

世の中、常に偏差値ばかりを見ていたら、停滞する一方。だって、全員が100点以上を取ろうとしなければ、心のどこかで手を抜くように考えていれば、独創性も個性もなんも発揮されません。「この人は芸術性が優れている、あの人は独創性が優れている、彼女は論理的思考に優れている」というような見方がされないから、誰も自分の長所を伸ばそうとしない。時間の無駄なんです。

そうして僕らは、いつも他者と比較する事で自分を優位に考えて満足している。ホームレスと比べたら家があるから、勝ち。大手企業なら社員が沢山いるし名前が知れているから、勝ち。給料が高ければ仕事の質が低くても、勝ち。女子高の先生をやっていれば、生徒にもてるから勝ち。ルックスがいい相手と付き合っていれば、(心が汚くても)勝ち。胸が大きいほうが、勝ち。スーツの値段が高いほうが、勝ち。

僕はここ数年の会社生活の中で、Linuxをある程度使えるようになっていたから、勝った気分になっていました。糞くらえです。ピアノも、アマチュアの中ではそこそこに弾けるから勝った気分に。糞くらえです。ジョギングだって、4時間切れればいいと勝った気分に。食事中の方すみません。うんこ召し上がれ(糞食らえの丁寧語)。下品ですみません。

なんて低レベルの考えを持っていたんでしょうか。それこそが偏差値の考えでした。

他のランナーと比較しながらトレーニングをしていたら、高橋尚子は絶対に金メダルは取れなかった。彼女は、常に少し前の自分に勝つために走っている。だから、自分を超えられるんです。

偏差値的な考えはいらない。自分を高めます。

2003/7/8


皺はアイロンで伸ばせる

暑い日に「暑い!」って眉間に皺を寄せながら歩いている人を見ると、そんな顔をしても涼しくないのに、むしろ見てるこっちが暑苦しくなるぜと思ってしまう今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

悩んでいる友達がいます。

身近な人が悩んでいると、少しでも自分の経験や考えを元に、悩みを小さくしたいと思う。占い師的な性格なのかもしれない。ただのおせっかいかもしれない。

僕は昔、後悔ばかりしている人間だった。大きな失敗をして、その失敗を7年間ずっと引きずっていた。その間も小さな失敗を何度かしては、やはり後悔の月日。

後悔しない人間なんていない。後悔という言葉が後から悔いると書くだけあって、愚かな行動をする前に悔いる事なんてできやしないのだから。「あ、これをやったら悔いる事になるから、今のうちに悔いておこう。ああバカな事をこれからしてしまうなあ、俺って最低だなあ」なんて、事前に後悔できるぐらいだったら最初からやらないだろうが。

ただ一つ個人差が出るのが、後悔するに当たり、何日?何週間?何ヶ月、後悔するか?ということ。

1日後悔している間は、1日未来を損している。その計算では、僕は人生の内の7年間を後悔に費やして、感傷に浸り、無駄な辛さを味わっていた。自分の人生の4分の1を後悔に使ったなんて、もったいない。もっと早く、後悔をし終えていればよかった。今を、生きればよかった。等と今更後悔しても始まらないのだが。

そんななので、後悔はするだけ無駄とは言わないが、一気に大きく後悔した後は、その失敗を生かして先へ進むに限る。長く浅く後悔するよりは、より大きな失敗をして、大きく落ち込んで、バネのように戻るがいい。暫く自分の人生にも眉間にも皺がよるけれど、大丈夫。皺なんてアイロンで伸ばせばいいのだ。家族、友達、仕事、趣味、ご飯、全て皺伸ばしに効く。ジョギングするとあっさり治ったりする。今日は70分走ったら、仕事の皺が一気に伸びた。

今日の天気は曇り。織姫と彦星は会えなかったかもしれない。でも、会えなかった事を悔やみつづけてその先を生きるのと、来年を楽しみに1年間生きるのでは、次に会えた時の顔が違うでしょうに。

本日の走行時間: 70分
本日の走行距離: 13キロ
本日の体重: 64キロ

2003/7/7


世代を超えて

何か気が利いたことがいえないときは、笑ってごまかすしかないんですけど、無理やりはははははって笑うとなんであんなに乾いた笑いになってしまうんでしょうか。目が笑ってないよ、口だけだよあなたってね。あれですよあれ、芸能人で言うと、SMXPのカト○シン○とか。いっつも歯をニーって出して笑った口をしているんだけど、彼が心から笑っている顔を見たことがないような気がする・・・。ナカ○に至っては、笑い顔のときに目じりが下がって笑い皺ができるんだけど、やっぱり目の奥が全然笑っていなくって怖い。

歳の差なんて、というけれど。最近特にそれを感じます。

昨日のライブには、定年を迎えた後にジャズ・ボーカリストとしてプロデビューして、第二の人生を歩んでいる上山高史さんが遊びに来て下さいました。しかも、打ち合わせもリハもなしで、僕らのステージの半ばで、Feelingsをデュオでパフォーマンス。彼の歌は、経験に裏打ちされた渋みというか深みというかがあって、到底若いボーカリストには出せないよさがあるんだけど、そんな彼と一緒に演奏をすると僕まで感情が普段より込められて、いつもよりもいい演奏が出来るんです。

もう、技術とかセンスとかそういうんじゃなくて、心。60年以上生きてきた彼と、彼を支えてきた奥様、家族、人生そのもの、そういうの全てが、彼の歌には全面的にあらわれるんです。素敵。因みに、ライブハウス東京倶楽部を僕らに紹介してくださったのも、他でもない上山さん。全ては彼のおかげなんです。感謝感激。

今日は今日で、僕らが敬愛する最高の蕎麦屋のご主人・奥様・お嬢様と、彼らのお友達夫婦と、東陽町イースト21ホテルにある彼らが大好きな中華料理屋桃園(とうえん)にて、飲茶をご一緒に。いや、一皿600円程度とリーズナブルなのに、凄く美味くて大満足。点心の美味いの美味くないのって、美味いよ!でも、残念ながら裕子は日中仕事があったから参加できなかったんですね。

で、僕だけ楽しむのもなんだから、裕子が仕事を終えてから夕ご飯もご一緒できるかって聞くと快く承諾、そのまま門前仲町の美味しいお好み焼き・もんじゃ屋「きゃべつ」へ。グルメな彼らが連れて行ってくれる店だけに、月島のもんじゃなんてナンボのもんじゃい、ってぐらいに美味い。月島で以前食べたもんじゃ・お好み焼きは、小麦粉8、具2ぐらいだったけど、そこのは小麦粉+山芋3、具7ぐらい。味がいいんです。すげー食った・・・後は、そのまんま家になだれ込んで、何だか判らないけどずっと話をしたり和菓子をいただいたりテレビを見たり、家族ですかってぐらいにリラックスしてました。なんなんでしょう一体。確かに、遠くの親族より近くの他人とは言うけれど、ほとんど近くの親族のような感覚になっちゃってる。

上山さんも、業平屋さんも、共通する点は一つ。「最近の若いもんはなっちゃないね」的な事は言わないし、思わない。彼らが若い世代を自然体で受け入れてくれるから、僕らも安心して話ができるんです。しゃちほこばって「俺が若いときはもっと〜〜〜だったんだぞ」みたいな事を言われると、若い人達は引いちゃう。粗相がないか、とか、変な事を言いやしないかとか、気を使っちゃう。価値観が違うのは当たり前だけど、お互いの価値観の違いを認め合える事ってのは凄く大切な事なんだな。

それができると、世代も国境も文化も人種も性別も職種もなんでもかんでも超えられる。そういう人間であろう。

2003/7/6


弘法でも筆は選ぶ

最近座るときに、思わず「よーいしょどっこらしょ」と言ってしまったことにショックな27歳の夏ですが、元々はうちの親父の口癖。血は争えないのか。

ピアノ最高です。

今日は御茶ノ水の東京倶楽部でライブをやってきたんですが、全然違うんです、ピアノが。といっても、僕が対して変われるわけもなく(地道な練習はしてますが)、ピアノそのものが。普段のChicの、1年間調律していないピアノが出す音と、ここのピンと貼られた弦では音質が違う。もう、単音を弾いてもよし、低いところのフレーズをゴンゴン弾いてもよし、高いところでピロピロ弾いてもよし。何をやってもそれだけでいい、ってなぐらいに。

そんなだから、演奏している僕も自分の音により注意が行くし、バンド全体の音作りにピアノが物凄く役に立ってくる。ああ凄い。

だからといって、Chicではいい演奏が出来ないかといえばそんなことはなく、当然そのピアノを弾く人にそれなりの技量と感性があればきっと素晴らしい演奏は可能。僕にはそれが欠けているため、ちょい厳しい。

東京倶楽部のピアノも、それだけで素晴らしいために自分の技術では逆にそのピアノを生かしきれない。もっといい音が出せるんだろうな、もっといい響きが作れるんだろうな、と思いつつ、そこに至れないじれったさ。

弘法だって筆を選ぶと思うんだけど、僕は筆を選べない。そこにあるピアノしか弾けないから。そのピアノを最大限に生かすためには、自分が弘法になればいいんだな。27の手習い。

2003/7/5


成せば成る成さねば成らぬ

うちのオフィスはエコ志向が強いのか、トイレの「大室」にはとあるシールが貼ってあります。トイレットペーパーのイラストに「Return to Office」って書いてあるんです。使ったトイレットペーパーがリターン・トゥ・オフィスする会社なんて嫌なんですけどね。お食事中の方すみません。

それはさておき、仕事で徹夜しちゃいました。

別に今日やらなくてもよかったんだけど、ここ2週間ほどずっと出来なくって悩んでいた仕事があって。今日色々と調べ物をしていたら、どうやらそれが出来るような気になって、そうしたらもう止まらなくなったんです。暴走気味になって、夜中12時から朝の10時までぶっ続けで仕事。

何かっていうと、LDAPというディレクトリ(ネット上の電話帳のようなもの)に記録されているパスワードを、Webの画面から変更するための、プログラムなんですね。PHPというWeb系の言語を使って。最初はおっかなびっくり。試行錯誤をしながら、徐々に進んでいくと、なんだか出きそうな雰囲気になって、あとはもう下り坂。どんどん出来るようになって、最後には凄く細かいところまで調整してたりして。あ、俺ってこんな事もやればできたんだ!っていう、斬新感。

「永田君、これできたの?」「えーと、僕にはできません」っていう答えを出すのは簡単だけど、それは出来ないのでなくて多くの場合やっていないだけ。やれば以外と簡単に出来てしまうもんだ。プログラムにしろ、マラソンにしろ、ピアノにしろ、大切なのはチャレンジする事。で、加速がついたら止まらずに一気にやってしまう事。で、あっという間に終わってくたくたに疲れて、その日は何もする気がなくなる、っていう。

あ、今日はライブだった・・・。しまった、日記なんて書いてるば

2003/7/4


自己主張その前に

「お騒がせ!t.A.T.u.来日」だとか「お騒がせ!和泉節子ママ」だとか、何でもかんでも「お騒がせ」と付けたがる大衆マスメディア。別にタトゥや和泉ママがが騒がせているのではなく、あなたたちが騒いでるだけじゃないのかと思うんですが、どうなんでしょうそこのところ。

人の気持ちを考えてから、自分の主張をする。

最近ね、咳が出て、たまに止まらないんです。別に風邪ではなく、多分、軽い気管支炎または気管支喘息。それというのも、今作業しているお客様先が、最近の風潮の中では珍しく社内での喫煙が許可されていて、作業をしているコンピュータ室ですらタバコが吸えるし、お客様も打ち合わせや作業中にタバコを吸われる。

それだけでも結構な負担なのだけど、一緒に作業している先輩も作業の場でタバコを吸うと、否応なしに僕も副流煙を吸うことになる。

高校時代に、3ヶ月間ほど気管支炎にかかっていたからか、今でも煙草の煙に含まれる化学物質を吸引すると、とたんに具合が悪くなる。煙がなくても、喫煙所のような壁や床に化学物質が染み付いている所に行くだけでも、鼻水や咳が出てくる。

そんななので、先輩に言おうか、言わずに我慢するか迷ったのだけど、やはり咳が止まらなくなったら仕事にならないし、だけど先輩の気分も害したくない。迷った挙句、直接は言いづらいので、携帯のメールで(こんな時、携帯メールって便利)。

客観的に、自分が煙草への耐性が低い事を訴えつつ、煙草を吸う時は先輩だけでも外で吸ってもらえたらとても助かります、という事を切実に訴えたら、「了解!もっと早く言ってくれてもよかったのに」と、優しい答えが返ってきて、とても安心。確かに、無理をせずにもっと早く言えばよかった・・・。

彼に伝わったおかげで、今日の作業部屋の煙は半減。昨日の演奏中にはピークだった咳も今日はだいぶ減って、咳き込まなくなった。

自分の主張をするには、主張される相手の立場に立って、出来るだけ嫌な気持ちにさせないように主張すると、きっと伝わる。感情的になるのはいけないんですね。

うーん、煙草アレルギーについてはこんなサイトもあるんだ。中の掲示板に書き込まれているメッセージ、相手の気持ちを思いやる人と、思いやらない人の差が激しいなあ。

2003/7/3


無心
 

「ドアが閉まります。危険ですので駆け込み乗車はおやめください」って言ってる駅員や車掌は偽善者でしょう。だって、彼らが手動で閉めてるんでしょうが。ねえ。なのに、そ知らぬ振りして「ドアが閉まります」なんて無責任な。それで挟まれて痛い思いをする人が居るというのに。それじゃまるで居直り泥棒ですよ。そう思いませんか。どうでもいいですかね。

今日のライブは1敗1勝。

西麻布CHICでの水曜NATOライブも今日で早くも3回目。先週の40人とはうってかわって、最初はお客様が全然いなくって少し気分が沈みぎみ。でも、そんな中でも友達が4人も来てくれたので、精一杯演奏しよう、って思った矢先に今度は後ろのほうでライブに興味がないお客様が大騒ぎ・・・。

本当に凄いプレーヤーだったらそんなお客様でも注目させちゃうんだろうけど、技量の低い僕はそこまでできず、うるさいなあ、せめて静かにしてくれないかなあなんてネガティブな事考えながら集中力を欠いたファーストステージに。演奏中もちょっとぼんやり気味であまり憶えてないんです、キレに欠けたことぐらいしか。

でも、セカンドは違ったんです。休憩中にうるさかったお客様は帰って、入れ替わりに大学友達やその仲間がどやどやどやと8人ぐらいで御来店。中には去年のライブも来てくれてた友達もいて、ああこれは最高だ、去年よりもずっといいプレイをしよう!とモチベーションがぐぐっとアップ。裕子も、先週も来て下さった職場の副支店長までリピートで。嬉しいもんです。

ステージが始まってNATOさん抜きのインスト2曲を演奏している間も、お客様が全員、シーンと聞き耳を立てているのが背中越しに凄く感じられて、自分でも自分の音やフレーズに物凄く敏感に。そうなってくると一つのトランス状態に入って、あまり考えなくってモいいプレイができるようになるんです。っていうか、考えない方がいいプレイができるのかな、普通。プロゴルファーはグリーンでパットを静める時に左脳の活動が物凄く減るっていうけれど、それに近いのかもしれない。変な雑念がなくなるっていう状態。

いろいろ課題も山積みになった2ステージだったけど、終わってみるとトータルでみて今までで一番の出来。練習やリハーサルの成果も出せて、ベースの森田とも「意外と良かったよね」と二人でちょっと自己満足。お客様の入りは24名と決して多くなかったけれども、一人ひとりが僕らの演奏を大切に思ってくれているのが感じられて物凄く幸せ。

この喜びをバネに、今週末、来週水曜日のライブに向けて更に頑張りますぞ。

2003/7/2


あるかないかではなく、気付くか気付かないか

ショップ店員に、1.「そちら、色違いがございます」 2.「半そでと長袖、両方あります」 3.「実は、先週メンズノンノに掲載されたものです」と言われて、メンズノンノに掲載される商品ほど買いたくない物はないそんな僕はなんと答えればいいのでしょうか、「へーそうなんですか、ますます要らなくなったなあ」でしょうか。「4.僕も一枚持ってるんですけど、5.先週も3枚売れてしまって。6.買うなら今のうちですよ」と言われた日には、クレームしていいですか。

仕事の疲れは精神の疲れ。精神の疲れは体を疲れさせる。体を癒しても精神が癒されない事もある反面、体を疲れさせると、精神が癒される事がある。

というのは僕が経験的に学んだことで、仕事や人間関係でくたびれて体もボロボロになったときは、ひたすら体に鞭打つに限るのだ。エステやスパ、サウナで癒しなんて生ぬるい。運動だ運動。とりあえず走るのだ。

今日は、本当は仕事を早々と終えて家に戻ってじっくり1時間20分ぐらいジョギングして夕ご飯を食べて寝るのは11時半、とかもくろんでいたのだけど、無理。今日中にやらなくてはならなかった仕事が長引き、家に着いたのは10時。腹ぺコ喉カワな状態で準備をして、そんな状態に半ば切れながら裕子とジョギングに。

最初の10分はとにかくイライラ。エネルギーはないし、体脂肪が燃えないもんだから体が動かない。おまけに雨までパラパラ降り出して、木場公園に着いた頃には結構な雨。普段なら一周半走るところなのに雨で体を壊してもしょうがないので3/4周だけ走って帰路につく。物足りない。圧倒的に物足りない。全然ストレスも肉体の疲れも取れない。

ってんで、裕子を家に帰してから更に走ること、15分。普段のジョギングの2倍のスピード、普段歩くスピードの4倍のスピードでぐいぐいと雨の中を疾走。胃が限界を超えて何度も何度も戻しそうになるも、空っぽの胃からは虚無感で一杯な「音」以外は何も出ない。限界を一旦超えるともうしばらく無理が出来て、もう800メートルぐらい走る。そこで終わり。食事中の方すみません。

さっきまでのもやもやが嘘のように、ピーカンに晴れ渡っている自分の心に気付く。周りは雨だけど。そんな時に、両国橋の真中に立って隅田川を見渡すと、いつもなら見えない物が、見えてくる。

たとえば、遠くの橋を渡る一人の会社員。葛飾北斎が描いたような絵。

たとえば、水面に映った「アコム」の大きな赤いネオン看板。風でゆらめく水面に映るその赤は、夏の夕焼け。

たとえば、真っ暗な水面の上を通り過ぎ行く千葉行き最終の総武線は、まさしく銀河鉄道。川にはカムパネルラが。

とはいえ所詮、橋を渡る人は、夜中までの仕事に疲れきったサラリーマンだろう。消費者金融のネオンなんて普段は醜さも100倍憎さも100倍。総武線最終なんて酒と汗のにおいが充満して乗れたもんじゃない。

僕はそんな腐敗に満ちた東京が嫌いなんだけど、たまに、その街が演出する美しさに気付く時もある。普段はただの通勤路であり信号が鬱陶しかったりするカメサンを通る道だって、たまにはこのように目に映ることもある。

世の中は美しさに満ちている。大切なのは、それに気付くか、気付かないか。気付かない人は、たとえ天国にいたとしても、気付かないだろう。

本日の走行時間: 70分
本日の走行距離: 13キロ
本日の体重: 63.5キロ

2003/7/1


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