カーテンを開くと、そこはホームシアターだった
結婚式前に撮られるメイクシーンのスナップ写真は100%、メイク完了後に撮る。
ついにやってきました、ホームシアター。
遊びに来たヒロシ、タケル&ヨシエ夫妻に、ホームシアターをお披露目しちまいました。本当は買うつもりがなかったんだけど、ついオークションで入札してしまったソニーのプロジェクター、"VPL-HS2 Cineza"。うっかり落札。今日はシアターデビュー。
部屋の片隅でメイク講座をやっている裕子とヨシエをよそ目に、ゲーム大好きな男どもヒロシ・タケル・俺はサッカーゲームやらレースゲームを色々と映しては、その臨場感にいちいち驚いてました。F1のゲームを大画面で映すと、そのスピード間はほとんど現実と変わらない。思わずカーブ切るたびに体が揺れそうです。揺れないけど。
正面だけでなく横からも投影可能
Cinezaは多少サイズが大きい分、ファンノイズはそこそこ静か。3メートル離れたところから80インチの映像が投影できます。タケルから貸してもらったボンドムービーを見ると、やはり面白い。爆発は、でかければでかいほどいい。
決して安い買い物ではないけれども、300円でレンタルできるビデオから100円の価値を得るか、それとも1000円の価値を得るか、その差は意外と大きい。でも、よくよく考えてみると、その差額900円でプロジェクター代を償却すると、映画を151本見なくてはならない計算にもなり、いい買い物かよくない買い物かはよくわかんない。もしかしたら「ホームシアター」と言う、ちょっとブルジョワジーな響きへの欲求を満たす為に買ったのかもしれない。
とはいえ、カーテンを開くと、そこは80インチスクリーン。メートル180円の白い布が、ちょっとした映画館気分をもたらしてくれます。あなたもいかが?「徒歩0分の映画館」「電気を消すと、そこは映画館だった」「我が家は映画館」という誘惑。
2003/8/31
アスリートに解説要らず
100%、生茶パンダは可愛くない。
ひき続き末續選手。今日もテレビのインタビューで素敵な笑顔だった。
でも、織田ユージとのパリ←→東京インタビューでは、ちょっと無理に笑顔を作っている感じだ。「リレー、出なかったよね。怪我?」「次はあれかな?9秒台とか19秒台とかかな?」なんて、友達でもない人にタメ口で言われたら、そりゃ誰でも気分がよくないでしょう。スポーツが見せ場のスポーツ番組に、いつからスポーツと無縁の芸能人がコメンテーターやイメージキャラクターになるようになったんだろう?
バレーボールの「嵐」(ジャニーズ)や、なんのスポーツか忘れたけど取り敢えず出演する「モーニング娘。」、そして世界陸上のユージ。ああいったスポーツ番組の芸能人は、彼らも好きで出てるわけではないかもしれなくって、結局はテレビ局と番組制作側の意向が強いんだと思う。スポーツだけだと視聴率とれないから、メインの「顔」として誰かを入れてくれと。じゃ、君だ、織田君出てくれたまえ。
そもそもスポーツは、選手を写しているだけで絵になる。本来ならばそれ以上の華は必要ない。織田君が出たところで、陸上種目の魅力が少しでも上がるわけではなく、むしろ、ライターによって準備された種目・選手の解説を知識の無い人が読むことによって、説得力が薄れる。K1のリングサイドで盛り上がっていた藤原ノリカが一転、箱根駅伝の解説をしたら興ざめだ。「いやー、第3区間は辛いんですよねー」「そうですねー」。
とはいえ、テレビはCMから多額の金を得るためのビッグビジネスだから、一番視聴率が取れる見せ方をする。結局は、日本国民がスポーツの真髄にあまり興味が無いから、芸能人を顔に立てないと多くの人が見てくれない。「日本国民のスポーツに対する意識が低いから、芸能人を立てなければいけないんです!」とプロデューサーは言い訳をしているのだ。その結果、更に日本国民はスポーツの本当の価値をわからないまま、CMと芸能人と「世界の末續、あと少しで登場!」というテロップで1時間ずっと待たされるような番組を見続けるようになる。
イラク戦争が勃発していた時にまだまだワイドショーが「たまちゃん」の時間にほとんどのトップニュースを割いていたように、テレビが日本国民の意識を下げ、低い国民意識が日本のテレビのレベルを下げ続けている。まともな国民にとっては、民放の9割の番組は見るに値しないのではないか?
末續はかっこいい。タイガーウッズがパットを沈めるだけで絵になるように、彼のがむしゃらに走る姿は絵になる。アスリートに解説はいらない。
2003/8/30
チームワーク
100%、電車でメイクする人に美人はいない。大抵必死の形相をしている。
いや、勉強になった。
ここ1ヶ月、弊社の協力子会社と一緒に仕事をしていたんだけど、最初はチームワークが乱れまくり。一人ひとりが自分の目の前の事に必死で、相手の事を構ってない。僕も含めて。何か問題が発生したときにも、ひとりが対応する間にもうひとりは指を加えて見てる。または、そもそもそこにいない、問題が発生した事も把握していない。自分の作業が増えると大変だから、相手の問題にできるだけ首を突っ込まないようにする。
そんな意識でやっていたもんだから、ちょっと問題が発生した瞬間にどんどんスケジュールの遅れが生じて、いつの間にか1週間近く遅れてしまったりも。まさにバッド・チームワーク。
合コンの成功の秘訣はチームワークだという。開催メンバーを決めた時点で、その合コンが成功するか否かは決まっているらしい。指示を出す人、皆を気遣う人、面白く盛り上げる人、かっこよくてもてる人、そんな4人が息を揃えると、全員が楽しい合コンになると。でも、一人ひとりのメンバーが躍起になって女の子をゲットしようとすると、絶対に盛り上がらない。
同じ理由で、自分のためだけに頑張ろうとしても、仕事はうまくいかない。みんながスムーズに作業できるように、一人ひとりが自分のポジションを把握してそのポジションの中で裁量の動きをするように意識すると、格段に仕事が早く終わる。
最近何かと成果主義とか個人重視主義とか言われているけど、自分の事ばかりやってチームメンバーに気を回さないような人は、組織にはいらない。一人で働いてくれればいい。
世界陸上の200mで銅メダルを取った末續選手。彼は世界一を目指して、自分の為に頑張ってきたわけだが、インタビューで「応援してくれている皆のためにも頑張った」という一言が彼の思いやりをよく表わしている。誰もが世界一になれるわけじゃないし、誰もが世界の舞台で戦えるわけではない。1億人が応援したからって凡人が世界一のランナーになれるはずもないけど、彼を応援する人たちの気持ちをくみ取った、気持ちのいい発言だった。
そんな末續選手には、今後も日本中が期待する事でしょう。
2003/8/29
チョッパヤチョーキョリ
電車で週刊現代を読んでいる人の目が澱んでいる、100%。内、大あくびをしても口に手をあてない、90%。週刊ポストを読んで目を輝かせている人、0%。同、「あなたの幸せを祈らせて下さい」と言う人で目が輝やいている人。同、「手相の勉強をしてるんですけど・・・」と、ありきたりな営業しかできない見習い占い師の目。
小学生を殺傷した宅間に死刑判決。
宗教というのは、もともと不幸な人たちの集まりを、神への信仰心によって幸せに感じさせるためのもの。死や貧困、飢え対する恐怖を、キリストの教えによって少しでも和らげる脳内麻薬ならぬ精神麻酔みたいなものだ。だから、ひとかけらのパンでも100人で分ければひもじくないと教えられ、一杯のワインでも100人で分ければ喉も渇かないと納得していた。同じ理由で、イスラム教のテロリストは死を恐れずにワールドトレードセンターに飛行機をぶつけられた。尋常な信仰心ではあれはできない。
日本を含む先進国は幸せになりすぎて、もはや宗教を必要としていない。なんとなく信仰している人が多い。とりあえず「僕はカソリックだから」と言って、プロテスタントを攻撃し、「僕はキリスト教だから」と言って、イスラムを攻撃する為の言い訳に使ってる場合が多い。人を幸せにするはずの宗教を、人を不幸せにするための戦争の理由に使うなんて、何たる皮肉。本当にキリストの神がいたらブッシュに鉄槌を食らわしてる。「それは違うだろ!」と。
わが国では、若者の何割が宗教、信仰心を持っているだろうか?1割?5分?そのぐらいだろう。昔のように、「おじいちゃんが天国から見てるから悪い事はできない」などとのんきな事を言う子供はいない。むしろ、うるさい爺は逝ったから悪いことし放題だヘヘヘ、どうせ親父は腰抜けで俺のことなんか叱れないしな、ババアは2時まで外で遊んでるしなハハハ。さあ猫でも虐待してネットで画像公開するかフッフフフ。宗教以前に、「一寸の虫にも五分の魂」という日本の昔ながらの言葉を知っていれば、少しでも理解していれば、そんな事は絶対にできないはずだ。
そうやって自分以外の生物を傷つけて喜ぶやつらは、なにも信じられないんだろう。世の中も、家族も、他人も、未来も、将来も、宗教も、そして自分さえも。自分が信じられない、即ち自信がないから、人を傷つける事で自信を得る。そういえばうちの学校にもいた。他人をいじめる事、貶めることでしか自分の「地位」を確認する事ができない。当時は人をけなすことである程度の地位にいたが、人をけなすことばかりしていて自分を磨くことを怠っていた彼はいつしか落ちこぼれていった。
宗教があってもいい。神を信じてもいい。仏でも魂でもあの世でも、何でも信じればいい。信じないよりは100倍まし。人間は、他者を幸せにする為に生まれてきたのであり、人を傷つけるような人間はこの世に必要とされていないのかもしれない。
仮に宅間に対して死刑が執行されたとして、彼の親以外の誰が悲しむと言うのだろうか。弁護団か?
そんな暗い世の中は忘れて、ジョギングで気分を明るくするのが最高ですよ。より長い距離を今までで一番早いスピードで走ることによって自信をもてる。誰にも迷惑をかけない。いいことずくめだ。
本日の走行時間: 77分
本日の走行距離: 14キロ
本日の体重: 65キロ
2003/8/28
キリストが善でアラーが悪と誰が決めたか。
「要するに」から言葉を始める人は、100%要約できない。要するに、日本というのはだ、アメリカだ、イギリスだ、というよりはむしろ、黒人に対してはどこかで差別意識をもちつつも、白人に対してはコンプレックスをいつまでたっても捨てきれないアホな国民であり、なぜか中国や韓国よりも僕らは優れていると感じている大ばか者がいる、なんで肌の色や国で人の上下が判断できようか、隅田川のほとりを歩いてみろ、要は、両国から浅草までの間に住民が40人はいるぞ、同じ日本人でもビニールシートに暮らしている人がいるのだが、その人たちと隣国の中国人とどっちが上か、なんて言う事を議論してもしょうがないという事を私は言いたいのだ、要は、どこの国の人であれ自国の言語を使いこなせない事ほど愚かな事は無いのだ、とどのつまり。
納豆、足、ワキガ、カレーと対比してみると、次は宗教が面白い。
まずはブッシュ VS サダム&アルカイーダ。前者はキリストが善でアラーを悪として、後者はアラーが善でありキリストは悪である。故に、互いに相手の神をけなしあって、自分の神が絶対だと信じ、自分の国民にも同じ言い訳をして相手を攻撃してる。こっけいである。
さらにこっけいなのは、同じキリスト教同士のカソリックとプロテスタント。イギリスの昔の王様が勝手に国の宗派を変えたから、そのときからイギリスの国民は同じキリスト教でも互いを憎みあう事になって、その結果アイルランドの南北が激しく分裂し、戦う事になった。今でもイギリスでたまに爆弾テロは起きるが、同じキリスト教だというところがあまりにおかしな話だ。
日本は平和だ。何でも信じる。信じるものは救われる、と言う言葉がある通り、日本人はキリスト教でも仏教でも神道でも何でもあり。創価○会は仏教の日蓮正宗から来ているはずなのに、聖教新○社などという一風キリスト教ちっくな名前の会社から自分らの宗教を崇拝するメディアを出版している。
統ー教会なんて益々意味不明で、キリスト教なんだかよくわからない。キリストが唯一の父のはずなのに、統ー教会のトップは「真の父親」とか自分の事を呼ぶらしい。意味不明だ。最初は3組から始まった合同結婚式も、1999年2月には3億6000万組(=7億2000万人)の合同結婚式に膨れ上がったらしい。全く持って意味不明。どこに集まるんですか、どこに。
最たるものはオ○ム真理教。彼らは未だに日本各地で頑張って修行をしていて、いつかオ○ムが地球を救うと信じている。ジョーユーさんも元気で頑張っているそうだ。あの胡散臭いヒゲオヤジを上手く追い出して、今や彼がトップ。ショーコーショーコーショコショコショーコーは今やジョーユージョーユージョユジョユジョーユーだ。
そんな日本が変な宗教に甘いのも、そもそも国として「日本は仏教です!」「日本はキリスト教です!」「日本はユダヤ教です!」というのを言わないから。多分、踏み絵をさせられた祖先のトラウマが信仰の自由を日本にもたらしたのだろう。または、どこぞの宗教の野望があまりに大きすぎて政党まで作ったからなのか。そんなんだからライフスペース(「シャクティパット」「通説」)やらパナウェーブ(「白い布」「チノ」)みたいなのがいつまでも後を絶たないんだよ、日本。
そんな中で、俗世にまみれた僕は今日もハイナンジーファンでシンガポール料理に舌鼓を打つ。裕子+宏+IBM同期ミキコ+ミキコの慶応友達と6名で。やはり美味い。こんなものを食べられないなんて、熱心な宗教家の人たちはかわいそうだ。鳥、美味いよー。牛肉、最高だよー。洋ナシ汁、新鮮な味だよー。
いいじゃない、何を信じても。自分の宗教がベストだと信じて、他人の宗教を貶める必要は無いよ。増してや殺し合いなんて、宗教の存在そのものの意味を否定しているとしか思えない。それじゃ、あまりに幼稚じゃないか。みんなで、仲良くしようよ。って言ってる自分が新興宗教を胡散臭く思ってしまうのも、どうかと思うが。
2003/8/27
ワキガは誰がワキガと決めたか
「結論から言うと」と言う人は、100%結論から言えない人。結論から言うと、日本はアメリカに陵辱され踏みにじられたあげくに「慢性ギブミーチョコレート」症候群にかかってしまった、言うなれば暴力亭主がどうしても嫌いになれない家庭内暴力の被害者女性であったりするのだが、アメリカは日本のことなどこれっぽっちも気にしていない、自然は人間などこれっぽっち愛していないのだ、結論として地球に優しくというのは偽善者のたわ言であり、即ち結論、人間はバカである、これ結論。
納豆を食べて思い出した、あくる夏の日の思い出。ニュージーランドからの留学生が自分の足の匂いに気付かなかった事を昨日書いた。日本人よりも肉を多く摂取する欧米型の食事をしている彼らは、より体臭がきつくなるという。確かに、あちらの国では男も女もデオドラントを常用し、しかもその匂いがきつい。 [デオドラントの匂い>>体臭] 故に、それほど体臭が際立たない。去年アメリカ出張に行った時、久々に高校時代に使っていたデオドラントを買ってきて使ってみたら、つけた自分が死ぬほど臭かった。次の日に捨てた。欧米型食事はよくないようだ。
欧米型食事で思い出した。外国人≒体臭がきつい≒ワキガ、と言うステレオタイプもあるが、僕の初体験は違った。
それは大学時代の思い出。僕はある女性に恋をしていた。授業を一緒に受けていただけだったけど、それはもう一目ぼれといえるもので、大して興味の無い授業なのにきっちりと通っていた。何度か授業後に話したり、その後カフェテリアで食事をしていたら、いつしかそこそこに仲良くなれた。ちょっと間違えればストーカーだが、まあいい。たまに彼女と食事をするのが楽しかった。そういえば、食事のたびに「私はカレーが嫌い。カレーを食べる人なんて信じられない、許せない」と言っていた。何をそんなにしてまでカレーを目の敵に、と僕は不思議に思っていた。
ある日、彼女の買い物に付き合う事になって、一緒の車に乗った。
ふと、どこからともなくカレーの匂いがした。日本のカレーというよりは、どちらかというとインドカレー、あのガラムマサラが強烈に効いていそうな、それを作ったインド人の服についたお香の匂いまでしてきそうなインドカレーの香りだった。気にも留めなかった。きっと買い物袋から匂いが漏れていたんだろう。
その後も何度か会っていたが、なぜか会うその場所は常にインドカレーの空気に包まれていた。いったいなぜ。たまに、シシカバブだったり、チリドッグだったりしたが、大まかに言うとカレー粉の匂いだ。理由はわからなかった。カレー屋が近くにあったのだろう。
そして現在に至る。その彼女とは当然、結ばれなかったため、僕は裕子と結婚をした。この間、裕子の妹の話をしていた時に、妹が「私、チリドッグって食べられない。だって、ワキガの人と同じ匂いがするんだもの」と言ったと聞いた。
チリドッグ・・・ワキガ・・・カレー・・・。謎はすべて解けた。
僕が好きだった彼女は、ワキガだったのだ。だから、会う場所が常にカレーだったりチリドッグだったりと、スパイシーな香りがしていたわけだ。僕は「ワキガ」というものがどんな匂いかわからなかったから、全く気づかなかったし、べつだん嫌な匂いだとも思わなかった。
が、世間の風当たりは違う。インドに住んでいると誰も気にも留めないが、匂いにひときわ敏感な日本国民の中にいると、ちょっと体がスパイシーな香りを発すると「ワキガ」と認定されてしまう。
彼女がカレーを毛嫌いしていたのも、きっと心の無い人に「カレー臭女」などと罵られたに違いない。それがわかると、頑なにカレーを食べる事を拒否する彼女を、もっと優しく受け入れてあげればと今更ながらに思った。
腐った大豆はオーケー。発酵した靴下はダメ。ガラムマサラ入りのカレーはオーケー。カレーの香りがする人はダメ。
人間がシャワーを発明するまで、恐らく人類皆ワキガ、人類皆指先ナットウキナーゼだったはずだ。一体、いつからこんなに匂いに敏感になったのだろうか?
2003/8/26
納豆も最初は辛い
100人中のトップになりますか、それとも10000人中のトップになりますか。僕の大学成績はトップレベルの落ちこぼれでした。学年100人中の落ちこぼれ中の落ちこぼれ、その結果が2留。
昨日の日記で、一度目は何でも辛いと書いた。
久しぶりに昔を思い出した。夕飯に納豆パスタを作り、口に入れようとしたときのことだ。
それは大学時代のある日、サークル仲間と友人の部屋で飲み会をしていた時だ。筑波という陸の孤島に住んでいた僕ら、メンバーの一人が地元のコンビニで売っていた「水戸納豆スナック」というけったいなお菓子をつまみに買ってきていた。パッケージには丁寧に「新感覚『ねばり』!」と、ギザギザの噴出しまで書いてあった。なんとも変なコピーである。新感覚、ねばり。
その当時、いわゆる「帰国子女」だった僕は日本的な臭みのある食べ物が苦手で、特に納豆は食べる気がしなかった。何でこんなくさいものを食べるんだろう?もう、あのナットキナーゼを含むねばっこい菌糸が延びる有様を見、温かいご飯の湯気とともに立ち上るなんとも言えない匂いをかぐだけで、隣で昼食を食べている同級生に敵意を覚えたぐらいだ。
だがその日の僕は違った。なんとなく気分はチャレンジャーだった。これを食べれば100万円。よし、食ってやる、新感覚「ねばり」水戸納豆スナック。パッケージを開くと見た目は『うまい棒』のようであり、意外と美味そうであった。乾燥しているせいか、匂いはない。さくっ。もしゃっ。しばらく噛み続けると、口の中に粘りと納豆臭さが充満したが、我慢できないほどではなかった。
なんだ、意外とうまいじゃないか。その後も3本ほど食べた。納豆嫌いを克服した瞬間だった
が、話はそこで終わらない。全員で24本入りの納豆スナックを食べた後も、なんだか部屋の中が納豆臭い。はて、なんだろう、お互い無言で顔を見合わせた。ひとり、何食わぬ顔をしているやつがいた。その彼は外人だった。いわゆる交換留学生と言うやつだ。彼は部屋の納豆臭さが気にならないらしい。
はっとした。納豆の匂いの元を直感的に感づいた。メンバーのうちの数名が、恐る恐るテーブルの下の匂いの根源を確認した。
そこには確かにあった。留学生の、ちょっと湿った靴下だ。そういえばあれは暑い夏の日の夜、きっと一日中蒸れていたに違いない。最初は洗濯したてでパリパリに乾燥していたその靴下も、彼の脂と汗に一日さらされ、強烈な匂いを発していた。その匂いは、まさに僕らがさっきまで食していた納豆そのものだった。
なんという話をするのか、これでは今後納豆が食べられないではないか。そう抗議されても困る。なぜなら、彼の靴下の匂いは発酵の匂い。大豆を発酵させて作る納豆の匂いは、発酵の匂いそのもの。僕を責めるのはお門違いだ。
「発酵」というのは、有機物(納豆:大豆、足:分泌された脂)が微生物によって分解されて、有用な化合物によって変えられることを言う(ここを参照)。同じ微生物による分解でも、有用でない化合物に変えられる事を「腐敗」と言うが、誰が納豆を「発酵」と決めて、彼の足を「腐敗」と決められるであろうか、いや、決められるはずはない。もしかしたら彼の足の匂いは実は強力なフェロモンであり、周りの女性を一発でノックアウトできるかもしれないのだ。僕らは、ノックアウトされていたが。
つまりは、こういうことだ。最初に腐った大豆を食べた加藤清正の兵隊達は、よほど食べ物に困ったのだろう。麦藁にくるみ馬に積んだ煮豆は移動中に腐ってしまった。しかし食料はもう無い。それを食わねば死んでしまう、ええいままよ、食べてしまえ。うわぁ臭いぞ、これ食ったら食中毒で死ぬかな、ええいままよ、むしゃむしゃ。お、意外と食えるじゃないか。もう一パック食べようかね、ということだ。
結論1。一度目は辛いが、二度目以降は意外と平気だ。
結論2。自分の足の匂いは気づかない。
今日の納豆パスタも美味いぞ。今までにこれで納豆嫌いを克服したのは、僕を入れて三名。
あくる日の思い出 〜納豆編〜
2003/8/25
一回目は何でも辛い
20%の「出来る人」で作った組織の中の20%の「出来る人」は、100人の中でトップだ。出来る人の中の出来る人の中の出来る人である。100人中のトップとはいえ、生まれつき「出来る人」なんていない。「出来すぎる人」は居るが、皆努力して出来るようになっていくのだ。
夜、ジョギングに行きました。やっとこさはじまった夏、この残暑の中。
それが暑いのなんの。今年、最初に夏が訪れた時に一度走ったけど、普段涼しい中で走っていると暑い中で走るのは物凄く苦痛。普段の3倍苦しく、足取りは重く、スピードも出ない。とは言え、僕は2度目だったからそこそこに走れるんだけど。
裕子はこんな暑さの中で走るのは生まれて初めてだから、そのだるさ、苦痛に耐え兼ねて、ちょっと走る気がダウン。「辛いー・・・なんでこんな辛いの?」と言いながら、まあなんとか頑張って45分走りつづけました。
いつもと違う環境で何かを始めると、とにかく辛いもの。今まで経験した事の無い状況だと、やっている事は同じでも感じ方が全然違う。でも、とりあえず苦しいながらにやってみると、二度目からはそんなに辛くない。多分、次回、裕子がこの暑さの中でジョギングする時は、暑いなりにそこそこのスピードで走れるはず。
大切なのは、辛いからといってすぐにやめないで、まずは一回やってみる事。
一回目を手抜きですると、二回目も辛い。一回目に頑張っておくと、二回目は意外と楽。
本日の走行時間: 45分
本日の走行距離: 7.5キロ
本日の体重: 64キロ
2003/8/24
Tokyo Jazz
組織を構成する100%に対し、20%しか「出来る人」はいない。20%の「出来る人」で作った組織でも、やはりその20%しか「出来る人」はいない。
暑いです。音楽。
会社の同期の誘いで行ってきました、Tokyo Jazz Festival 2003。新宿から20分のちょっとした東京の田舎、炎天下の味の素スタジアムにて、午後1時から夜9時過ぎまで音楽漬け。同期が取ってくれたチケットはアリーナでステージ最前から3列目で、ミュージシャンの細かい表情まで見える席。30度以上の気温はさすがにきつく、ペットボトルは欠かせません。
目の前でアメリカの一流ジャズ・アーティストのハービー・ハンコック、ジョシュア・レッドマンらが熱い演奏を繰り広げ、合間にSpeech(Arrested Developmentの人)と、彼がフィーチャーしたFunktelligenceでジャズのサウンドを持ったラップも挟み、老若男女が均等に楽しめるステージ構成に満足。特にSpeech+Funktelligenceは生で普段見ようと思わないアーティストを思わぬ機会に聞けてよかった。かっこよい。CD買おうかと思った。
Joshua Redmanが演奏した"The Birthday Song"という曲は、以前友人から貰ったオリジナル・ミックスCDに入っていたもので、前から凄く気に入っていたんです。突然、生で目の前で聞けたことに凄く感動。
惜しむらくは二点、1.スタジアムだけに音響は全ての音がごちゃっとしていて、あまり細かいプレイは楽しめない。プレーヤーも観客も、どちらかという大きな音、早いプレイで迫力満点という方向に走ってしまう事。そして2.本来演奏するはずだったボーカル&ピアノのダイアナ・クラールが風邪をひいてキャンセルになってしまった事。12000円のチケットの3000円分は彼女の演奏のはずだったのに。
びっくりしたのは、隣のエリアに知っている顔がいて、え?と互いの顔を見たら大学の同期だった事。おいおいなんでこんなところで。彼女はWOWWOWの音楽部門を担当していて、ダイアナ・クラールをインタビューするはずだったそうな。風邪でのキャンセルにがっかりしたのは僕らだけではなかった、と。
音楽に燃えた一日でした。
2003/8/23
業平屋 Meets IBM
100%できるとわかった事をやるより、1%の可能性にチャレンジするほうがオモロイ。
やっと来ました。
何度か誘っていたんだけど、毎回ドタキャンでありました。今日こそ、やっと。いつもお世話になっているうちのシブイチ部長を、いつもお世話になっている業平屋に招待できました。しかも、シブイチ部長がまたいつもお世話になっているフジタ部長も連れてきてくれて、更に仕事仲間のカオル氏とその奥様ヨウコさん、そして裕子と俺の6人。念願かなってのベストメンバーでございます。
舌の肥えた部長二名にも業平屋の評価は上々、特にゴマ切り蕎麦がベストチョイスのようでした
。以前来た時に食べられなかった冷製トマト蕎麦を食べられたヨウコさんも満足。日本酒好きのフジタ部長も業平屋がオファーする数多い久保田のチョイスに大満足。6人でたらふく飲んで食べて、15000円でした。これは安いと思う。
その後、ある程度改造された我が家にカオル&ヨウコ夫妻を招待して、気付いたら4時間経過。随分と話し込んだもんだ。結論として、カオル氏の人生の目標は天下りして40歳で引退し、その後の老後生活を犬とすごす事。それに必要な貯金は5億円程、ということ。40までに5億円貯められるか見ものです。
同期以外の会社仲間が家で寛いでくれる事はそうそうないから、ゆっくりしてもらって非常に嬉しかった。
目指します、くつろぎの賃貸マンション。
2003/8/22
仕事は服装でするもんじゃない
100人に愛されるより、1人を愛せるほうが幸せ。
ポロシャツでもTシャツでも仕事はできる。スーツを着ても仕事をしないやつはいる。
二度目の梅雨も明けたのか、今日は久しぶりに暑いです。そんな中でも、サラリーマンの9割以上はスーツにYシャツにネクタイ。
そもそも、スーツスタイルは湿気の少ないイギリスが発祥の地であって、日本のビジネスマンが湿度80を越える夏でも常にスーツを着続ける事に僕は意味を感じません。増してや、シャツ内温度を3度も上げるネクタイをびしっと締めて出勤なんて、会社に着くまでに汗だくになり、午後にはすっぱい匂いを、夕方にはすえた匂いを発する。困ったものです。でも、ビジネスマンの基本はスーツにネクタイなのです。
そんな悪しき風習はいらない、と口では言う人は多いのに、自分からなかなかその風習を取っ払えないのは何故? 結局、周りがその格好をしているから、自分もその格好をしないとばつが悪い、おどおどしてしまう、評価が気になる、等々。周りの目を気にすると何もできない。
最近、会社でめっきりスーツもネクタイも着けなくなりました。こないだは夏休み期間なのに仕事に忙殺されて休めず、悔しさのあまり会社にポロシャツを着て行ったら別に誰も気に止めませんでした。「ああ、永田はスーツを着てこないからね」と、今更誰も驚かない。
普通のサラリーマンが、ある日突然ポロシャツを着ていれば、仕事ができないのか?誰しもスーツを着ていれば、仕事ができるのか?結局は、一人ひとりが自分の仕事にプライドを持って100%打ち込んでいれば、たとえジーンズをはいていても誰も何も思わない、はずなのだけど、そうはいかない。上の人達は、下の人達が何を着ているかで判断したがる。
人を見かけで判断するのは、愚か。でも、オスカー・ワイルドの言葉通り、外見で判断されないと思うのは、更に愚か者だろうとは思います。
それでも僕は、仕事の能率を下げるスーツは極力着ません。
でも、初めて会うお客様には、スーツを着て日本的な儀礼を尊重します。
大切なのは、TPOをわきまえているかということ。
もっと多くの人が合理的に考えれば、東京の通勤はもっと楽になるし、屋内の冷房だってもう2度上げられるのですが。
2003/8/21
江戸っ子の心意気
100%できるとわかった事をやるより、1%の可能性にチャレンジするほうがオモロイ。
またやられた。
帰り、蕎麦屋「業平屋」にちょっと挨拶でよったら、店主の茂木さんに「10時ごろから飯食いに行かない?」と誘われて。仕事を終えた裕子と浅草で合流し、茂木さんお勧めのイタリアン「トラットリア・フクヒロ」でイタリアンをたらふく。浅草はアクセスも決してよくないし、観光客は一度しかこないから、地元の人及びリピーターがつかない店はすぐに潰れる。そんな立地で長年営業しているフクヒロは、さすがに美味い。
彼らが薦めてくれるお店は絶対にはずれがなく、今日の店も例外なく絶妙。中でもピザが絶品で、通常シシリアンスタイルのシン・クラストピザはどこでも美味しいんだけど、そこのピザはシシリアンではなく、ちょっと厚みのあるぽてっとした生地。でも、ふっくら、あっさり、さくっとしていて、いくらでも食べられてしまう。大きな塊をうすーく切った生ハムも塩辛すぎず、レジャーノ地方のパルミジャーノ・チーズとともにグリーンサラダのトッピングとして最高。
茂木さんと食べに行くときの悩みが一つあって、それは「お金を払わせてくれない」ということ。たまには僕が、と言うと、「いいから!俺は遠慮するやつが嫌いなんだ!」って、無理やりにでもおごってくれる。こないだなんて、かなり早い段階でトイレに行くふりをして会計しにいったら、「すみません、もういただいちゃってます」とか言われてびっくり。
江戸っ子は気風がいいって言うけど、まさにそれを地でいく茂木夫婦。粋だねえ。
たまには僕らも何か還元したい。そうだ、今度引っ越すらしいから、おごってもらっちゃった分だけ沢山働こうかね。あと、友達をどんどん業平屋さんに連れて行って、固定ファンを作ろうかね。あれほど美味い蕎麦屋は都内探しても滅多にないからね。
2003/8/20
不肖、不意を衝かれる
100人に愛されるより、1人を愛せるほうが幸せ。
いつの間にやら。
会社にいたら、裕子から電話がかかってきた。「あ、丈士、今から帰る。9時から走る?」「え?あ・・・うん、いいよ。」
今日は全く走る気がなかったから、思わぬ告知に驚いた。だって、日曜日に走ったばかりなのに、一昨日の昨日の今日だよ。一日しかおいていない。まさか裕子が走りたいなんていうかと思わなかったため、思わず言葉に詰まってしまった。
今日は亀沢三丁目から両国を経由して隅田川に降り、ずっと南下してIBMの横を通ってそのまま月島のリバーシティエリアへ。新大橋、清澄橋、永代橋を見ながら、ドラマの撮影によく使われる川沿いのテラスをひた走り、帰りは門前仲町から木場、そのまま北上して菊川経由で亀沢三丁目へ。一辺が3キロの四角形を大きく描いて家に戻った。
ちょっと前だったら裕子は息も絶え絶え、足もがくがくで何度か止まりながらでないと走れなかった距離とスピードを、今日はあっという間に走破。昔は木場公園まで20分かかっていたのを、15分しかかからなくなった。たいした進歩だ。しかも、走った後は実に爽快な顔をしている二人。
走ることは決してマゾ的な行為ではなく、きわめて人間の本能に近いところで欲求があるらしく、何度か「楽に気持ちよく走る」ということを体験すると、もう病みつきになってしまう。日常生活から来る精神的圧迫、緊張感を解消するには多くの場合 1.ヤケ酒 2.ヤケ食い 3.ヤケ買い を実施し、たいていの場合、後悔する。または、1週間かけて海外旅行をするとか、じっくりと温泉宿を満喫するとか、とにかく現実逃避をしないとストレスは解消されない。
が、「1時間走る」といういたって単純で金も時間も労力もかからない方法で、同じような効果があるのだ。走り始めて20分でたいていの悩みは消えてしまう。30分で頭が空っぽになる。それ以降はクリアな頭で今までにない発想がポンポンと出てくる。終わったあとは爽快感しか残らない。
こんな簡単な行為をもっと多くの人が実施しないことが不思議に思える、そんな僕の感覚は世間とずれているのか、それとも世間があまりに野生から離れているのかどっちだろうか。または、日本の腐った体育教育、あの、普段走っていない生徒を無理やり3キロ、5キロ、10キロ等の無謀な距離を走らせる軍国主義の名残が「走る≒苦痛」と全日本国民にトラウマを残してしまっただけではないか。
ライトアップされた永代橋横を走る
本日の走行時間: 70分
本日の走行距離: 12.5キロ
本日の体重: 64キロ
2003/8/19
オークションおそろし
100%なんてどうでもいい。どうせなら120%だ。
危うく買っちまうところだった。
オークションで、パナソニックの素敵なプロジェクタを発見し、ついつい入札。新品20万円のものが、ほぼ新品で10万からの入札だったものでつい。自動入札機能では12万までしか入れていなくって、かつ、昼過ぎのオークション終了時には僕はネットにアクセスできなかった(仕事中はいけませんよ)。で、終了直前に他の誰かが12万2000円ぐらいの値段で落札。もう2000円安かったら僕の物になっていたわけだ。
普通買い物というものは、ああでもないこうでもないと色々悩んだ挙句、やっぱり買わない、やっぱ買う、ああどうしよう、でも財布に金がない、とか悩むわけだ。でも、ネットオークションだと、自動入札をしておけば運がよければ落札。突然13万近くもの出費が出るわけだ。
衝動的マウスクリック:Priceless ってか。
2003/8/18
液晶プロジェクタ欲しい
人生の50%を100%で頑張る人と、人生の100%を50%だけ頑張る人。
最近、家の模様替えに凝ってます。
模様替えというとちょっと家具を動かしたりして終わるんだけど、うちはプチリフォーム状態。元々あった家具を出来るだけ生かしつつ、部屋を少しでもよくするためにちょこっとした工夫を要所に。たとえば、物を隠す、棚は出来るだけ布でカバーする、物の高さを低くそろえる、とかとか。
今まであまりに使いづらいリビング・ダイニングキッチンだったのを、大幅に改造。ソファの位置とテーブルの位置を交換し、邪魔で使わないデスクトップマシンを奥に押し込み、棚を布屋で買ってきた薄い色の布でカバーし、床にラグを敷き、間接照明を三箇所に設け・・・などなど。大して金はかからないけど、ちょっとした工夫でどうにでもなる。
と、新しく配置したソファに座ってみると、目の前が寂しい。カーテンしかないのだ。カーテンを開くと80インチの窓枠が。80インチ・・・80インチ・・・スクリーン・・・大画面で映画・・・そうだ、ホームシアターを作ろう。
ってことで、錦糸町で白い布(1メートルあたり200円)を買ってきて、窓枠を80インチの真っ白なスクリーンに改造。
「カーテンを開けると、そこはホームシアターだった」
あとはプロジェクターが手に入れば万全です。ボーナスまで待てません。どこかにないですかね、液晶プロジェクター、3万円ぐらいで。
これなんかいいな。Sony VPL-HS2。スクリーンの斜め前方から投影しても四角形に表示できる。が、139000円。
これもいいな。Sanyo LP-Z1。2.4mの距離から投影して80インチ表示可能。が、136980円。
これはやばそう。Iiyama LPX100。定価50万なのに売価は12万円。買いたくないな・・・。
おおっとこれは。オークションでプロジェクタを検索してたら、8300円の掘り出し物が!これは欲しいとチェックしたら、こんなでした。
スライドプロジェクタ
こりゃ無理だ。
うーん、4800円のこれを使えば。ソファの後ろの高い位置から投影が可能になりそうだ。
スライドプロジェクタ
たかだか4980円で妄想は広がる。
本日の走行時間: 60分
本日の走行距離: 10キロ
本日の体重: 64キロ
2003/8/17
ワーカホリック予備軍?
悲観的な考え「グラスの牛乳が半分こぼれた」に対して、「グラスに牛乳が半分残っている」は、楽観的な考え。悲観的ながん告知「あなたがあと1年以内に死ぬ確率は99.99%」に対して、「あなたがあと1年間生きる可能性は0.01%」は、楽観的な告知か。
プライベートで仕事の話をするのはタブーか?
土曜日の夜だというのに、喫茶店で四人でひたすら仕事の話をしました。裕子と裕子の後輩イッチー、僕と僕の同期ヒロシ。最初は4人で話していたんだけど、気づくと裕子とイッチー、僕とヒロシで、互いの会社での仕事の話を2時間ぐらいぶっ続けで談義。たぶん、全員仕事に楽しみと問題意識を両方持っているから、全く話が尽きないんですね。
今やっている仕事のこと、部門のこと、先輩・後輩のこと、部長のこと、事業部のこと、会社のこと。
一年前だったら、土曜日に会ってもそんなに仕事の話はしなくって、女の子の話、遊びの話に花を咲かせていたんだけど、今は仕事の話でひたすら盛り上がれる。これは、「ワーカホリック」へのサインなのか?とか話しつつも、まあでもさ、それだけ仕事に対して話が出来るのは楽しんでいるってことだよ、仕事がつまらなかったら仕事の話で土曜日に盛り上がれないよねってことで肯定的な結論。
もう4年目だしね、裕子はノエビア銀座支店のリーダーの一人だし、僕もそろそろ小さなプロジェクトのリーダーをできるようになったし。昔は自分が後輩で、いつでも先輩の言う事をハイハイと聞いてれば仕事ができたけど、これからは自分達が考えて周りの支持を得つつ指示を出していかないと、仕事は出来なくなってきたのですから。
でも、プライベートはプライベートの話でも盛り上がりたいもんですね。
2003/8/16
月島もんじゃがナンボのもんじゃ
100%死ぬ事が判っていて保険に入るのは、保険金詐欺だ。人は皆死ぬ。すなわち、人は皆保険金詐欺師で、保険会社はそれを知りつつ保険に加入させる。
仕事後にはもんじゃ。
プロジェクトの同僚と、実家から帰った裕子と合流して、もんじゃ+お好み焼き。もんじゃといえば月島だが、ところが行ったのは門前仲町の「きゃべつ」。しかも美味い。
どのくらい美味いかって。「さく、とろっ、はふっ」の三要素が揃ったお好み焼き。きゃべつの名に恥じないぐらい、キャベツと具がたくさん入っていて、小麦粉ばっかりの月島と一味違う。今まで食べた事のない美味しさ、ほほう、お好み焼きももんじゃも、こんな美味しい食べ物だったのね、という感激。
それもそのはず、元々は業平屋の主人から「あそこが美味いのよ」と連れて行ってもらった店だけに、美味しくないはずがない。彼らの舌は確実で、何でもこだわりのある美味しさでなければ絶対に満足しないから。
今日見たこだわりは、そこで出されたメニューの、「あんずソーダ」「あんずサワー」「初恋巻き」の三つ。あんずソーダ、あんずサワーはそれぞれ、生のあんずをガーとかきまぜて飲む、生ジュース。美味しい。初恋巻きは、クレープの中にあんことあんずを巻いてメープルシロップをつけて食べるデザート。もちろん絶品。
店の人によると、同じあんずでもソーダとサワーと初恋巻きでは、あんずの仕込み方が違うそうな。普通、面倒くさいから全部同じでしょうが、でも、ちゃんと作り分けてるんだって。ちょっとしたこだわりだね。
仕事もね、拘りを捨てたら終わりね。
2003/8/15
たまに右翼だぜ
100%野菜のジュースはいいけど、100%ジュースの野菜はいやだ。
誕生日は六本木で。p>
久しぶりに六本木ヒルズ横のハイナンジーファン食堂に行き、大学の後輩ショウジ、婚約者アサコ、アサコの友達ワーコ、3時間以内で走るマラソンランナーのサムイさんと5人で、目くるめくシンガポール料理に舌鼓を打つ。うーん、アジア〜ン。やはり美味い。今日は大雨の中でも客足は途絶えず、僕らが食べている間も何組もが外で「すみません今日は一杯なんで・・・」と言われ、しぶしぶ帰っていってた。ここ最近のハイナンジーファン食堂の人気は伊達じゃないようだ。
彼らと別れたあと、はしごで六本木駅近くのアメリカン・バー、Motownへ。そこでは大学の先輩、兼、僕をIBMに入るように促してくれた恩師のソノコとカッチョエエ彼氏、そしてソノコの親友ユミコ&サクラコが飲んでいて、ユミコの3?歳のバースデーを祝っていたんです。まあその、彼女達のエネルギーったら。独身生活を謳歌して、友人たちと気ままに飲み、仕事も頑張り人生も生き生き。まさに模範的な大人。
そんな彼女達を見ていると、いくつになっても人生は楽しまにゃあと思えます。「もう俺30だから」「もう俺40だから」なんていうつまらないセリフを言うぐらいならDrop deadしたほうがまし、ってか。
そんな人達が夜な夜な集まる街、六本木も、一見外国人ばかりでおびえる事もありつつ、意外と日本に活気を与えてくれているのかもしれないと、ここで一人納得。
2003/8/14
俺は右翼じゃねぇ
100%マンゴのマンゴープリンはいいけど、100%プリンのマンゴーはいやだ。
右翼と呼ばれてまして。
最近、近しい人間が「ホームページの日記、あの右翼的意見が心地いいね」等と言っていて。「いや、別に俺右翼じゃないんだけど、日の丸掲げてないし、路上で黒い車から軍歌流さないし」と言ったのだけど、「あの保守的な右翼っぽさがいい」と。
別段保守的だとも思わないし、右翼だとも思わないし、単純に自分にとって「あるべき姿」を日々つらつらと書いているだけなんですけど。
右翼でしょうか、軍歌でしょうか、憂国の烈士なのででしょうか。
2003/8/13
峠を越えたらまた峠
100%リサイクル紙のティッシュはいいけど、100%リサイクル済ティッシュの紙はいやだ。
先週から火を噴き気味なプロジェクトも今日で多少落ち着き、お客様から感謝の言葉を。この瞬間が、最高。
一連の不祥事、対応の不備で一時期は「IBM、どうなっとんじゃぃヴォケ!」ぐらいに思われていた(なのに話し方は温厚なのがが余計怖い)お客様が、僕らの努力と成果を認めてくれて、凄くやさしい顔をして御礼を言ってくれた。給料に勝るものはこれです。
営業と違って、僕らは仕事の結果が金にはあまり出ない。その分、瞬間風速で気分が物凄く高まる。ああ、この仕事やっててよかった、って。SE冥利に尽きる、って奴です。
でも、この峠を越えても、もう一つ同じお客様で大きなサーバーの構築・納入が残っていて、来週までの2週間は夏休み返上で気が抜けない。頑張ります、瞬間風速的に。
2003/8/11
新冠町
と書いて、「ニイカップちょう」、と読むそうだ。アナウンサーが「ニイカップ」と発音するたびに、ちょっと恥ずかしそうな顔をするのは、なんでだろう〜?さあ、朗読してみよう。声に出して読みたい日本の町、新冠町。一方では、読売新聞主催の「リポビタン・Dカップ」という明らかな意図を持ってネーミングされた駅伝もあるそうだ。
肉、食ってきました。げふっ。溜池山王の赤坂ツインタワー1Fにある、ローリーズ プライムリブ Tokyo。肉が・・・肉が大きいんです。目の前でローストしたてのビーフをどでかい包丁で削ぎ落とすシーンは圧巻。
アメリカでは結構有名な肉屋さんなのだけど、僕が頼んだイングリッシュスタイルの薄切り肉でも厚さ1cm近くが4枚、大皿に所狭しと乗って。親父が頼んだ骨付きなんて厚さ2cm近くあり、でかすぎ。でも、値段もまあまあ、サービスも結構良く、お勧めです。ローリーズ。昼に走ったからある程度食ってもいいとは思ったが、それにしても食いすぎた。
木・金・土とひたすらお客様に奉仕。こうなったら身を粉にして働きまっせ。
本日の走行時間: 41分
本日の走行距離: 7キロ
本日の体重: 64キロ
2003/8/10
客が店を育てる、客がSEを育てる
ダメダメです。
まだまだクレームは来ます。同じ案件の中で、別の場所で作業をしているチームが作業遅延を起こし、製品をお客様に期限内に納入できない事が判明。今接しているお客様は4名で、昨日はその内の2名から評価いただいたニモカカワラズ、今日は別の2名から大目玉。そりゃそうだ。
とは言え、直接は僕がそこに居ないわけで、でも管理責任は僕にあるわけで、まさに板ばさみ。気分はしがない中間管理職です。そういう時は、とにかく申し訳ない、申し訳ないと心から感じて、心から謝る。そして、具体的な対応策と見通しをお客様にきちんと説明する。ただゴメンナサイ、オロオロ、では益々怒られてしまう。
そんなこんなで、今日も色々と作業したり管理したり報告したりと、あっという間に4AM。明日は11時から埼玉にてお仕事。今日、作業が遅延した現場に行ってきます。
織田裕二は言ったさ、事件は現場で起きてるんだ、と。まずは現場に行かないとね。
それにしてもあれです。ここ1週間で随分大人になりました。社会人として、IBM社員として、人間として、大人として。今までにない責任、必要となる行動の実行、絶え間ないプレッシャー。三ツ星レストランで見習いをする料理人のように、三ツ星なお客様に僕はSEとして育てられています。感謝。
2003/8/8
クレーマー・クレーマー
お尻と頭。うちの会社では、プロジェクトの開始と終了を頭とお尻、って言います。これって普通なのですか?「お尻がきついので、早くとも今週には・・・」 きついお尻って。日本中でどのぐらい使っている人がいるのだろう。多分、英語のHeadとTailから来ているのだろうけど、頭とお尻、よくよく考えると何かの期間に使うのって滑稽。
クレーマー、クレーマー。以前、僕が六本木のお店にクレーマー・クレーマーしに行った時は、まさか自分がクレームされる側に立つとは思わなかった。
最近言われてたんですよ。おたくの会社は駄目じゃないか、と。営業は話に来ない、SE(=僕)は作業管理ができてない、よく発送ミスがある、担当者ころころ変わる。滅茶苦茶だよ、このままだと、もうあんたのとこには頼まないよとまで思われていました、きっと。そりゃ、400円ランチならまだしも、数千万円の買い物に対して商売人が適当な対応をしていたら、それは怒って当然。
最初は「営業が悪い」「SEが悪い」みたいな社内水掛け論だったのだけど、ともかくこうなったのは僕を含め全員の責任であり、一気に汚名を返上すべく誠意を見せる必要あり。営業はお客様に挨拶に行き、僕は徹夜してでも管理の文書を作り、単純ミスが無いようなチェックリストを作り、社内の担当者をしっかりと決めてお客様に信頼されるやりとりを行う。
一人ひとりが今までより「本気」で取り組む事によって、たった一日でお客様のIBMに対する接し方がガラリと変わった。「ちゃんと仕事やりなさいよ」という感じから、「ふむふむちゃんとやってくれてるね」という感じに。
自分がクレーマーであった割には、クレームされて当たり前のような本気でない仕事をしていた事を恥ずかしく思うと同時に、本気で仕事をしている自分を前より少し誇りに思え、IBMに「本気を出すように」とクレームして下さったお客様に深く感謝。
クレームして下さるお客様は、商売人にとって神様。
クレームされない時は、既に諦められている時。
2003/8/7
普段気付かない事に気付こうとする
所詮、偽善者ってやつですね。
今日も中吊りネタなんですけど、電車の大衆週刊誌中吊りを見てると、一つのパターンに気付きます。それは、「批判しているように見えて羨ましがっているだけ」ということ。
今週の週間ポストの見出し、「年金官僚を許すな!コンパニオン接待の夜」というのは、本音は「羨ましいぞ!年金官僚!俺もコンパニオンに接待されたい」。また、「菅野美穂『あの男優』と『温泉ラブラブ』写真」という記事も、実は「あの男優、羨ましい!俺も温泉ラブラブしたい」だと。「許すまじ小泉、構造改革に失敗!」とかいう記事(ないけどありそう)も、要は、「俺が真っ先にクビになるから構造改革やめて!っていうか首相羨ましいなあ、息子は演技力なくてもドラマ出してもらえるし・・・」というひがみですね。
同じように、週刊女性の「告発第2弾 手塚理美まだあった『凄惨な仕打ち』真田広之も“被害者”だった」ってのは、即ち、「ああ羨ましい。私も真田とネンゴロ(死語)になりたいもんだわ」だとね。女性自身の「あの『トレンディ女優』18人 仰天消息と『明暗人生』!」は、「どーせ私は明暗もないグレーな人生よ、ぺっ」であり、和久井映見の離婚に至っては「ざまあないわよ、へっ」なのね。
そうして見てると、北朝鮮ニュースは「金正日が羨ましい」で、早大レイプサークルニュースは「俺もパーティでそういう事やってみたい」で、田代まさしは「覗きたいなあ」で、神田うのは「私も男沢山欲しい」で、有森裕子は「どうせ私にゃマラソン走れないわよ」で、山崎幹事長については「俺も税金使って変態になりたい」だ。ついでに「たまちゃんはいいよな、場違いな場所に居るだけで注目されてさ。ま、今は誰も注目してないけどね」ですね。
それを読む国民てのもどうかな。
ベルトコンベアーの上で等速で走っても前進しないな。
2003/8/5
哀れ鰻はゴミ箱へ行くはずが
気になるんですよ、あれが。電車中吊りのとある雑誌の見出しで「今日のおかず」「素直な心を育てる」のすぐ横に「週刊新潮が創○学会に謝罪」と目立つ字体で書いてある。別の雑誌では、「ロシア宇宙飛行士との対談」「発信力を育てる」の横に、やはり「週刊新潮の記事は誹謗、裁判所が認定」みたいな記事がでかでかと。しかも、それらの雑誌は経済紙(アソシエ系)もどきだったり、家庭の主婦向誌(オレンジページ系)もどきだったりと各種形態を取っており、目立つ対談記事にはポピュラーな芸能人やどこかの大学教授の名前がでかでかと載り、しかも書店で売っているのを見たことがない。恐らく会員のみが買うのだろう。ということは、そもそも中吊り広告なぞ出す必要がないわけで、あくまで「週刊新潮が謝罪」という見出しだけを○価に興味のない人たちに日々の通勤の中で植え付ける為に金を出して広告を出しているわけだ。火のない所に煙は立たないというけれど、放火犯が自分の放火した現場近くで「大変だ!火事が起きたけど俺じゃないぞ」と叫んでいるようにしか見えないのは僕だけだろうか、それとも皆気付いているのに気にしないのだろうか。そもそも、政教分離が原則なのにあの公○党とは一体。
なんて事は日々の通勤で感じる事なんでどうでもよくって、ついに梅雨明けですね。今日は本格的に夏を感じさせる気候で、汗だく。そんな時に限ってです。冷蔵庫が壊れました。ぎょっ。
気付いたのは昨日の夜、アイスクリームを食べようとしたら、バニラジュースと化していて。氷はできないし、なぜか冷凍庫をあけると霜が全部取れて水浸しになっていて。でもね、ライトは点くんですよ。ただ、よくよく考えると、昨日はやけに静かだだった。コンプレッサーのブーンという音を一度も聞かなかったのに夜、やっと気付いて。もう、すぐさまオレンジジュースを飲み干しましたよ、幸い牛乳は飲みきってましたよ。でもチーズはもう食べませんよ。バターも油になってますよ。
タイミングの悪いことに、裕子の実家から静岡で美味しいと言われる鰻の蒲焼が真空パックで5枚も届いたところだったんですよ、昨日の昼。でも、運のいいことに、昨日来たヨシエ嬢に、遊べなかったダンナへのお土産として2枚家に持って帰ってもらったたので丁度よかった。けど、もし「鰻は誰にもやらん!」とつっぱね、彼女にその2枚を持っていってもらわなかったら、哀れ鰻はゴミ箱へ。
早速、Webで調べて「楽天市場」で冷蔵庫を検索、即行で松下のWILL冷蔵庫を注文したのでした。
あぢー。冷たい飲み物が欲しー。
2003/8/4
ノエビアメイクアカデミー(導入編)
最近記憶力が悪くって、「敷布団を引く」のか「引き布団を敷く」なのか「敷布団を敷く」なのか分かりません。でも、これを江戸っ子に聞くと「そりゃ、しきぶとんをしくだよ」と言うんですが、江戸っ子は「ひ」と「し」がたまに逆になるので結局のところよくわかりません。ひとしをしとしと言ったり、日に焼けるを死に焼けると発音したり。
さてさて、今日は午前中は業平屋さんと東陽町の美味しい中華を食し(おなかいっぱい)、午後は去年の10月に結婚したIBM同期の素的な奥様、ヨシエ嬢が遊びに来てくれました。元々メイクに興味があって、普段からばっちりメイクの彼女。自分の技術に飽き足らず、最近は更にノエビア式に興味があるって事で、裕子にコンサルテーションに。だんなのタケルは、仕事が立て込んでいて今日は来れず。残念。
いや、しかしまあ、とっても美人で性格も抜群なヨシエ嬢、なかなかこんないい子は世の中にいないですよ、ねえ。大抵美人か、性格がいいかのどちらかと現代社会での相場は決まっているのだけど (映画「恋人達の予感」より:"A woman can't have a good personality and be good looking at the same time")、彼女はその相場とはかなり外れてます。ステキ。
ってことで、早速メイクはじまり、はじまり。
今日のお客様の自分メイク。かなり上手です。
↓
マッサージです。「あ〜いい」そんな声が聞こえてきます。
↓
洗顔後。すっぴんで眉毛が多少無くとも綺麗です
↓
眉毛を描いたら元お天気姉さんのケイちゃんみたいだ
↓
完成です
↓
完成です、アップ
↓
完成です、更にアップ
↓
ノエビアメイクアカデミー御利用ありがとうございました
どのくらい、気に入って貰えたかどうかは未知だけど、裕子のノエビア流ナチュラルメイクは彼女の大きな瞳を吸い込まれるようなサイズまで拡大し、ぷりっとしたリップをゴムまりばりの弾力まで磨き上げました(多分。自己評価)。果たしてヨシエ嬢の旦那は、妻の顔が変わったことに気付くのでしょうか。きっと気付かないと思います、元々上手いので。
さて、ちょっと古いけど、こちらは先週のナチュラルメイク美人、トモコ。会社同期の大学時代の後輩なんだけど、手足はすらっと長く、顔も極度に小さい。あなたノエビアメイクいらないでしょう、ってぐらいにかわいいのだけど、それでも終わった後は美人度150%。銀座を歩いていたら声かけられそうだ。やっぱメイクの力は凄い。
先週のお客様:トモコ様
うって変わってこれは先々週のお客様、横山サムイさん。彼は元大日本印刷で、今は郵便局員をしながらアテネマラソン目指してトレーニング中。24時間マラソンでもぶっちぎりのスピードでみんなの度肝を抜いていました。もちろんチームも総合1位。強すぎる。彼とは大学後輩のショウジの彼女のアサコの友達のドイチンを通して以前一度だけ会ったのに、なぜか24時間マラソンでばったり。縁は避けられないもんだ。
スティービー・ワンダーみたいだ。愛しいアニーシャ・・・
そして最後のお客様は、やはり先々週のお客様、ナガタユウコ。24時間マラソンもゴールまであと1時間という午前11時頃、レースでも特に暑い時間に、給水所で一枚パチリ。水くれ、水!そんな声が聞こえてきそうです。
炎天下で辛いはずなのになぜか嬉しそうな永田さん(27歳)
絵日記風写真日記って面白いなあ。文章を書かかなくっても、写真に合わせて勝手に文章も作ってくれれば良いのにな。
2003/8/3
少しも走らないよりは少しでも走ったほうがいい
「ジュースとか飲む?」と幼稚園児に聞かれました。「ジュース以外に何があるの?」と聞いたら、ジュースだけしかありませんでした。「毎日、会社とか何時頃に行くの?」と聞かれて、「会社は10時だけど、他には行くところはないよ」と言ったら、会社の時間だけ聞きたかったようです。とかとか何とか、一つの事を聞く時でも何でもかんでも「とか」付けてしまいますけど、最初は僕ら若年層の大人がとかとか使って、それがいつしか小学生とか、幼稚園児とかにまでに飛び火してる、とかとか。僕、たまに香水とか、つけます(香水以外に何つけるんだよ、ムシューダ?)。ピアノとか、弾きます(ピアノ以外に何弾くんだよ、三味線か?)。日頃の行動、日記とかに記してます(他に記すとこねぇよ!)。とかく、とかを使いがちです、現代人。
はてさて、今日もあれですね、ジョギングでしたね。
午前中から夕方にかけては、会社の同期・後輩達と葛西臨海公園の浜辺にてBBQ。暑かった。梅雨明け一日目は伊達じゃない。熱気と湿気のダブルパンチでかなり体力奪われました。
で、裕子が仕事から帰ってきたら、日頃の疲れを癒す為に、ジョギングへ。このクソ暑いのに!畜生!(罵詈雑言)
江戸川花火が少しでも見られるかなと淡い期待を胸に、二人でアパートからひたすら江戸側を目指して行ったんです。おおよそ30分、距離にして5.5キロで江戸川に。風が強くて気持ち良いけど、シーン。あれ、花火どこにも見えません。どうやら、8時50分に着いたのは遅すぎだったようです。とまあ、気を取り直して両国へ戻る。湿気が強くて体が早めにばててたけれど、そこは24時間マラソンである程度の暑さには鍛えられた僕ら、意外とペースも落ちずに到着。最後の5分は特に早いんです。
で、近くの温泉風呂へ。400円で8種類の浴槽があって温泉もあるなんて、墨田区最高です。激熱温泉と激冷温泉に交互に入ると、気分はもう温泉マニア、皮膚への強力な刺激と筋肉へのウォーターマッサージが最高に気持ちよく。
なんて、ちょくちょく走ったりしてるんですけど、最近とにかく裕子のかわりっぷリに驚き。大学時代から僕はランナーだったけど、今年までの裕子はランナーとは程遠い人間だった。僕が走っているのを見て「物好きだねぇ」程度にしか考えていなかったし、「ま、頑張りなよ」というぐらいで自分からは全然走ろうとしなかった。
走るとしても、僕が一緒に走らないとちゃんと走る気が出ないとか。仕事が疲れるから走れないとか、自分は多分体型的に走りに向いていないから走らないとか、やれ靴が痛いだ眠いだありとあらゆる理由を挙げて走ることから逃げようとしていた。その気持ちは僕も分かる。昔は走るのが嫌いだったから。
何で嫌いかと言うと、辛いから。ただそれだけ。走ると辛い、という印象がどこかに残っている。それはきっと、小学校、中学校で走りたくもない校内マラソンで嫌々4キロも走らされたりしたから。日頃トレーニングしていない人に4キロ走らせるなんて、狂気の沙汰としか思えない。そりゃ誰でも辛いよ。
でも、自分が走りたいペースで、できるだけ歩行に近いスピードで走ってみると、案外ずっと走れる。そりゃそうだ、誰でも1時間歩けと言われたら歩けるだろうから、じゃ、歩くより10%早いスピードで30時間走ってみてと言ったら恐らく誰でも走れる。そんな簡単な事に気付く前に「走るのは辛い」「走ると疲れる」「走ると痛い」と考えてしまう。
でも、3キロ、3キロ、3キロ、5キロ、5キロ、5キロ、7キロ、7キロ、7キロと少しずつ距離を伸ばしながら何度か走ってみると、だんだん自分も辛くない、痛くない、疲れないように体が変わっていくことが如実に感じられるようになる。それが10キロまで達すると、普段生活している上での仕事等の疲れを殆ど肉体的に感じなくなる。それもそのはず、ジョギングの運動強度と比べたら、日常生活なんてヨチヨチ歩きのようなもの。駅の階段上がるぐらいじゃ息は上がらなくなる。
精神的に強くなって、いつしか「もうちょっと走ろうかな」「もうちょっと仕事頑張ろうかな」「もうちょっと人生前向きになろうかな」って所まで自分の肉体と意識が改善される。走っているうちに頭のモヤモヤが物凄くクリアになって、終わる頃にはすっきりした思考で日常生活に戻れる。
なぜなら、健全な精神は健全な肉体に宿るから。
大学時代の最初の4年間、不健全な精神で生きつづけた僕は2度も留年した。テストを一つも受からなかった。テストを受ける前に既に「受かるはずがない」と諦めていた。でも、4年目に思い立ってフルマラソンを走る事によって、継続的な運動がもたらすマインドパワー(宗教っぽいな・・・)の凄さを感じて、それ以降なぜかテストは受かるし、腹も引き締まるし、女の子にモテモテ、しかも宝くじまであたって今は億万長者、身長も憧れの185cmに・・・んなわきゃないけど、なぜかテストに合格するようになって、IBMの採用も通り、結婚までしてしまい、なぜか毎週一緒に走るようになっている。
しかも凄い事に、「あんたもよくやるね」と僕を観察していた裕子が、最近は僕が会社から帰れない夜にこっそりと一人で小一時間ジョギングに行っているという・・・。あなた、この事実、どう思います?
本日の走行時間: 63分
本日の走行距離: 11キロ
本日の体重: 64キロ
2003/8/2
その場走りよりは前に走ったほうがいい
よろしかったですかってなんでしょうか。コンビニ、飲食店、ファストフードでやはり言われるこの言葉。1000円を差し出すと「1000円からでよろしかったですか?」って、いま出したばかりなのに何故過去形?出された瞬間から既に過去ってことか。「しまった!やっぱなしにしてください、10000円からでお願いします」「はい、10000円からでよろしかったですか?」あああ気が狂いそうだ。「10000円でよろしいですか?」と言ってくれ、頼む。
さて、今日は益々気分は上々。
なぜなら、昨夜、45分ぐらい走るつもりが結局65分で13キロを今までの1.2倍の速さで走りきったから。しかも24時間マラソンの効果か、息切れも心臓の苦しさも足の重さも今までの半分ぐらい。途中ちょっと心拍が上がったり筋肉に痛みを感じても、あまり気にならない。チームの為に全速力でダッシュしていたのと比べると、非常に楽。
すると、最初は45分で十分と思っていても、だんだん物足りなくなっていって、そうだ、いつもより遠回りして帰ってみよう、とか思っちゃう。普段と違うところを走ってみようと。
そうしていつもと違う景色を見ながら走っていると、色々な事を考えていて。前、自分の足で長距離を移動することを忘れてしまった現代人は都会のペットだということを書いたんだけど、またそれが浮かんできて。ルネッサンスやエグザズのルームランナーで30分走っている人は、ペット生活を脱出しようとしながらもしきれてない。だって、その場でずっと走ってるんだよ。考えてもみて、「ルームランナーで42.195フルマラソン」とか。200人のオリンピック選手が200台のルームランナー上でひたすら走ってるのを、テレビ中継。画面の右下に一人一人の走った距離がデジタルで表示。バックにながれる景色がないと、全然絵にならない。
で、実際にそういう環境で走っている人が都会は凄く多い。ちょっと外に出て普段行かないところに自分の足で行けば何かと楽しいのだけど、好奇の目にさらされるのが嫌なのか、あまり都会の人は外を走らない。好奇の目っていえば、昨日も漆黒の闇に包まれた(大げさ)木場公園の中を猛スピードで走っていたら、目の前を3人の高校生かフリーターだかが自転車でトロトロと走っている。一気に抜きさる瞬間に、「よく走るよな・・・」と聞こえよがしに言われた。多分、本人は馬鹿にしているつもり、なのだろうけど、いざ天変地異で地球がひっくり返って今いるところから3キロ走らないと死ぬ、っていうシチュエーションになったら、僕は死なないけど彼は死ぬだろうな、とか思ってみたり。
で、そんな事を考えながらずっと走っていて、ルームランナーはどちらかというと追われて走っていて、外を走ると自分から追って走っているという事に気付く。ルームランナーの上で走るのをやめたら、一瞬にして後ろに振り落とされる。だから、目下のメーター、ちょろ、ちょろと目盛りが0.1キロ、0.2キロと上がっていくメーターと、中々過ぎていかない30分までの分針を恨めしそうに見ながら走りつづけるんだ。でも、外を走ると、自由。自分が川を渡りたいと思ったらわたればいい。止まりたければ止まって、箱根まで走ろうと思ったら、行けばいい。自由なんだ。前に走っているんだ。どこにでも行けるんだ。終電だって気にしなくて良いんだよ。
因みに、週刊現代とか、女性自身とか、ちょっと有名な人の悪い噂ばかり書き連ねた雑誌、及びそれを読むしかやる事がない人たちは、人生がルームランナーな人。とりあえず走りつづけていないと振り落とされてしまうから、仕方なく走りつづけているの。対照的に、政治家のトップランナー小泉、マラソンのトップランナー高橋尚子、一応芸能人ではトップ?クラスな神田うの(嫌いだけどさ)みたいな人たちは、ひたすら前へ前へと走ってる人。いつでも止まれるけど、止まらない人。
とか何とか考えつつ、やっぱこうして都会の町、キャバクラの客引きを一瞬にして通り過ぎる自分はかなりの変わり者に見られるんだろうな、でも、俺はたとえ無職になって無一文になっても、走る事ができるだけできっと自信も幸せも残るんだろうと思う。
昨日の走行時間: 65分(実績)
昨日の走行距離: 13キロ(実績)
昨日の体重: 64キロ(実績)
2003/8/1