Diary-2003/8  Top Diary-2003/10
日曜仕事もいいもんです

へぇ〜連発。

何かっていうと、船に関するニッチな知識に関して、思わず「へぇ」連発でした。

知ってました?潜水艦のスクリューは、ドックに停船中は青いカバーをかけて、外見を隠しているのを。理由は、形がばれるとそれから潜水艦が出す音がばれて、他国に音だけで潜水艦の種類がわかってしまうから。

知ってました?潜水艦の乗組員は、誰も行き先も航海日程も知らされないこと。知っているのは艦長だけなんです。でないと攻撃されちゃうからね。

知ってました?コンテナを運ぶ船は、あらかた積荷を下ろすと船が浮きすぎて10メートルを越すスクリューの半分以上が海面に出て、前に進めない。そのため、沢山海水を積んで重さを増やす。中にはアロワナ等の珍魚を密輸する船員もいるとか。

知ってました?八景島シーパラダイス近くにある石川島播磨重工業のドックヤードは、入り口から端まで歩くと30分かかるほどでかい。そんな石川島播磨重工業は、1966年に世界最大のタンカーを造るために「地上の星」達が血のにじむ努力と挑戦を重ね、幾多の困難を乗り越え完成させた。その情熱は、プロジェクト Xにて取り上げられている。

知ってました?船乗りは住民票は日本にあっても、実質生活は常時出張状態。あまりに帰らないため、自分の住所では電話、ガス、水道、電気、全て基本料金しか払わないケースも多いとか。「船乗りに金持ちが多い」と言われるのは、毎日手当てはつくし、船での生活費は払わなくていいし、給料は出るし、しかしなんといっても船上で買い物は出来ないからである。

なんて、色々な話を、今日ちょっと仕事で関わったお客様から聞きました。しかも、国内に数隻しかない帆船「日本丸」に乗り込み、その他タービン船「大成丸」やディーゼル船「青雲丸」にも乗り込めました。今までフェリーの客席に乗った事はあったけど、艦長室や通信室まで入れたのは始めて。ちょっと感動です。



日本丸

作業の休憩時間にちょっとデッキに出て、晴海埠頭に停船中の大成丸から東京タワーとレインボーブリッジ、そしてお台場の夜景を見ながらひとりタイタニックごっこなんて、しませんけどね。双眼鏡で埠頭を横切る客船を見ながら、いいなー俺もあんな船を買いたいなあ、推定20億円ぐらいかな、年収500万として400年ローンか、とかしょぼいこと考えてみたり。でも維持費が毎年1億かかるとしたらどんどん借金が膨らんで行きます、今の道路公団と高速道路のように。



大成丸

なんて、たまには普段と違う環境でお仕事をするのもいいもんです。もっとないですかね、こういう変わった場所での仕事。富士山の山頂とか。小笠原諸島のボートハウスとか。キロロのスキーリゾートとか。沖縄のビーチリゾート横とか。ねえよ、そんなん。



青雲丸

失礼しました。一日船に乗っていたら、頭がレジャーな方向に。

2003/9/28


映画は映画館で

家が劇場にってほどのもんでもないけれど、同じ映画でもプロジェクタで見ると随分違うものです。

ユアン・マクレガーとニコール・キッドマンがゴーストシンガーなしで歌うということでちょっと話題になったミュージカル映画「ムーラン・ルージュ」を見ました。以前、飛行機の中で座席備え付け4インチ画面で見たときは、「ふ〜ん歌うまいね」ぐらいで、別にストーリーに入り込めるような感じでもなかったんだけど、70インチの画面+大音量ステレオで見ると、なかなかどうしていい作品ではないか。

ユアンが、エルトン・ジョンの名曲「Your Song」を熱唱すると、バックでプラシド・ドミンゴのオペラな感じの声が絡み、なんだこの声は、どっから来てるんだと良く画面を見ると、右上のほうで月が歌ってる。そう、お月様も一緒にロマンチックな二人を盛り上げてるんですね。前見たときは、月は5ミリぐらいの白い円で、真中に黒い汚れみたいなのが動いててなんだこれ、と思ったら、実は擬人化された月の表情だったと。

映画の最後は「シカゴ」さながらの、映画の中でミュージカルをやっているような設定で、それも以前見た時はぱっとしなかったんですけどね。ちゃんとある程度の大きさで見ると、そこそこに迫力も美しさもあり、監督が見せたかった映像がちょっと見えるんです。(因みに、元々キャサリン・ゼタ・ジョーンズやレネー・ゼルウィガーもキッドマンの役のタッピングを受けていたとか。1へぇ)

そういえば、以前タイタニックをビデオで見た時は感動することも圧倒されることもなかったけれど、その後大学のイベントで公会堂の幅40メートル程のステージスクリーンで見た時は、とりあえず圧倒された。ああ、ジェームスキャメロン監督は、船が沈没する体験を撮って、世界中に見せたかったんだなと。でも、やっぱりラブストーリーは感動できず。だって、フィクションだし。

取り留めのない内容ですが、今まで見た中でこれだけは映画館で見ないと!というNo.1は、ロード・オブ・ザ・リング。あれこそ、大画面で見て、妖精やゴブリンが住むファンタジーの世界にどっぷり漬からないと、本当に面白くないです。以前PCの画面で見た時は、つまらねー・・・と、1時間で寝た。でも、続編を映画館で見た時は、3時間という長丁場もあっという間。監督が見せたいのはこれだ!という。

百聞は一見に如かずと言うけれど、たとえばイギリスがどんな国だ、イタリアの歴史はこうだ、本場のサッカーはどうだ、と知識ばかり持っていてもしょうがない。現地に行って体験すると、言葉では言い表せない「本物」がそこにあるんです。

映画も、面倒くさがって21インチ画面でビデオばかり見ているのは勿体無い。映画館に行くと、本当のよさがわかるんです。例外として、オースティンパワーズ3は映画館で見たらつまらなかったというのもありますが。

と、最後が映画とは関係ないけれど、今日は東京駅往復+皇居一周コースを走りました。おおよそ15キロ。裕子が生まれて一番多く走った距離でした。最初は不可能と思っていたことでも、やっているうちにできるもんです。世の中、やってみないとわからないことが多いのが困ります。だから、とりあえずやればいい、と。

本日の走行時間: 90分
本日の走行距離: 15キロ
本日の体重: 63.5キロ

2003/9/27


つらい仕事ほど達成感は大きい

終わった・・・のかな。

はっきりとは実感できないけれど、ここ2ヶ月のプロジェクトが本日、実質終了。最終報告会ということで、IBMの営業や自分のボスと一緒にお客様先に出向き、終了の挨拶。反省点や今後の課題を戴き、お客様から検収の署名を戴きました。

非常に要求の厳しいお客様から、「色々問題はあったけれど、途中でIBMが力を合わせて問題を乗り越えた時は、さすがだと思った」と言われて、感無量。大きな企業はともすれば連絡が行き届かない、縦割りで問題対応が悪いという「大企業病」にかかりがちだけど、いざという時は組織の力を縦断的に使えば迅速に問題も解決できる。一人で出来ることには限界があるけれど、皆で力を合わせると限界はないんです。

会議後のささやかな打ち上げが終わって、社内で今回お世話になった20名程の方々に終了報告を兼ねて御礼のメールを書き、深夜タクシーで帰宅する中で一人ニヤリ。

間違いなく、今までで一番つらい仕事だった。辞めたくもなったし、悪夢を見るほどのノイローゼ気味にもなり(今朝も検収してもらえない夢を見たり・・・)、お通夜中の寺で仕事をしたり、夏休み返上だったり、泣きたくなったり、怒りたくなったり・・・。数え切れない感情の数々。反面、つらい仕事だったからこそ、終わった後の達成感は大きい。

ワーカホリックに乾杯、死なない程度に。

2003/9/27


目標は高いほうがいいんです

今日は走るつもりでした。でも、仕事が遅くなり家についたら11時前。しかも雨だし。

会社を出る前にVAAMゼリーを腹に入れたものの、おなかはペコペコ、エネルギーもあんまりないし、もういいや、やめてしまえ!と何度も何度も思ったんですけどね。最後に走ったのが2週間近くも前であり、11月の始めにはハーフマラソン、終わりにはフルマラソンが控えているのを思い出して、スパゲッティを茹でるのは思いとどまりジョギング用のスパッツを履きました。あーめんどくさい、と考えながら。

久しぶりなので体が走り方を覚えていない。木場公園まで10分走るだけでもちょっと疲れます。さて今日は何を走ろうか。そう考えて、目標に対する現状把握ということで、タイムを測ることにしました。木場公園のジョギングコースは1周3.5キロ。2周走って、自分の体がどのぐらいのペースを楽に走れるのか確認です。

1周目は結構飛ばせて、16分44秒。キロ4分47秒です。ハーフマラソンのタイムだと1時間41分。フルマラソンだと3時間22分。

2周目は若干スピードが落ちて、17分13秒です。キロ4分55秒、ハーフのタイムが1時間44分、フルマラソンが3時間27分です。

僕の今年の目標は、フルマラソンを3時間30分以内で走ること。今日のタイムから言えば簡単に走れそう・・・な気もしますが、そうはいかないんです。フルマラソンを4時間走る辛さは、1時間のジョギングの4倍ではなく、1時間のジョギングの2の4乗倍、即ち16倍ぐらい辛いんです。だから、7キロを、フルマラソン3時間15分で走れるぐらいのペースで楽々に走れないと、ほぼ無理。

なんて事を考えながら、降りしきる雨の中を黙々と走りつづけること1時間。あっという間です。ジョギングに出る前は嫌で嫌でたまらなかったのに、いざ11月のマラソンを如何に走りきるかという目標のために走り出すと、全然苦痛でない。多少足が痛くとも、息が乱れようとも、全ては大きな目的のため。

なので、何事にも目標は必要。そして、目標は具体性があって、かつ、高ければ高いほどいい。その分、目の前にあるやるべきハードルが低く感じられます。たとえば、お金持ちになりたいという目標があるとしましょう。でもそれは明確な目標ではありません。できれば、「40歳までに3000万円のベントレーが苦もなく買えるぐらいの金持ちになりたい」とか、「50歳で3000万のスタインウェイがボーナス一括払いで買えるぐらいの金持ちになりたい」というほうがいいですね。

目標をセットしたら、次は達成する為のハードル。1日1万円貯金したら3000万を楽に出せる金持ちになれるのか?なれません。毎日こつこつサラリーマンとして働いたら借金せずにピアノが買えるか?買えません。じゃあどうすればいいか。そうやって少しずつやるべき事を見つけて行くのです。

因みに僕の目標は金持ちになる事ではありませんが、3000万円のスタインウェイは欲しいですね。その為には、それを弾きこなせるぐらいのピアノのテクニックも、アドリブでの表現力も、聞いてくれるオーディエンスも、難なく置ける部屋も必要だなぁ・・・。

そうして夢は広がるんです。自分で広げるんです。

本日の走行時間: 61分
本日の走行距離: 12キロ
本日の体重: 64キロ

2003/9/24


やらず嫌いはいけません

今日は波乗りをしました。

実は二回目です。先週の週末が始めてのサーフィン、今日が二度目。先週はあまりにも成果が少なかったので、恥ずかしくて書けませんでした。見栄っ張りですね。

大学時代、同期の「シゲ」がサーフィン狂いになりました。授業の前にサーフィン。研究の前にサーフィン。海外旅行に行ってサーフィン。試験の前にサーフィン。ハワイに行った際に何故か預金残高に金があったのでサーフボードを買って帰ったら、その金は実は振り込まれた奨学金だった、というぐらいの波キチです。何をそんなに夢中に、と思っていました。

最近、会社の同期「ヒロシ」がサーフィンを始めました。毎週行くようになりました。60000円のウェットスーツも買いました。ボードも買うそうです。最初は何をそんなに夢中に、と思っていましたが、友人二人の心を捕えるとは、よほどの魅力があるに違いません。

そこで、僕もやってみることにしました。更に、僕だけでは勿体無いので、せっかくなので「海なぞ大嫌い、日焼けするのが死ぬほどイヤ」という裕子も無理やり連れて行きました、先週。まあものは試しだ、まずはやってみようと。

サーフボードには立てませんでした。が、大自然が造りもうた波に、ボードに寝そべってちょっと水をかくだけですいーっと乗れました。なんて気持ちいいんでしょう。裕子も最初は水が冷たいだ、日差しが強いだと嫌がっていたものの、一旦波に乗って海面を驚くほどの速さですべると、「結構、面白い・・・かも」と認めたいような認めたがらないような。でも、終わってみれば、「来週もサーフィンだ、決定」とあいなりました。

二度目のチャレンジ、今日はあっさりボードの上に立てました。大海原をバックに、板の上に立つ人間。誰がこんなけったいな営みを始めたかは今更どうでもいいことです。ぶっちゃけ、面白い。行きの車の中でネタにしていた仕事のストレスだって、ひとたび海に出ればすっかり忘れます。ストレスがあったことすら忘れるのです。ああそういえば仕事朝までやってたな、徹夜だったなと後から思い出します。日記の文章だって意味がわからないぐらい柔らかいものになってしまいます。僕はいつからお坊さん口調になったのでしょうか。

波乗り二日目も終わってみれば、もうすっかり虜。来週も行くでしょう。また、再来週も。

「何やってんだか」「物好きだね」「そんなに楽しいの?」と言うだけでは、何もはじまりません。とりあえずやってみる事。やってみてつまらなければ、やらなければいい、それだけです。やってみた分だけ、自分の嗜好が広がります。

なぜかお坊さんのお説教のようです。これも波の力のなせる業か。波に洗脳されているのでしょうか。きっと海水が脳みそに入ったに違いありません。きっとそうだ。おいそこの君、サーフィンしなさい、徳を積めるぞ。ああやられたり、波キチになってしまった。

2003/9/23


深夜作業も厭いません

ここ二ヶ月担当しているお客様で、また問題発生。

もうそろそろ、いいかげん手離れしてハッピーエンドな案件にしたい頃なのだけど、そうは問屋が卸さない。土壇場になって問題が発生します。それも、金曜日の夜や、今回は月曜日の夜、即ち祝日前。

本来なら一緒に作業した関連会社の人がするべき作業でも、一刻も早くお客様に問題解決の糸口を提供しなくてはなりません。たとえ明日が休みでも、やります、やります。家で問題の原因を探ります。

そうやって今までに4件の問題を深夜でも休日でも関係なしに対応しました。残業代が出るかとか、お客様からエキストラチャージ貰えるかと言う事は一切考えずに、ひたすらやります。

そのようなコミットメント、即ち誠意は、きっと伝わります。しかも、今回対応したお客様だけなく、意外なところに伝わります。

別のお客様にて、機器購入の際にIBMにしようか、それともH社にしようか迷っていたそうです。その際に、A社での経験が豊富な、ある会社に相談したそうです。そうしたら、「IBMはいいよ、Linuxの実績があるよ」と、言ったとか言わなかったとか。そのアドバイスによって、IBMかA社にしようか迷っていた別のお客様も、「IBMを検討してみようかね」という事になったそうです。

実はそのある会社とは、ここ二ヶ月担当しているお客様でした。そんな話を人づてに聞き、自分がやってきた事に間違いがないことが解りました。

英語の言い回しで、"What goes around comes around"というのがあります。自分が悪いことをすれば、その結果は自分に降りかかるという事です。

同じく、信念を曲げずに良い事をすれば、良い事が帰ってくることもあります。良い事が帰ってくることを期待して良い事をするのは変だけど、たまに良い事が帰ってくると嬉しいものです。因果応報。

なんだか仏教の教えみたいになってしまいましたが、僕はお坊さんではありません。

2003/9/22


杞憂

天が降って来るのを心配する事を杞憂と言うけど、来るかもしれないけどいつ来るかわからない地震を心配するのは杞憂とは言わないのかな。

八ヶ岳南麓天文台地震前兆観測センターの研究者が「9月の16日前後に大きな地震が来るかもしれない」と言う発言をしただけで、ネット上の掲示板及びメールでその情報が一気に伝わり、「確実に地震が来る事が予知されている」ぐらいの勢いで多くの人が信じてしまった。

かくいう僕も、信じきってはいないけど、わざわざ姉までもが「地震来るかもしれないから風呂に水はっとけ」と言うメールを送ってくれたから水を張ってみたが、未だにそんな大きな地震は来ない。一応、玄関脇にミネラルウォーターのペットボトルも置いたけどね。結局震度4だったね。

たとえ今回地震が来なくても、1週間後、1ヵ月後、1年後、10年後?いつかは関東に地震は来るだろうし、その時にはどんなに心の準備をしていても慌てる事は間違いなし。

ということは、結局いつ来るか判らない大きな地震に備えて心の準備をしておくのは杞憂かもしれない。けれど、軽く缶詰や飲料水をひとまとめにしておいて、いつでも持ち出せるようにしておく準備は杞憂ではないだろう。

備えあれば憂いなし。そんなキャッチーな言葉を思いついた先人の知恵に感心。

2003/9/20


イタリアン、食べる、日本人

なんだかね、こう、「日本語に誇りを持て」なんて偉そうに日記に書いちゃってる割には、昨日も今日もイタリアンでした。へへ。

昨日は浅草の超人気店、トラットリア フクヒロ。友人繋がりでトヨタ営業ウーマンのサトコ、同期ヒロシ、裕子と4人で。そこのカルボナーラが美味いの美味くないのって、衝撃的に美味いのよ。カルボナーラは好きじゃないって人こそ、食べてもらいたい美味しさ。そしてプロシュート。そこらへんのイタリアンで出す生ハムは味のなさをしょっぱさでごまかす風潮があるけれど、フクヒロで出してくれるプロシュートは美味い。そう、サッカーに喩えるならば、ロナウド。プロのシュート、なんちて。寒っ。

今日は今日で、こないだの葬式で10年ぶり、15年ぶりの再会を果たしてちょっとファミリー団結気味な従兄弟らと夕ご飯。

僕の従兄弟に、一人スターがいるんです。身長180cmのモデル級、ルックスはちょっと宝塚出身の天海風、サインもお手のもの、今日も5人のファンに囲まれてすらすら書いてました。驚き。といっても芸能人ではなくて、シャンソン化粧品のバスケットボール・チームV-MagicでCFをやってます。プレイ歴は12年、戦歴としては国体・インターハイ優勝と。すげー。



俺よりよほど男らしい・・・

そんな従兄弟が活躍する姿を代々木体育館で応援して、帰りに渋谷のラ・ボエムにてパスタ。ほどほどに美味しいけど、浅草のフクヒロにはかなわない。仕方がないか。食事はさておき、血を分けた肉親とたまに会うってのはいいもんです。今まで親族繋がりがあまりに希薄だったため、少しでも仲良くさせてくれたばあちゃんの取り計らいに感謝。

知らない人にとってはほんとにどうでもいい日記っぽい日記ですみません、ほんと。

2003/9/19


日本人よ、日本語に誇りを持て

なんで、こうも、英語が氾濫しているんだろう?

町を歩くと、店を見ると、至る所に英文字。意味のわからない英語がわんさか。Tシャツはおろか、ティッシュ箱、写真屋でくれる紙のアルバム。表紙に"Do you remember the first time I met ?" -「私達がはじめて会った時の事を覚えていますか?」

誰だよおめぇ!しらねーよ!

"Let's eat this tasteful bread for a splendid life." - 「この美味しいパンを食べて素晴らしい人生を送りましょう!」

余計なお世話だよ!俺は米がいいんだ!ほっとけ!

なぜかアルバムの表紙やパンの袋に話しかけられる不思議な国、ニッポン。とはいえ、別にこれらを創った商品クリエーターも、英語の文章そのものに意味を持たせているわけではなく、ただなんとなく、商品パッケージにアルファベットが書いてあるとかっこよく見えるから載せてるのである。

"I want to be struck !" - 「私は殴られたい!」と背中に書かれたTシャツを見かけた。要望どおり殴ろうかと思った。

そんなわが国のおかしなアルファベットかぶれに気づいたどこかの外国人が、おかしな英語「Engrish」専門のページを作って、わが国の作品を売り物にしている。とくとご覧あれ - Engrish.com

ちなみに、HIDE with Spread BeaverのSpread〜は、(女性が)「股、オッピロゲ」という意味で、多くのグラビアアイドルが所属する事務所「Yellow Cab」は、ニューヨーク名物の黄色いタクシー、(黄色人種は)「誰でも乗れますよ」という意味だと言う事を知る日本人は少ない。

あーなんだか頭に来た。誇り持てよ、誇りを。日本語で勝負しろってんだ、てやんでぃ。



うんち!この世界はどんな世界かって?うんちですよ! (Engrish.comより)

追記:10歳の頃、イギリス人の前で"Grand Prix"を「グランド・プリックス」と読んだら、爆笑された。プリックというのは、まあ、その、男性モニャモニャの意味であり、「大きな男性モニャモニャ多数」と言ってしまったわけだ。フランス語なので正しくは、「グロン・プリ」=「グランプリ」なのですね。(4へぇ)

2003/9/18


勝ち癖をつけろ。負け癖はやめろ。

怒っていたお客様が、笑った。

ここ2ヶ月、あるお客様のために身を粉にして働いてきた。IBMの重要な戦略的パートナーであり、目下ビジネスの立ち上げ中。その最初の二つのLinux案件が、突然降って湧いた。元々は先輩がやるはずだった案件なのだけど、その先輩が別の案件につきっきりになってしまったので、仕方なく僕が。ほんと、最初は嫌で嫌で嫌で嫌でたまらなく、何で僕がこんな案件やらにゃならんのよ、と心の中で不平たらたら。

相手のお客様は案件二つ分のため、5人。両方の案件において、お客様のチームリーダーは要求も厳しく、IBMや共に作業をしている協力会社の作業の質が低いと容赦なく改善要求のメールや電話が僕やIBMの営業宛てに飛んでくる。たまにコピーがうちの部長に飛んでいく事も。一時期、会社のメールボックスが毎日新規メールで一杯になり、メール受信をするたびに10通以上のメール(そのうちの二つは改善要求や質問)に目を通して返答に窮する。はてどうしたものかと。いつしかノイローゼ気味になり、深い眠りにつけず慢性寝不足だった。

そんなプロジェクトを抱えながらも、いつしか思考がポジティブになっていった。少しずつ「とことんやったる」という不屈の闘志、とまではいかなくとも、IBMの看板にかけてやれるだけの事はやらなきゃ、という気持ちが芽生えて、仕事をしていて気付いたら2時、3時、4時と時間に関係なく相手の要求以上の仕事をするように自分のマインドが変わった。

そして今日が一次引渡し、即ち「商品」(IBMが構築したサーバー)をお客様が最終的に使うデータセンターに送る日だったのだが、なんと先週の金曜日、引渡しのほんの4日前の夜8時にトラブル発生。その頃僕は葬式を終え、ゆっくりとホテルで寝て次の日に東京に帰るはずだった。

さすがに最後の最後でのトラブルには「がつん」とやられた。一瞬、モチベーションもポジティブマインドも吹き飛んだけど、まあでもやれるだけやらなきゃ、という気持ちで土日月とトラブルシューティング。実はその間もう一つ別の案件のトラブルシューティングも同時にやっていて、二足ならぬ三足のわらじ。

結局月曜の夜中までかかったら大体原因が見えてきて、解決法もなんとなく見えた。お客様に月曜深夜にメールを送ったら、なんだか和やかで感謝の気持ちが感じられるメールが帰ってきた。お客様は、自分が使うサーバーをIBMが最後まで責任を持って見守ってくれる事を強く望んでいるんだと感じた。

4時間ほど寝て朝からもう一つの案件のために埼玉に行き、午後からそのトラブルを抱えたお客様。昨日までに考えた対処法を色々とお客様の横で実施し、午後9時には「もう大丈夫」というところまでシステムを安定化できた。協力会社の人とともにサーバーを梱包して、あとは明日データセンターに入れるだけだ。

2ヶ月大変だった。何度も駄目かと思った。でも、ここまでこれた。

帰り際、今まで比較的厳しい顔をしていたお客様が、なんだか仏様のような、いい笑顔をしてくれた。本当にどうもありがとうと、今まで厳しかったリーダーが凄く感謝をしてくれて、そこには会社対会社、使う側と使われる側という意識以上の、人間対人間の情が感じられた。その瞬間、ここ2ヶ月の間、苦労をしていた理由が解った。マラソンと同じで、最後までたどり着いた人にしか感じられない達成感がそこにあった。

もう無理だ。どうせ出来ない。問題が多すぎる。誰も助けちゃくれない。いいかげんにしてくれ、俺は忙しいんだ。そんなネガティブな思考を振り払うのには、強靭なポジティブ思考、プラス志向のマインドが必要だ。でも、生まれつきポジティブな人間なんていない。人間はみな泣きながら生まれてくるんだ。

だからこそ、ここぞという時に諦めないで、あと一歩、あと一歩とじりじりすすむと、最後にはゴールにたどり着ける。ゴールにたどりつく癖をつけると、ゴールがどんなに遠く感じられても諦めずに進み続ける癖がつく。

ゴールにたどり着けないときもあるけれど、それでも最後の最後まで進み続けてたどりつかないのと、途中で諦めてたどりつかないのでは大違いだ。

僕が色々な面で尊敬するある部門の部長が、「永田、勝ち癖をつけろ」と言ってくれた。勝ち癖というのは、相手に勝つということではなく、自分に勝つということ。自分に負けずに進み続ければ、いつかは勝てる。自分に常に負ける人生を送っていれば、仕事には愚か人生にも勝てない。そういうことだろう。

2003/9/16


地震、来るならこい。

でも、苦労して作りあげたんだ。頼むからお客様のサーバーは壊さないでくれ。

2003/9/15


帰宅

葬儀にまつわる全てが終わり、帰宅。

昼通夜→夜仕事→昼葬儀→夜仕事と、目まぐるしかった2日間だったけど、久しぶりに親族が多く集まったのは結果として凄くよかった。普段、遠く離れたところにすんでいる親族が一同に会すなんてことは滅多になく、そりゃあ普段からみんなで集まっていればいいのだけど、なかなかこういうことが無いと集まれないよねという結論に。

僕も、15年〜20年以上親交が途絶えていた従兄弟たちや、その奥様や子供、即ち家系の新しい血と出会い、単純な葬儀参加以上に「行ってよかった」と思える理由が沢山あった。これも思し召しなのだろうか?

驚いたのが、20年前の記憶に残っていた叔父さんは年を取って顔つきが変わり柳葉敏郎そっくりになっていて、20年前は3歳だった従兄弟は20年前の叔父さんの顔にそっくりになっていた事。また、男の従兄弟4人が全員ITの仕事に携わっている事。内一人は、まさにIBMが入っている確定拠出年金システムの開発を担当している。また、別の従兄弟の奥様(はなまるマーケットの森尾ユミ似)が、なぜかノエビアの基礎化粧品ユーザーだったこと。単なる偶然?

血は争えないっていうけれども、やはりみなどこかで運命も重なっているのかもしれない。あれだけ年数がたって久しぶりに会っても全く自然に話せるというのは、血縁で近いところにいるからなのだろうか。そんな事に思いを巡らせつつ、羽田への機内でキャビン・アテンダント(今時スッチーとは言わない)の誠意を感じられない作り笑いに飽きて、寝た。

帰宅後、浄土に旅立ったおばあちゃんに向けて、ピアノでレクイエムを弾いた。生きているときに聞いてもらいたかったなあと、ほろり。

自分も人も、いつ死ぬかなんてわからない。
後悔の無いように生きよう、人にそして自分に。

2003/9/13


完成されている儀式

今日が最後のお別れ。

朝食を取り、従兄弟と話し、ゆっくり黒服に着替え、着席。

時間になるとお坊様が入ってきておもむろにお経を読み出して、いつもの木魚ポクポクとゴーンと倍音の効いた呪文のようなお経と絶やさず焚き続けるお香にはもう慣れっこで、なんだかもう眠たくなってきそうなぐらいに心が落ち着く。お坊とお経とお香がもたらす鎮静作用ってやつだ。

喪主と葬儀委員長が前に立ち、挨拶をして、いよいよお別れの時間。

わかっちゃいるんだけど、絶対そうなるってわかってるんだけど、その瞬間までは涙が出ない。坊・経・香の作用がまだ効いてるのだ。でも、その瞬間、ほんの数分の間、改めてもう動かないその人と対面すると、絶対に耐えられない。耐えられる人はほぼいないと思う。それまで嘘のようにぴたりと止まっていた涙が、止め処なく流れる。その人に近かった人であればある程、その深い悲しみがもたらす沈静から衝撃までの差が大きい。その前では、大の大人ですら子供のように泣きじゃくる。

もうちょっとそこで最後のお別れをしたいと思っても、葬儀屋は容赦なくふたを閉める、事務的に。事務的に、というのがポイントで、葬儀屋がめそめそしながらふたを閉めたら僕らの気持ちもいつまでも、めそめそしてしまう。だから、「閉めます」と言って容赦なく閉める。もう泣くのは一旦終わり。もう顔は二度と見えない。

そこで火葬場に移動。暫く間をおいて、気持ちが落ち着いた、と思った頃に、その時間はやってくる。荼毘。

本当の意味で、最後のお別れ。それまで肉体として存在していたその人が、どうやっても蘇生できない状態になることを改めて感じる、言い表せない程の衝撃と深い悲しみ。

1時間半後。

もう、十分にわかった。もう、戻ってこない。悲しんでもしょうがない。本当に亡くなってしまったんだねと、無理やりにでも感じさせる儀式。理科の標本の一部みたいなパーツをお箸で拾って、入りきらないときは職員がすりこぎみたいなもので粉々に潰してくれる。その行為は、別に死者への冒涜のようなものは何も感じられない。キリスト教でも "Ashes to ashes, dust to dust" と言うが、本当に小さくなってしまった事をじっくりと時間をかけて実感させてくれる。粉のように細かくなって空に舞うのを見ると、悲しみよりも虚無感に襲われる。

最後。壺と位牌と遺影をかかえてお寺に戻り、お坊様からもう一度教えてもらう。死者に対する一番の供養は、悲しみを出来るだけ早く忘れて自分の人生を前向きに生きる事、ナムアミダブツと。もう暗い顔はやめて、明るくなりましょうよと言われる。そこでみな、そうだよな、明るくなろうかな、明るくなった俺を見てくれよと、一人ひとりが強くなる勇気を持つようになる。

通夜から葬式へと、ゆるやかな鎮静と深い悲しみを早いサイクルで幾度と無く計画的に繰り返させて、たかだか二日、三日という短い期間で人間を立ち直らせるための儀式。それが日本の葬式。みな、だいぶ元気になりました。

2003/9/12


亡骸と同じ部屋で

札幌に来ています。

有給休暇は取っても、どんどん処理せねばならぬ仕事のためにノートPCは肌身離せず。今日もお寺で仕事&日記。

身内のお通夜というものをこの年で初めて経験して、不思議な気分。通夜には数々の由来があって、その一つは夜になって野獣などの襲ってこないように遺体を守るという意味らしい。その風習が、野獣のいない今でも続いている。親しかった人の亡骸のそばで寝るというのは、別段怖い事でもない。寂しくないようにね、と、昔の話をしながら、お香を焚く。

一方、キリスト教では死後から葬式までの一晩は亡骸を棺に入れて放置するらしいから、魂に関する考え方の根本的な違いがあるんだと思う。寂しいじゃないか、そんなことしたら。なんて事は考えない。だって、死んでいるんだもの。

結婚式と同様に、お金はびっくりするほどかかる。普遍的な木魚の響きとともにディジリドゥーのように倍音を効かせた発声のお経を聞きながら御香の煙を浴びて、故人との別れをじっくりと体感する。中途半端にではなく、きっちりと別れを体験する事によって、変に後に引きずらないようにする大切な儀式なのかもしれない。未だに、大学時代の同級生が死んだのを忘れて「そういえばあいつ何やってるかな」と思い出してしまうのは、彼の葬儀に参加しなかったからだろうか。

僕が死んだら葬儀のトータル費用は20万に抑えたい。アメリカでは数十万だ。そのぐらいで十分だ。誰にも負担をかけたくない。

でも、死んだ人はそう言っていたとしても、残された人はそれを許してくれないのかもしれない。

2003/9/11


ちょっと行ってきます

人は何故死ぬのだろう?

もとい、人はなぜ生まれてくるんでしょう。

平均80年程で死ぬ人間も、平均2週間で死ぬ蝉も、きっと生まれてくる理由は同じ。

蝉は仲間が死んでも悲しまない(と思う)。

人間は友達や親類が死ぬと、悲しい(と思う)。

好きだった人とのお別れを言いに、札幌まで行ってきます。

2003/9/10


ああ無情

今日は朝まで家でお仕事。

仕事は本来は会社でするものなのだけど、会社の都合でここ最近ずっと社外研修を受けているんです。社外研修を日中に受けるということは、本来日中するべき仕事を夜するわけで、夜12時から仕事をはじめると朝6時ごろ(=今)に仕事が終わるわけで。

ということは、今から3時間寝て、9時に起きたとして、寝ぼけ眼で社外研修(1日8万円)を受けるわけで、それはそれで100%の集中力を得られない事は問題なのだけど仕方がない。

研修は受けなきゃいけない、仕事は待ってくれない。毎日夕方まで寝ていた大学時代が懐かしいです。「イモリ・イクエのお料理バンバン」のけたたましいテーマ曲とともに目覚めていたあの頃が。楽してたな。ぐうたらしてたな。

もっとも、今それをやったら給料ドロボーですが。

そんなこんなで、体力はかなり必要なので、今日もジョギングで体力づくり。隅田川を北上して浅草のウンコ(ビール)ビルを横目にさらに2キロ北上、その後浅草寺に行き仲見世通りを突っ走って帰宅。1時間じゃ走り足りない今日この頃。

本日の走行時間: 60分
本日の走行距離: 11キロ
本日の体重: 64キロ

2003/9/9


人の振り見て

政治家はぼったくりだ。

岩手県議会ではサスケ議員の写真入議員証を、素顔か覆面にするかでもめるらしい。

自由党は議会が覆面なら「議員証でも覆面が認められて当然」と言い、自民党は「公的に身分証明する運転免許証やパスポートが素顔なら、議員証も素顔だ」だといっている。

そんな議論をする時間のために岩手県民の税金が使われていると思うと、クーデターでも起こしたらんかいと思ってしまうのだが。

とはいえ、そんな事を日記に書くために寝る前の5分を使う僕も、ある意味給料泥棒と呼ばれても仕方がないのかもしれない。

我が振り直せ。

2003/9/8


仏の教え

人が亡くなるというのはどのような現象か。

それまでそこに居た人、目に見えて、声が聞こえて、手で触れられた人が、ある日を境に個体として身近に存在しなくなる。たまに、その現象を受け入れられなくて、その後もずっと亡骸と暮らす人もいると言う。

でもね、「南無阿弥陀仏」と唱えれば、心の中でその人と会えるんですって。まぶたに残る面影、耳に残る声、肌に残る感触を思い出すことができるのですと、住職が説いていた。ありがたい教え。

僕は自分自身は仏教の「信者」だとは思っていないけれども、確かにそうかもしれないと強く感じた。

2003/9/7


リピーターを得るという事

アルコール0%のビールは売れてもニコチン0%の煙草は売れない。

はてさて、ライブやってきました。千代田区御茶ノ水の「東京倶楽部」にて。

僕らがびっくりするほどのお客様の入りで、ほんと、なんていうか、いいんでしょうか?僕らのようなサラリージャズマンがこれだけ多くの人に聞いてもらえて。僕らよりも更に優れたミュージシャンはごろごろと居るのに、聞いてもらえてもったいない。もちろん、精一杯の妥協のない演奏を心がけ、一人でも多くのお客様に満足してもらえるように演奏をするわけですが。

今回のライブは、前回きてくれた人たちの中でもリピーターが多くて、それだけに「前回と同じまたはそれ以上のライブを期待してるよ」ということがプレッシャーでもあり、エネルギー源でもあるんです。「まあ、また来たけど、大して上手くなってないでしょ、期待してないから」って言われたら多分僕らもそれほどやる気が出ない。

IBMという会社で働いていると、会社のネームバリューを感じる。IBMという名前が一つのブランドであり、でもそのブランドは一朝一夕でできあがったものではなく、「いい仕事をした。次からも頼む。」というサイクルの繰り返しで少しずつ会社が大きくなっていったわけで。だからといって、社員一人ひとりが「うちの会社はブランドがあるから大丈夫」なんて気を緩ませていたら、あっという間に草の根から会社が腐っていく。だから、社員一人ひとりが会社の看板を背負っている気持ちで精一杯の仕事をする。

今のバンドはまだまだ「ブランド」なんてものには程遠いけど、それでも「結構いいジャズやってくれる友達が居るんだよ」と2度目以降に来る知り合いがその友達を連れてきてくれるってことは、それだけ期待されているって事で、絶対に期待以上の演奏をするんだっていう妥協のない気持ちが大切。

なんで、今後も頑張ります。IBMの仕事も、ジャズのパフォーマンスも。

2003/9/6


ライブをするということ

「年収300万円時代を生き抜く経済学」の著者は年収1000万以上。

明日は久々のライブ。

でも、前と比べると、ぜんぜん練習してない。それは、以前練習していた付けがまだ残っているからという甘えと、朝まで仕事が溜まってたりしてなかなかピアノまで手が回らない、回せない、ということ。

でも、よくよく考えると、会社の仕事もお金をもらってやっているけれど、ライブは更に近い存在からダイレクトにお金をもらうわけだから、本来ならばもっと気合を入れて練習をしなきゃならない。

でも、一人で演奏するわけではないからメンバーでのリハーサルもしなくてはならないし、とはいえ全員社会人だとそうそう集まれないしと、悩みは多い。

二足のわらじは簡単ではい。妥協なく芸達者な人は尊敬に値する。

2003/9/5


これは行くんじゃないですか

バンテリンのCMで「効くんです」と言うタレントは他に出るCMがないでしょう率100%。松本幸四郎危うし。

一週間ぶりに行きました。

六本木ヒルズと麻布十番の間のお店、ハイナンジーファン食堂。近頃、物凄くお客さんの入りがいいみたいで、今日も満員御礼でした。六本木という立地もあってか、店内のお客様の1割ほどが外国人。アジアンが特に多い。一見、日本人とあまり変わらないけど、良く聞くと中国語を話してたりする。

ちょっとしたお偉いさんも食べにくるみたいで、今日は外のテラス席にはS.T.デュポン(特徴的な形をしたライターで有名)の日本法人社長が座っていたような。精悍な顔立ちで、日本語・英語・中国語を流暢に扱う台湾人。



ドラマで福山マサハルもライターを使用。51000円

今日のメンバーはショウジ+アサコ(大学後輩+フィアンセ)、ヒロシ+クミコ(会社同期)、俺+裕子そしてサトコ(ライブハウスで会った友達の後輩)。初めて会う人同士が結構多かったから若干会話も停滞気味だけど、そこは美味しい料理に救われてとりあえず「うまいぜ」とか言いながら箸を運ぶだけで時間は経つ。これがまずい店だと最悪。メンバー間はぎくしゃく、「これまずいね」「・・・そうだね」で、終わり。ハイナンのおかげで本来ならば複雑な人物相関図も、真中に「海南鶏飯食堂」と一つ置くだけで書けてしまう。



Complicated

これが、



Simple.

こうなる。最初は友達の友達だったのに、何度か同じ皿のチキンライスを分け合ううちに、いつしか仲良くなっていく。これはもう、一つの社会現象ですね。チキンライスを中心とした、シンガポーリアン・フードのコミュニティです。

なんて大げさな事は言わないけど(言ってる)、料理は美味しいしサービスもナイス、しかもたらふく食べても一人3000円ぐらいとリーズナブル。流行るわけです。

それはそうと、アーノルド・シュワルツネッガーはカリフォルニア知事になるのでしょうか?ちょっと謎です。英語が聞き取りにくいのが難点。でも、映画で若者の心をつかんでいるから、下手なおじさん議員よりも票を得るのではないか?ロナルド・レーガンも俳優だった事だし。

とはいえ、大橋巨泉は期待通りというか、全然駄目でしたが。

2003/9/4


はや1時間40分

100%、バンテリンは効かない。薬じゃ肩凝りはなおりません。

隅田川沿いを走ると、テラスに打ち上げられた沢山のクラゲに遭遇。ネオンの光を受けて、丸い光を帯びた生物がいずれ来る死を待つためだけに、その場にのそりと座っています。

僕は隅田川のクラゲ。今はね。でも、昔は家があった。大海原ってやつだ。井の中の蛙大海を知らずと言うが、僕は大海原からやってきたのだ。胸を張って言える。家族も居た。仕事もあったさ。ちゃんと、食いぶちだって稼いでいた。たまにはプランクトンが大漁だったよ。ボーナスが8ヶ月ってやつだ。ベースアップなんてのも今は昔。そんな僕、ある日気付いたら、そこは川沿いのテラスだった。東京の淀んだ空さながら汚れきったビニールシートと、段ボール。ゴミ箱から集めてきたアルミ缶。たまに猫の野郎が物珍しげに見ていきやがる。ちょっかい出したら痛い目に会わせてやるからな。あとな、会社帰りのカップルや、花火をする高校生らは「汚いなあ」とか言いながら通り過ぎていきやがる。このくそ暑いのに走ってるランナーも俺を避けていくよ。ああ、でもね、俺だって昔は綺麗好きだったよ。もっともっと輝いていたよ。表面だって透き通るような透明さだった。なのに今は。ああ。こうして日に日に太陽を浴びて、いずれこのテラスで朽ちていくんだろうな。誰にも気付かれず、昔は養っていた家族や親族にも気付かれないままに。大海原に戻りたいな。生き生きとした生活に戻りたい。好きでここに来てしまったわけではないのに。

そんな声が聞こえてきそうです。

なんて考える余裕も無いぐらいに、今日はくそ暑い中を必死でジョギング。1時間40分、距離にして17キロ程か。意外と走れるもんだ。でも、帰ってきたら気持ち悪い。熱中症ってやつだ。こういうときはビールでもかーっと飲んで寝たいもんだ。でも悲しい事に俺はビールが飲めない。苦手なのだ、あの苦さが。頭が痛くなる。でもね、業平屋で出してくれる日本酒、久保田の一杯1800円ぐらいする奴は、ちょびちょび飲む分には平気なのよね、不思議と。まあでも、お子様は牛乳1リットルでも一気飲みして、むせ込んで鼻から牛乳でも出しなさいってこった。

頭いてぇ。

本日の走行時間: 100分
本日の走行距離: 17キロ
本日の体重: 63キロ

2003/9/2


はや9月

「女性を敵にして幸せは訪れない」という特集を組んだPresident誌(重役になりたいけどなれない人が読む雑誌)は100%、女性を敵に回している。「大人の恋愛五架状」ってなんですか。

早いですね、もう9月ですね。

先月は怒涛の一ヶ月でした。気が付いたらもう9月。仕事をしていたらいつの間にか30日間が経過していたっていう感じで。

このご時世に仕事があるっていうのは幸せな事で、仕事をさせてくれる会社に居られる事を感謝しなくてはなりません。ちょっと隅田川沿いをジョギングすると、月を追うごとに目に見えてホームレスのテントの数が増えていきます。夜中の浅草の商店街はホームレス駆け出しの人たちが、テントすらないのでダンボールの上で睡眠をとっています。ほぼ全ての店のシャッターの前に、一人ずつ。

仕事がかったるいとか、働きたくないとか、楽して金儲けとか言ってる人は、ああいう光景を見るときっとそんな贅沢な悩みは言えないでしょうね。

楽して金が入ってきたら、誰もホームレスになりませんて。

あ、そうそう、週末ライブやります。9月6日土曜日、東京倶楽部にて。ベース、ピアノ、ギターのシンプルなトリオ構成にて。

2003/9/1


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