Diary-2003/9  Top Diary-2003/11
さよなら部長

部長と暫しお別れの日。

1年間お世話になったシブイチ部長が、遂に遠くへ行ってしまう事に。IBMのAP即ちアジア・パシフィック、アジア全体を統括している組織へと異動する事が告げられたのがほんの数日前。部門のみんなもあまりの急な展開にあっけにとられ気味に。

うちの会社は、出世する人は様々な部門を経験させるようにジョブローテーションが比較的早く、彼女も例外でないとすれば出世頭の一人。きっとAPで一年ほど活躍したら、また日本の組織に戻ってきて色々なリストラクチャリングを行うことでしょう。

ということで、僕ら部門の人達は大急ぎで彼女のために送別会の準備、お餞別、花等々を用意して、異動通知から2日でなんとか準備OK。送別会もなんとか開いたのでした。

僕らの組織はLinuxを専門にしており、Linuxのマスコットはペンギンなんです。ペンギンの形で、かつセンスのいいもの・・・というのがなかなか見つからなかったのだけど、銀座にペンギングッズ専門店があると聞き後輩達が買出しに。こんな素敵な置物を見つけてきました。



送別ギフトのペンギン

オーストリア製のクリスタルと22金メッキ、なかなか素敵です。

今年入ったばかりの新人から長年一緒に働いてきた大先輩まで、普段集まりの悪い組織なのにほとんどが終結し、送別会は進行します。



3年目ミズノさん、1年目カズ君


もはやベテラン3年目カサイさんカオル君


新人チホちゃんとかなりベテランクズノさん

中には、今しがた2週間のアメリカ出張から帰ってきたばかりの凄腕先輩ミキさんが箱崎TCATから直接かけつけてくれたりして、シブイチさんの人望を物語っているのでした。



シブイチさん、僕、アメリカ→日本→送別会なミキさん

2次会のカラオケには日本IBMが誇るLinuxのテクニカルサポートのリーダーまでもが遊びに来てくれて、なぜかスガシカオとクイーンを熱唱。普段のプレゼンをしている姿からは想像もできませんわ、この悦に浸りっぷり。



激しく歌ってます、×××サン

何はともあれ、一年間お世話になった部長が栄転するのは凄く歓迎すべきことでありつつも、多少残念でもあります。IBMに入ってから4年の中でも、彼女の下で働いた1年間程仕事を楽しんだことはなかったから。仕事を楽しませてくれる部長の存在は偉大です。

社会人1年目の時に、アイボを生んだソニーの土井さんという人の話をテレビで見て感銘を受けました。その彼が言っていたことは、「部下に10言いたいことがあったら、1しか言わない。そうすると、部下が残りの9でも99でも考えて、エンジンフル回転で10以上のアウトプットを出してくれる。逆に、自分が10言ってしまうと、みな1しかアウトプットを出さない」と。

僕も、最初の2年はまさにその後者で、常に色々と指示を出され、窮屈な思いをしていたんです。自分には自分なりのやり方があるのに、会社に「IBMではこうだ」「常識はこうだ」という押し付けられ方をして、仕事が限りなくつまらなかった日々。常識ってなんだよ!俺が常識だ!なんて弱気な僕には言えません。

その後、シブイチさんの下に移ってからはというもの、彼女はせいぜい1しか言わない人。自分が考えて、自分が良くして、自分が結果を出す。そういうやり方ができるようになったんです。だから、凄く楽しい。自分が頑張れば結果は出るし、頑張らなければ結果は出ない。全ては自分次第という、仕事内容を自分で支配できている感覚が気持ちいいんですね。

会社にスーツを着ていかなかったり、髭を生やしていったり、普通の部長だったら「なんでそういうことをするんだね」と言われそうな事でも、「やりたかったらすれば?」と、比較的自由に泳がせてくれる感覚。なかなかそういう事が出来る部長はいないもんです。みんな、ついつい教育者になってしまうから。

"Think" - 考えろ。これがIBMの社是なんですが、この1年間はシブイチさんのおかげで頭フル回転、エンジンも馬力ばっちりな仕事ができました。

次はどんな部長がくるのだろう?彼女はどんな部下を持つのだろう?

何かと楽しみです。



Linuxサービス若手メンバー・一同

2003/10/31


タイガーズチップス食べただけ

御堂筋線に乗ってきました。

関西出張の日。大阪は食べ物が安くておいしくて最高というけれど、往復の新幹線の時間のほうが滞在した時間より長かったぐらいで、まさにとんぼ返りの日帰り出張でした。同期にも後輩にも先輩にも友達にも会わず、業務を遂行してタイガーズのお菓子を食べてお土産かって関東に戻るっていう。

出張の目的であったプレゼンテーションは上々、だけど参加者はごくわずか。当初数十人を相手に話ができると思っていたのに、ふたを開けてみれば十人未満の社員でちょっとがっかり。でも、いいんです、何事も験あるのみ、だから。

夜8時、会社には戻らず直接表参道に行き、友人らと食事。大学同期のユミとタロウ、ユミの元同僚でありタロウの現在の同僚であるサユリと4人で。

ユミとは不思議な縁で、静岡に裕子行きつけの店があったので二人で常連してました。ある夜行ったら、テーブルにユミと両親らしき二人が座っている。あれ?なんでここに?とお互い目をぱちくり。話を聞くと、ユミの兄貴がこの店をやっているという。え?兄貴ってケンチャンのこと?と僕ら。ケンチャンって、なんでそんな親しいの?とユミ。なんという奇遇。

その後も東京に戻ってから木場公園でジョギングをしていたらばったりユミとあったりと、何かの縁なんですよね。

タロウとは就職活動時代に一度どこかの会社で会って、筑波大ですよねと話しかけたのがきっかけ。その後四年間が経ち、数ヶ月前に六本木ヒルズのスターバックスで偶然見かけて声を掛けたらタロウだった。奇遇。

サユリはユミと同じ会社で働いていたことがあるのだけど、以前僕のライブに来てくれてメールを貰っていた。数ヶ月前にタロウと会ったときに彼の名刺を貰ったら、なんとサユリとタロウは今同じ会社で働いていることが発覚。

ということで、今日は奇遇腐れ縁飲み会でした。

縁は異なもの味なもの。

2003/10/30


ゆっくり行きたい大阪出張

明日は大阪です。

といっても、別に観光でもなく、バケーションでもなく、紅葉を見に行くでもなく、単純に出張で。出張といっても、これといって大きな仕事をするわけでもなく、自分の部門の仕事内容やサービス内容を、社内の人達にプレゼンテーションをする、というもの。よくよく考えると、お客様にならまだしも社内の人に自部門を売り込みに行くってのも変なもんだ。

とはいえ、仕方がない。元々は僕が「部門の広報的な仕事もやりたい」と手を上げたから、こういう役回りはどんどんやってくる。今月は既に社内・社外相手に3回プレゼンテーションをやった。一応SEで技術者なのだけど、大勢の前、初めての人達の前で心のつかめる喋りを臆せずにできるようになる為、その練習を積む為に立候補したのだから、場数を踏むのは凄く大切なのです。

といいつつも、せっかくこんなシーズンに大阪に行くのだから、金曜日も休んでちょっと京都のお寺まで足を伸ばしたいものだが、いかんせん明日の夜は夜で予定が入っている。ああ残念。などといっても、元々自分が友達に会いたくって夜に用事を入れていたのだから、今更嘆くのもおかしいんです。

で、今日は、大学の同期二人と銀座で会ってきました。久しぶりに会う二人は、昔ほどの弾けっぷりこそないものの基本的には全く変わっていなくって凄くほっとします。大学友達はいつまでも友達。

一人は国内の銀行を経て、現在は外資の銀行、もう一人は商社で新幹線プロジェクトを担っている。たいしたもんだ。そこで別の同期たちが何をやっているかを聞き、またびっくり。

元々国際関係学部だった同期が、医師免許をとってもう少しで医者。別の同期は東大の院生として熱帯雨林を研究し、屋久島に月2回行っている。別の同期は以前の会社をやめてヘッドハンティング企業で僕より高い給料を貰っている。別の同期は結婚して子供もいる。とか、とか、とか。

ここ4年間、僕が入社してからの間、気づかないうちに時間は経っており僕の同期たちはそれぞれが思い思いの道を歩んでいる。それを感じてちょっと今の自分が物足りなく感じた。

でも、童心に返ってバカな話ができる同期と久しぶりに会えて、幸せでもあった夜でした。明日も大学の同期と会います。乾いた人生にスパイスをそえるために。



やる気なさげな奴


バカ丸出しな奴
2003/10/29


キモイCM

「ロマンチシスト」

っていう言葉を使った車のコマーシャルが、そりゃ物凄く気持ち悪い。

アイデアリスト、フェイタリスト、ユーモアリスト、という色々な性質の"ist"の中に、ロマンチシスト。って、おい!ロマンチストじゃなくてロマンチシストって一体なんだ!意味わかって使ってるのか!

コマーシャルは引っかかりがあるほど、視聴者の心に残る。たとえばGeorgiaの躍動感のかけらもないラップ付きCM。気持ち悪い。燃焼系アミノ式のナンセンス運動。気持ち悪い。

そりゃ、心に残るという意味では「ロマンチシスト」と真面目に言われた日にゃぁ残るけど、まともなセンスの持ち主はそんなCMを見ても"ist"の車は欲しくないだろうなあ。「こっそり悪口言うたった」「ここのくぼみ、きにならなーい?」というCMでコーヒーかいたくなります?「いらねーYO!」

百歩譲って、きっと「ロマンチスト」をそのまま使うとダサいから「ロマンシスト」という別の言葉に代えたんだろうと思うようにしよう。うん。

そう言えばロックバンドのGLAYは、「白でも黒でもないバンド、グレー」というのが由来だそうだが、それを言うならGRAYではないのか。いや、白でも黒でもGRAYでもない、GLAYか・・・。すみません揚げ足取りばかりして。でも気持ち悪かったんですここ8年間。

2003/10/28


罪を憎んで人を憎まず

アメリカにて、銃殺された被害者の遺族がソニーコンピュータと「GTA2」なるゲームを作った会社等を相手に、270億円の訴訟を起こした。遺族側の弁護士は「少年らはゲームで遊ぶうちに車や人を銃撃するスリルを味わおうと思った」と主張しているらしい。とんでもない。僕も大量殺戮系のゲームをやったことはあるが、だからといっていきなり車に乗って人をひき殺したり、ビルのてっぺんからコンクリート辺を落としたりしたいな、なんて思ったことはない。

日本にて、JT相手の訴訟が却下された。裁判官は「ニコチンの依存性はアルコールや禁止薬物より低く、喫煙者の自由な意思決定を奪うほど強くない。禁煙は可能で、たばこの製造、販売自体は違法行為とはいえない」と、JTと国に責任がないと判断した。とんでもない。ニコチンの依存症はアルコールや禁止薬物と匹敵、もしくは高い。アルコール中毒になる人は人口のごくわずかだが、日本の成人男性の40%がニコチン中毒なのを見ればわかりきったことではないか。

GTA2のような殺戮ゲームは、ゲーム内の行為が完全なるフィクションであり、普通の人間が真似をしてはいけない事は正常な頭の人間には簡単に理解できる。

一方、JTが雑誌や、異常に多い電車の車内広告でアピールしているメッセージは、「タバコの吸い過ぎに注意しましょう」とか「タバコにはいい匂いといやな匂いがあることを解明しました」とか、全く依存性の強さについては言及していないどころか、見てくれのいいモデル、シチュエーションを写真に用いてタバコを吸うことが一つのかっこよさであることを多くの若者に強くアピールしている。これが犯罪でなくて、何が犯罪であろうか。

悪いことに、一度タバコに依存してしまった大人は、その後もなかなかニコチン依存症から抜けきれず、何年も何十年もJTに高いタバコを買わされ続ける。そして、自分の息子や娘の世代に、タバコは吸っても悪くないものというイメージを植えつける。日々、お手本となるべき大人がタバコを目の前で吸っている、そのメッセージはどんなゲームよりも強い。

日本は間違っている。タバコ農家を守りたい国と、利益構造を崩したくないJTがグルになって、いつまでもタバコの依存性の強さと注意書きの嘘を隠し続けている。

先進国では"Smoking is hazardous to your health" "Nicotine contained in cigarettes is addictive" と、事実を書くことが義務付けられている。「健康を害する恐れがあります」では、真っ赤な嘘だろう。殺人者は国とJTである。タバコの害を知らずに吸い始める被害者を、これ以上増やす必要はない。

2003/10/27


テニスしてきました

また一つ、新しいことを。

土曜・日曜と、IBM同期営業が幹事をやっている大掛かりなテニスサークル「KTC」の企画で、山中湖近くのテニスコート付きロッヂへ合宿。ジョギング以外のスポーツとはほとんど縁がなくテニスも今まであまりやったことのない裕子も半ば無理やり連れて行き、1泊2日のテニス漬け生活。

KTCのいいところは、単なる合宿でなくレッスンとトーナメント付き合宿であること。故に、初級者、中級者、上級者とみんなが楽しめる。僕もテニスは中級者以下だったけど、改めて基本を教わって幾分課題点もわかってきたし、裕子は超初心者だったけどラリーでとりあえず相手のコートに玉が帰るようになった。

テニスコートからは富士山も見えて、天気も抜群。テニスも上手くなって裕子も初めて会うIBMの同期らと仲良くなり、趣味の幅もまた一つ広がり、いいことずくめの合宿でした。激しい筋肉痛以外は。

本当に日記らしい日記ですみません。



中央道より富士山を望む

本日の走行時間: 41分
本日の走行距離: 8.5キロ
本日の体重: 65キロ

2003/10/26


後輩サポート

プロジェクトの現場でいっぱいいっぱい。

といっても、僕ではなくて、部門の後輩。彼女は3年目なのだけど、年次の割には現場経験が少なく、しかも一人でリーダー兼作業者として現場に入ったのが初めて。その現場で、トラブルに見舞われてしまったんです。

トラブルは実は今週火曜日から始まっていて、水曜日には僕もトラブル解析・解決を手伝ったのだけどそれで終わらなかった。で、残件を抱えたまま金曜日に突入し、お客様に渡す締め切りまであと数時間という切羽詰った状況に。

そんな中、彼女は僕に電話でサポートを求めてきたのだけど、1.彼女に現場でのトラブルで対応できる力をつけてほしい 2.僕も忙しい という二つの理由から、120%のサポートではなく70%ぐらいのサポートしかしなかったんです。10教える代わりに7教えて、残りの3はその場で調べなさいと。

そしたら、一週間の肉体的+精神的な疲れがたまっていた彼女にとって今回のトラブルは荷が重すぎたらしく、段々と電話で言うこともあやふやになり、慌てて現場に行ったうちの部長曰く「そろそろメンタル的にやばいところまで」来ていた、と。

普段はすごくしっかりしている彼女が、そこまで追い詰められてしまった。もっと対応出来ると信じていたけど、やはり男の後輩と違ってそこまで肉体も精神も強くなかった。それを見抜けなかった事に、僕は4年目にして未だ先輩として未熟なことを強く感じたのでした。

頑張れワカゾー。

2003/10/24


後から日記

先週木曜日(23日)の日記を、今週月曜日(27日)につけています。

そんな日記ならつけないほうがマシなんだけど、この日に走ったものだから今更でも記録に残したいんです。

今日は1時間20分ほど走りました。二日前に走ったばかりだから足が回復していなかったのだけど、とにかく今走らなくちゃマラソンを走れない。だから、走るんです。

一昨日は一人だったけど、今日は裕子と一緒。自分の最高ペースと比べると若干ペースは落ちるものの、早いもんです裕子も。そんじょそこらの成人男性でも400メートル以上はついていけないでしょう、きっと。そのぐらい、走る力がついているんです。

あまり走らないようにしようと思ったけど、結局両国→水天宮IBM前→月島→越中島→門前仲町ときて、若干遠回りをして錦糸町経由でバックホーム。最後のほうは裕子もばてていたけど、僕もかなり厳しかった。足がだんだん動かなくなるんです、どんなに頑張っても。

頑張っても足が動かないのに対して、1.より頑張る 2.頑張るのをやめる という二つのチョイスがあるんだけど、最近の自分は1.を選ぶように。なぜなら、フルマラソンをいいタイムで走りたいという目標があるから。先に目標があれば、達成のためには今の苦痛は耐えられるんですね。目標がなければ、苦痛なんて耐える意味も特にない。

今更ながら、僕の人生の目標ってなんだろう?

本日の走行時間: 76分
本日の走行距離: 14キロ
本日の体重: 64キロ

2003/10/23


やるしかない、やらねばやれない

1週間ぶりに走った。

こんなサボリ気味で果たして11月末にフルマラソンを3時間半で走れるのだろうか。そんな僕が考えられるチョイスは二つ、1.いや、走れるはずが無い 2.いや、走るのだ

やる気が無いときの僕は1.を選んでしまう。どうせ走れないだろうから手を抜こうと考えてしまうのだ。しかし、今日は2.を選んだ。3時間半で走るのだ。走るために、今やれることをやるのだ。「できません」「無理です」「そんな技術・体力・知力・経験はありません」何かにつけてそういうネガティブな意見ばかり出す人は多くいる。僕も昔はそうだった。少なくとも、高校3年までは。

高校3年の時、レスリングシーズン終盤の練習で負傷した。ヘッドロックをかけられた状態で肩から落下し、脱臼寸前までに肉離れを起こし、激痛。その後、対校試合で相手と当たり、猛烈に押されてフォールを取られかけ、ギリギリのところで返してあわや逆点フォール勝ちか?と一瞬思ったがその後再度ひっくりかえされて亀のようにベッタリ地面に肩をつけられて、あえなくフォール。最後の対校試合にして最高の苦痛と屈辱を同時に味わった。

その後、プレーオフでトーナメント戦に入り、僕もメンバーの一人に。その時考えたのは、勝てっこない、最初の試合すら勝てるはずがなかろう、出るだけ無駄だ。ただそれだけだった。直前まで減量をして57キロまで体重を絞っていたのに、トーナメント初日の昼飯でやけ食いをして、一気に体重を上げて自ら出場権を放棄した。それと同時に、3年間僕を鍛えてくれたコーチに最大限の失望を与え、そのショックが自分に跳ね返ってきた時は1時間以上涙が止まらなかった。

戦わずして負けを認めること以上に屈辱的なことは無い。

それから僕はだいぶ変わった。大学でも何度も期末試験を受ける前に「受かりっこない」と試験勉強を放棄してスキップしたこともあった。そんなことを何度かやったら気づいたら留年もしていた。ある年からマラソンを走ることにした。大して練習をしないまま当日前になり、大雨。明日まで続きそうな大雨に胸は期待に踊り、思わず大会本部に電話をした。「雨が続いたら明日は休みですか?」「いえ、雨天決行ですよ」かなり落ち込んだ。走るしかないのか、42.195キロ。どうせ無理に違いない、途中で挫折するに違いない。

その晩、僕は眠れなかった。少しうたた寝をしたぐらいだったが、朝方夢を見た。銀行のような建物で、大勢の敵に囲まれて銃弾が雨あられのように飛んできて、絶体絶命。僕はもう助からないと思ったその時、なぜか高校のレスリングのコーチがどこからともなくあらわれ、"George!"と手を差し出してくれた。僕は危機を脱出した。

次の日の朝、つくばは信じられない晴天。もう走るしかない。スタート。

最初の5キロ、10キロは平気だったが、20キロ以降、練習不足と最後の2ヶ月で無理をしたために痛めていた膝の靭帯がうずき、痛み止めの効果もあってか膝から下の感覚がほとんど無くなっていた。30キロを超えた時には、もう駄目だ、諦めよう、バナナを3本受け取り水を沢山飲み、歩いてしまえばいいんだと幾度となく自分に言い聞かせた。

しかし、目を閉じたら聞こえてきたのは、夢の中と同じコーチの声。You can do it. Just do it. 彼が試合中によく叫んでいた言葉が、耳に響いてきて、なぜかそこから無いはずのエネルギーが沸いてきた。いつしか、35キロ、40キロ、そしてゴールへと達した。ゴール後、一人芝生に突っ伏して泣いていた。高校時代に最高のチャンスを諦めた自分の忌わしい呪縛から、やっと解放された瞬間だった。

今の僕は、フルマラソンを3時間45分ぐらいでしか走れないはずだ。でも僕は今年こそ3時間30分で完走する。たった15分の差、1キロ当たり21秒早く走るだけで3時間30分を達成できる。達成するんだ。

そう自分に言い聞かせて、今日は1時間半の間、何度かコーチの声を耳に聞きながら都内を走った。両国、浜町、水天宮、八丁堀、築地、汐留、芝浦、大門、新橋、銀座、京橋、東京、日本橋、馬喰町、浅草橋、そして両国。スピードを上げても不思議と苦しさはいつもほどではなかった。

遠くはなれていても僕の中に今でも響き続けるコーチの声。人生の偉大なる師匠からの声は、日米間の距離も、人種の壁も、10年間の月日をも越える。

本日の走行時間: 90分
本日の走行距離: 18キロ
本日の体重: 64キロ

2003/10/21


ハッピーバースデー

ありきたりといえばありきたりなのだけど。

大学の先輩、兼OB訪問の相手、兼素敵な女性、兼人生の憧れ兼・・・並べたらきりがない程に僕に色々と影響を与えてくれる人、ソノコさんのサプライズパーティでした、今日。

ソノコさんは、大学時代は知らなかったんだけど僕が商社に就職を希望していたときに何度もOB/OG訪問で会いにいって、何度も何度も話すうちに「君は商社というよりはITが向いているのでは」と、ITを受けることを薦めてくれてその一ヵ月後全ての商社は面接落ち、なぜかIBMだけは残っていてもしあそこでソノコさんに相談していなかったら僕は今頃職なしで大学の近辺をぶらぶらとしているか都内でしがないジャズピアニストをしていたかはたまた隅田川沿いにブルーのシートで家を作って住んでいたか。



Sonoko & I

そんな彼女は仕事もバリバリ、遊びもバリバリで数年前からサルサを踊り始めてはまって先生級の上手さになってサルサのお店で人に教えたりするぐらいに。そこで出会った同じくサルサを踊る彼氏と今はハッピーな関係なものの、普段は30歳超えても自由気ままにシングルライフを謳歌する日々の多くを六本木で暮らし六本木で遊び、Motownという外人日本人入り乱れて酒を楽しく飲むアメリカンなバーで陽気に飲んだくれ。

そんな彼女の誕生日を突然みんなで集まって祝おうと言いはじめた首謀者は彼女の友人のサクラコ、同じくその方も結構型破りでサルサも踊るわバックパックで世界中色々行ってくるわフランス人の男性にかなり好かれてしまうわゲイバーでお友達作っちゃうわ当然月曜日から六本木Motownで飲んだくれと大忙し。呼ばれたゲストもみんなそんな飲み好きや弟・妹や元彼や現彼や先週知り合った日本に来てまだ数週間の寂しがりやなイギリス人やと10人以上で大にぎやか。

彼氏カッチャンに連れられて二人で飯を食うもんだと思っていたソノコはそこに集まったみんなをみてびっくり、なるほどそれで今日は「お誕生日おめでとうメール」が全然来なかったのか、みんな冷たいと思ったらこういう策略だったのね、やられたわこりゃ!と大喜び&感激。それほど大人数に祝われたのは小学校以来だったというからさぞかし楽しかったのでしょう。



Sonoko & Kacchan

そんなパーティに呼ばれるのも楽しいもんだけど、何よりそんなパーティを開いてもらえるソノコさんの人徳や友人への情の厚さには見習うところも多く、いくつになってもずっと憧れの先輩でいてもらいたいもんです。

2003/10/20


知らざぁ言って聞かせやしょう

と、きたもんだ。

昨夜は静岡、裕子の実家に泊まり、市内で僕らが一番好きで良く通っていたカフェ、Vacherie (ヴァシュリー)にて裕子の妹マイと昼食。

ヴァシュリは白を基調としたこぢんまりとした作りで、店のセンス、料理・飲み物・デザートのセンス、味、どれをとっても東京に沢山ある「カフェ」に引けを取らない。市内では多くのリピーターを持っているようで、昨日も今日もランチタイムはぱらぱらと人が入ってくる。それもそのはず、850円でサラダ、スープ、パスタ、パン、ドリンクが付いて、950円だとパスタがローストポテト+チキンに、パンをライスにも換えることができるんだ。

店主のお兄さんは暫くレストランで修行をしていたのか、手際のよさも味付けも抜群。東京だったらベリーニのようなお店で働いていたのだろうか?一見無口でぶっきらぼうな感じだけど、実は凄くいい人で照れ屋さん。去年、よくお店に手伝いに来ていたお花のような女の子スタッフに会えなかったので、僕らはみなちょっと残念気味。



エビ・アサリとトマトクリームのスパゲティはあっさり美味い


ローストチキンとローストポテトはこんがり美味い


キャラメルのアイスクリームはほんのり苦くて激的に美味い

手作りデザートも毎日5種類程用意してあり、3人で食べたタルトタタン、キャラメルのアイス、ニューヨークチーズケーキはどれも一流の味。キャラメルのアイスなんて、以前たべたキハチのものよりも遥かに美味くてびびった。キハチのは甘ったるく、ヴァシュリーのはキャラメルの香ばしさと苦味を優しくほんのり甘さで包んだ感じ。彼は素晴らしいシェフだ。ネットで調べたら、デザート人気のおかげか最近ではこんな雑誌に載ったようだ。

そんなヴァシュリーで、美味いものを食った後の旧姓梅原姉妹は非常に嬉しそうだ。



営業の裕子と看護婦のマイ。あまり似てないようで似てる

静岡市内にはこのようなこだわりのカフェもあれば、こだわりの眼鏡屋もある。Green Glassという、以前物凄く気に入ってKATAというブランドの美しい眼鏡を買った店なのだが、まさに眼鏡のセレクトショップ。奇抜なものと普通のものの割合は、4:6ぐらい。かなり奇抜系に偏っているのだ。だから、通常のスタンダードから見ると「けっこう奇抜な眼鏡だね」というものでも、ここの店では意外と自然に見えてしまい、気付くとかけてみたりして。気付くとカード切ってみたりして。あ、買っちゃったよ、眼鏡。ボーナス払いだな。



ベルギーのTheoはケースも個性的なら・・・


フレームは更に個性的


Abraシリーズ、かなり四角いですね

てなわけで静岡で昔よく行っていた馴染みの店で食べて、買って、東京に戻った後は歌舞伎を見に。親から譲ってもらったチケットを手に、慣れない二人は東銀座の歌舞伎座でオロオロ。着物を着てきてまで鑑賞しにくるファンの意識の高さに驚きつつ、初めての体験。と、実は小さい頃に、確か団十郎と染五郎が演じた「連獅子」を見ていたのだが、首を振っているシーンしか覚えてない。かなり寝ていたのだろう。

今日は寝ないようにと気をつけていたが、やはり移動の疲れがたまっていたのか途中軽くウトウト。でも、さすがに大人になり、今年で400年という歌舞伎の歴史を体感できるぐらいのセンスは持っていたようで、話が盛り上がってくると目がはなせない。回転する舞台、瞬間で玉三郎が演ずる男が女にすりかわるシーン、せり上がるステージ等々、そんな昔にこのような演出をしていたと考えると感動。玉三郎は15年ぶりに演ずる今回の役柄で、1ステージで男女あわせて7人の役を演じ、35回も着替えるそうだ。



ザ・歌舞伎

終わってみると、そういえばあの女達はみな男が演じていたんだなと改めて思い出し、最近の日本の「女子高生」もとい「ジョシコーセー」よりもよほど言葉遣い、立ち居振舞い、全てにおいて女らしい事この上なし。宝塚の男役には惹かれるものはないが、優雅な動きの玉三郎の美しいこと天女の如し。書きたいことは沢山あるが眠いのでこれにて候。

2003/10/19


血が繋がってるんですね

静岡で法事でした。

先月亡くなった祖母の四十九日のために、多くの親族が静岡に集結。今回は裕子も一緒に。今回は泣く者もなく、淡々と儀式は進む。いつものお経、お香、足の痺れ。先月のような悲壮感は微塵もなく、むしろみんな集まれて楽しそう。何しろ親の世代の従兄弟達が多く集まっており、それこそ10年、20年以上会っていないような人達が大勢いるのだ。僕から見れば「誰だろう?」というような方々でも、彼らからすればずっと会っていなかった自分と同年代の肉親、それは楽しいというもの。

僕は僕で、お墓でお線香をあげる際に、半年ぶりに自分と裕子の元気な姿をお祖母ちゃんに見せてあげて、ほろり。冬、病院でお祖母ちゃんに「僕誰だかわかる?」「結婚したんだよ」と言っても、治療の副作用か物忘れが著しく「誰だったかね、近所に住んでいた坊ちゃんだっけね」と、僕らが誰だかわからなかった様子のお祖母ちゃん。病院を出る際に「なんとなく思うんだけど、これでお祖母ちゃんに会えるのは最後かもしれないね」という裕子の言葉と、無言ながらもそれを同じく直感で悟っていたその時の自分の気持ち、結婚したらすぐにお祖母ちゃんに裕子をお披露目に行けばよかったなという後悔、やっと僕と裕子を判別できるであろうお祖母ちゃんとお墓で再会できたこと、そんな色々な気持ちがお墓の前で少し沸いてきたら、少しだけ涙が。

お寺を後にして、親族で静岡のホテルにて晩餐。若い人は若い人テーブルで集まり、血の繋がりを実感した。

母の弟の奥様ナナエさんと娘マレミ、母の2番目の妹の娘ユキノ。異常なほどに若いナナエさんの娘、マレミは小さいころはやんちゃな感じだったが、今はすっかり大人びている。妹はシャンソン化粧品でバスケットの選手と、将来が楽しみ。ユキノは現在インテリアデザイナー目指して学校で学んでいる。俺んちもデザインしてくれ!

母の3番目妹の娘サヤカと、同じく先ほどのマレミ。サヤカは現在心理学を勉強すると同時に、合気道も学んでいる。結構強いときたもんだ。



サヤカ、マレミ

母の3番目妹の子供達3人。ヒロシ、シゲル、同サヤカ。ヒロシは某国内のIT系企業に勤めており、シゲルも最近までITをやっていた。因みに既出ユキノの兄もばりばりのSEで、今日は来ていなかった。従兄弟全員IT系とは、偶然というかなんというか。



ヒロシ、シゲル、サヤカ

とまあ、そんな感じで従兄弟が集まるってのもいいもんだ。親族が集まるのは結婚式と葬式ぐらいなもんだが、どちらかというと結婚式で集まれたらいいのだが。

2003/10/18


ヒューマン・コミュニケーション

美味かった。

某、国立病院勤務の後で、銀座の和食創作レストラン「かなえ」に行った。メンバーは、裕子が実家に帰ってしまっていたため僕と部門の後輩サヤカ氏と音楽友達のアライユウコ氏と。

後輩は飛び入りだったので当然二人は初対面だったんだけど、別に臆することもなく普通に楽しく話をしながらあっという間に3時間が過ぎた。高いクリエイティビティときちんとしたセルフマネジメントを要求される音楽の仕事に携わるユウコ氏の話を聞いて、サヤカ氏も色々刺激になったことと思う。僕も、そんな彼女の話を聞いているとITだけでは人生面白くないな、と思う。

大切なのは人と人のコミュニケーションであり、ITはその距離を縮める手段の一つ。会社の部門内でのやりとりを、直接話しかけるのでなくメールでやっているところがあるなんていう話も出たけど、そんな社会は最悪だ。誰も喋らない。誰も笑わない。とてもつまらない。

やっぱり、なんといっても面と向かったコミュニケーションですよ。美味しいもの食べながら、ね。



おこげの熱々あんかけ、かなえスタイル。ジューッ。
2003/10/17


熱中症

といっても、別に暑くて死にそうになったわけではなく。

金曜日午前中に発表するための資料を作っていたら、気づいたら4AM。おおよそ4時間も資料を作っていたんです、たった20ページ程の資料なのに。

最初は手抜きで30分間で5ページぐらい、絵もほとんど使わず文字ばかりの資料を作ろうかと思っていたんだけど、色々と自分が喋る順番とか聞き手の反応とかを考えながら構想を練っていくと、もっと真面目にやりたくなってしまう。で、熱中してしまい、もうこんな時間。

僕には良くも悪くも熱中する癖があり、一度はまりだすと明日以降のことを考えずにとことんやってしまうんです。当然、徹夜すれば明日のプレゼンや作業に響くことは判っているのに、今、面白いからやってしまう。たとえばゲームでもはまると12時間やるし、たった一回しか使わないプレゼン資料ひとつにしても、一旦やる気になるとアホみたいに凝ってしまう。

そういえば、先日会った大学の同期モトヤマが、在学中からしきりに「お前の強みと欠点は、好きなことに熱中することだ」といっていたんだな。好きにならないととことんどうでもいい姿勢を取ることは大きな欠点。大学の講義、テスト勉強、とかね。やる気無いんですね。単位、いくらでも落とすんですよ。でも、一度好きになると、ほんとアホか俺と思うぐらい熱中してしまう。ピアノにしろ、マラソンにしろ、コンピュータにしろ。

仕事が凄く好きになって無茶苦茶熱中するようになったら、会社でいい結果を残せるんだろうなあ。でも、そうなってしまうと家に熱中しなくなるなぁ。あ、そういえば背後で裕子が・・・かれこれ4時間すやすや寝てるのを忘れていた。

熱中症も考え物でございます。

2003/10/16


天高く馬肥ゆる秋

食い尽くした。

食欲の秋を地で行くこの食いっぷり。それもそのはず、今日は何の日かというと、「ハイナンジーファンに突然行きたくなって食いまくる」の日。仕事終わり近くに、同期のクミコと裕子に声をかけ、クミコはもう一人の同期ミネに声をかけ、4人で海南鶏飯食堂へ。

通常一人2000円でかなりおなか一杯食えるところを、4人で一人3000円も食った。従来の150%(当社比)。レシートを見ると恐ろしい事になっている。

リンゴジュース、ストロングボウ、クランベリージュース、すりおろし洋梨汁 (以上ドリンク)
ジャスミンライスx2杯、ロティパラタx3枚 (以上主食)
牛肩肉のレンダン、ブラックペッパーのチキンカレー、海南鶏飯、海老とイカのブラックペッパーソース炒め、ラクサレマックどんぶり2杯、サラダ、厚揚げとトウチのバジル炒め (以上メインディッシュ)
マンゴープリン2杯、ライチ風味のタピオカ2杯 (以上デザート)

合わせて15種類21品、メインだけで8種類。驚異的なおなか一杯ぶり、圧倒的なコストパフォーマンス。つーかドンブリ一杯の麺を2杯食うって、信じられない。でも、美味いから満腹中枢があまり機能せずに「もっともっと食わせろ」という指示を出し、いつまでも食える。危険だ。



2杯目のラクサレマック。1杯でも充分にボリュームあるのに・・・

更にすごいのは、ハイナンジーファン食堂が持つリピーター群。今日も、示し合わせて行った訳でもないのに、店に着いたら約束していた同期二人だけでなく、大学の後輩ショウジとフィアンセのアサコ、そしてアサコ友達のサオリも来ていた。サオリは神戸から東京に遊びに来ていて、早速ハイナンジーファン食堂に連れて来られたらしい。誰もが自信を持って知人に「おいしい店があるんだよ」と紹介できる店。



サオリ、裕子、アサコ。逆光が残念・・・

優良な客層。ほとんどが知人を通して店を知ったリピーターであり、「話題づくりに」と一度だけ来るような一見客はほぼ居ない。そのメリットは大きい。店が客を大切にするのと同じぐらいに客が店に対してローヤルティを持つ。そういうフランクな雰囲気がいいから、一度リピーターになった客はその後も行き続けるし、その後も知人を紹介し続ける。これが、僕らが感じる海南鶏飯食堂の魅力であり、きっと他のメジャーなレストランにない強みだ。

一方では、雑誌に載れば良しとばかりに店先に「なんたらウォーカー」「(アン)トレンディ」「○×グルメ」「花子」「あんあん」と雑誌の切り抜きを貼り付けまくる店もある。確かに、そういうものを貼っておけば何も知らない通りすがりの人が「へー、ここ美味しいのかも」と入るから今日みたいな雨の日でも多少の客入りを増加見込める。逆の見方をすれば、そんなものを貼らないとコンスタントな客入りを見込めないというのは、CRM即ち顧客との関係維持が出来ていないということに他ならないとも言える。

その証拠に、今日みたいなひどい天気でも、ハイナンジーファン食堂には何とか利益を見込めるだけの客は入っていたし、僕が当日夜になって突然「ハイナンに行かないか」と誘うと皆ここぞとばかりに飛びつく。みな、一度ハイナンに行くとその魅力にはまってしまうのだ。



ダルマ顔の中西さん

ホールの砦は中西さん。常にホールの状態に目を光らし、少しでもスタッフの接客が悪いと謝りに来てくれる。その真摯な態度は初めてのお客様に対してでも、何度も来ている僕らに対してでも対等だ。普段はこんな怖い顔をしていても、接客中は物凄く明るく元気いっぱい。最高だ。

物凄く忙しそうな時でも、「中西さん!」と呼ぶと「はいよ!」と答えて速やかにテーブルに来てくれて、僕らが暇そうなときは軽く「ちょっといい話」をしてくれる。「これ、すげーうまいよ!」と言うと、すごく嬉しそうにして親指を「Good!」と立てる。どことなくアメリカンな雰囲気を持つ彼は、多数の注文を作るために時として殺伐とした厨房の雰囲気を上手く隠して、店内のムードを明るくしてくれる。



写真撮るなよてめぇ!チキンライス教授

キッチンの砦はチキンライス教授ことシゲちゃん。シンガポール現地の味をそのまま日本で出す事に頑なにこだわり、シンガポール人や現地に住んでいた駐在員が「これは確かにシンガポールの味だ」と言える料理を出す。それはどういうことかというと、たとえばニューヨークの日本食店やラーメン屋を想像すると判りやすい。

外国にある「日本食屋」は、大して美味しくない。日本食を知らない外人が「ジャパニーズフード」ということでとりあえず食すから、変にアメリカナイズされていたり、出汁が全然効いていなかったり、刺身がアボガドだったり、「ジャパニーズ・コリアンレストラン」などというものが存在したり、とりあえず醤油がかかっていたら「Teriyaki」という名前だったり、「Japanese Udon」がビーフンだったり、「Japanese Koshi-hikari rice」がタイ米だったり、一見日本人のシェフは実は中国人でオーナーのアメリカ人は日本に一度も来たことが無かったりと、まあ一部フィクションとはいえ何でもありだ。

そんな中で、本当に日本人が「美味い!」と感じる日本食を出せるアメリカ人がいるかというと、滅多に居ない。「アメリカ人に受け入れられるようにアメリカナイズしているんだ」という言い訳もあるが、そんな事をしなくても本当に美味い日本食はアメリカ人が食べても美味しいものだ(刺身やクサヤの干物のように相手を選ぶものももちろんあるが)。その証拠に、以前オーストラリア人のアンジーが来たときに、業平屋で出された親子丼を「最高に美味い!」と褒めちぎっていた。

だからこそ、本当に美味しいシンガポール・ディッシュを出せば、多少クセはあるものの、日本人も美味しく感じられると信じているのだろう。シゲちゃんが出すシンガポーリアン・メニューの数々は、びっくりするほど美味しい。しかも、生まれてこの方食べた事のない種類の味だ。だからこそ、行く度に普段の日本食と違うものが沢山食べられて、刺激的で楽しい。

そんな彼の熱い想いは、ここに綴られている。本当に熱い。その徹底したプロ意識とハイナンチキンライスにかける情熱には刺激を受ける。だからこそ、僕らも客として店に行くのが楽しみでたまらなく、次から次へと手際よく出てくるメニューの一つひとつの美味しさに幸せを感じる。



宴の後。食い散らかした皿のみぞ残る。

そして僕らは来週も、再来週も、そしてまたその後もチキンライスを食べに行く。中西さんとシゲちゃんの飽くなき挑戦に、僕らの食欲も飽きることはない。



クミコ。うまいもん食ってご満悦

やあボブ。え?ディナーは六本木ヒルズで食べるのかって?なんだってそんな馬鹿な質問をするんだい?角を曲がればハイナンジーファン食堂があるじゃないか。ハッハッハ。

2003/10/14


18.5キロ

8マイル、という映画があるが、それとは関係ない。

今日走った距離だ。夜9時から11時頃まで、ストレッチ15分を入れて2時間。

ちょっと前に両国→東京駅→皇居一周→両国と15キロコースをはじめて走ったときは、裕子は不満でいっぱいだった。足が痛い、疲れた、なんでこんな長い距離を走っているんだ、と。今日はそれよりも更に3キロ多く走っているが、特にそのような不満はなかった。むしろ、「ふくらはぎが痛いが、気持ちよかった!」と。

そもそも3キロという距離を走るだけでも通常の現代人には苦しそうに感じるはずだが、ほんの一ヶ月の間に15キロから18キロへと走る距離を伸ばすことができるという事実。これは僕や裕子が身体能力的に優れているとかそういう理由ではなく、単純に人間はそれほどの能力を生まれもって備えている、ということにほかならない。誰しもが走れるのだ。

フルマラソンの42.195キロというのは、まともなスピードで人間が走れる距離としては限界に近いと言われる。だが、10キロ、20キロ、30キロぐらいなら、2週間、2ヶ月、4ヶ月のトレーニングで誰でも走る事ができる。走ろうと思いさえすれば、誰でもだ。

ジョギングをする喜びが万人向けかはわからないけれど、やればできる、というのは何にでも該当する。世の中の多くの人はやる前から「そんなの無理だ」とか「ありえなーい」と、さじを投げる傾向にある。「そんな言葉はくそくらえだ」と、ナポレオンも言ったはずだ。確かにその通り。やってみないとわからない。

チャレンジする事。前進する事。去年の自分を越える事。そういった考えなくしては、人間は成長しないはずだ。この世に生まれて27年、あと10年だか40年だかどれだけ生きるかはわからないが、成長しないでのうのうと生きるのであれば、生きている価値がない。

前ヘススメ

本日の走行時間: 105分
本日の走行距離: 18.5キロ
本日の体重: 65キロ

2003/10/13


競走馬という名の男共

男はひた走り、女は走らせる。

動物のメスは、一番強い遺伝子を得るためにオスを戦わせ、競わせる。ダーウィン進化論、Survival of the fittestだ。人間でも同じで、「モテる女」は色々な男に声をかけさせ、好きになってもらい、その上で「貴方は好きよ。でも、今他にいい人がいるのよね」と言い放ち、自分に興味のある男をひたすら競わせる。

当然、文明社会である今日では喧嘩などという野蛮な行為では戦えないため、男同士は直接戦う事はない。その代わり、「プレゼント攻撃」「送り迎え攻撃」「寂しくないようにメール攻撃」「愛の電話攻撃」「愛のささやき攻撃」「高収入、高ス学歴、高身長攻撃」等々、ありとあらゆる手段を使って女に自分の優位性をアピールする。

とはいえ、女にとって、そのような男ははいて捨てるほど居る。たとえ今日「愛のささやき攻撃」をしてくれる男が明日いなくなったとしても、来週には新しい男を競争に加わらせる事は簡単だ。そうすると、最後に勝つのは、最後まで競争をし続けたもののみ。

男は馬なのだ。さながら競馬場の馬。眼帯で横と後ろの視界をふさがれ、目の前の道を走り続けるのみ。たまに目先にニンジンをぶら下げられることもある。「来週ね、私誕生日なんだー攻撃」だ。馬は抑えられず猛烈に加速してしまう。金がなかったらサラ金。なんでも買います。ヒヒン。

そうして馬達はひたすら頑張る。体力か精神力が尽きるまで、走り続ける。しかし、どんなに頑丈な馬もいつかは失速する。いくら走り続けて他の馬が脱落していっても、気づくと新しい馬がレースに加わってる。そのうち走る気もうせてくる。何のために走っているんだろう、そう感じる時もある。

競馬場では、馬がオーナーと「俺がいなくなったらどうする?」などと「駆け引き」をすることは無意味だ。自分が駆け引きを出来るのは他の馬であって、オーナーではない。「貴方が居なくなったら別の馬を入れるまでよ」と言われたら、終わりだ。

唯一、馬がオーナーと駆け引きをするチャンスを得るとき、それは他の馬が全てリタイヤして、かつ、それ以上に新しい馬が加わらなくなる事が確実になった場合。その時は、オーナーは「頼むからレース場に残って!」と、唯一残った馬にせがむ。が、そのようなケースはほぼない。オス馬は、いつだってオーナーのためにレースに加わりたいものだ。

馬が「やーめた」と、こんなレースやってられねーと芝生を後にすると、「あら、がっかりだわ。もう少し頑張ってくれると思ったのに・・・」 そう言われるのも悔しいので、あと少し、あと少しと走ってみる。

オスは、何のために、そこまで頑張らなければいけないのだろうか。単なる意地か?征服欲か?愛情か?交尾か?家庭か?それはわからない。だが、多くの雄が意図せずとも競わされている事実と理由には、えてして気づかない。

無益ともいえる争いも、いつかは終わる。最後に残った勝者は、一時的にはオーナーに気に入られるかもしれない。だが、その後1週間、1ヶ月、1年間とたてば、「最近新しい馬が欲しくなっちゃった」と、いつの間にか横に新しい馬が走っているかもしれない。

メスが強いオスを選ぶ。これは自然の摂理だ。競争を勝ち抜いて得る快感というのもあるかもしれない。でも、そこまでしなくとも「競うまでもなく貴方が一番」と言ってくれる相手と結ばれたらどんなに嬉しいだろうか。

結局のところ、そのような原始的な競争原理に頼る女性というのは、もしかしたら自分が持つ遺伝子に自信がないのかもしれない。もし、自分の遺伝子が十分に強いものであれば、結ばれる遺伝子がどんなに貧弱でも残る子孫は強力のはずだ。「ほらあなたがた、頑張って競いなさいよ私の為に」と、上から見ている者は、不安で不安でたまらないから、競わせるのかもしれない。もしそうであれば、不憫である。

本当に賢いメスは、自分と組み合わさったときに最高の結果を残す遺伝子を直感で見分けられる。無益な競争をさせて、オスというというオスをへとへとに疲れさせるような事はしないはずだ。なぜなら、へとへとにされたオスはその後メスに不信感を抱く事はわかりきっているからだ。いつ捨てられるんだろうか、いつ新しいオスが入ってくるのだろうか、と。

無益な争いをさせるよりも、直感でいい相手を選ぶ。

常にそうであれば、世の中のオスどもは楽になるのだが。

2003/10/12


仲間その2

今日も仲間と。

昨日の仲間は大学仲間。今日の仲間は会社仲間。

夕方、会社の親友ヒロシになんとなく電話をしたら、夕ご飯の予定がないと言う。今日はジョギングをしようと裕子と言っていたのだが、ヒロシが暇そうにしているのをなんとなく放っておきたくない気がして、彼が住む西荻窪へ。

食事は、チキンライスといえば東の「ハイナンジーファン食堂」、西の「ムーハン」と言われる・・・かどうかはわからないけど、シンガポール・チキンライス屋の先駆けとして日本にオープンして数年、最近テレビや雑誌で紹介されて有名になってきたチキンライス屋さん、夢飯(ムーハン)。実は今回がはじめて。今日は野菜のお粥、マレー風カレーライス、ロティ(バター風味のナンのようなもの)、そしてハイナン・チキンライスを頼んだ。

チキンライス、気になるお味の方は、「うん!美味しい!」といった感じ。当然、僕は「食堂」びいきなわけであんまり意見は参考にならないかもしれないけれども、「やばい!こんな美味しいの食べた事がない!」といえるほどではなかったのは「食堂」色の眼鏡のせいか?

ただ、そう思った理由は二つあって、
1.醤油ダレが甘辛タレではなく、辛タレだった
2.ご飯がジャスミンライスではなく、国内米だった。
  べとっとしていて蒸し鶏とのコントラストがあまりない
3.ごはんは鶏ガラスープで風味付けしてあるようなのだけど、ガラのベタッこさがちょっと気になった。これは米の種類が違うから仕方ないのかもしれない。

ただし、1.のタレは、シェフが「日本人には甘辛タレがあまり好まれないかもしれない」という配慮により、意図的に中華風のタレになっているようだ。また、2.のライスは、毎月10日、20日、30日はジャスミンライスを出してくれるらしい。毎日出さないのが勿体無いなぁ。

鳥の蒸し具合は、「食堂」よりもジューシーで肉汁がしたらる感じで、旨い。「食堂」はもう少し引き締まった感じで、一歩間違えるとパサパサになっちゃいそうなギリギリ具合。一概にどちらがいいとは言えなく、どっちもいい。汁気があるのが好きならムーハン、ギリギリあっさり目が好きなら「食堂」か。

とかなんとか言っても、僕は所詮シンガポール現地でチキンライスを食べた事がないから、絶対的に何が旨いのかがわからないのは悲しいところ。所詮、国内でのチキンライス屋というレベルでしか比較が出来ない。見聞が狭いなあ。

ムーハンのチキンライスは、そんじょそこらのレストランでは食べられない美味しさとオリジナリティであることは確か。チキンライスに付くチリソースと醤油ダレは「食堂」のソースより味が濃い目で、なかなか刺激的。日本人向けで癖がないから、誰でも違和感なく美味しく感じるでしょう。マレー風チキンカレーは結構辛いが、ボリュームもあってお勧め。あと、ロティをカレーに付けると至極うまい。因みにそのロティは東の「食堂」とまったく同じ食感とお味だったので、もしかしたら同じところから仕入れているのかもしれない。

デザート。これがいい。今日頼んだのはシナモン・蜂蜜・ピーナッツ・アーモンドが乗ったデザートロティ、杏仁アイス、そしてココナッツのプリン。ココナッツのプリンは味が薄めで、あっさり好きにはいいかも。杏仁アイスはまさに杏仁豆腐をアイスにした感じで、芳醇な香りが嗅覚を刺激する。デザートロティは甘い物好きにはたまらんですね。女性シェフのセンスがよく顕れてます。

と、「食堂」マニアの三人で贔屓目たっぷりにムーハンでの夕ご飯を食べたわけですが、ぐだぐだ言わずに味わえばいいんですよね、目の前に出るものを。実際、とても美味しかったです。値段も凄くリーズナブルで、土日の夜は混むというのも納得。全面禁煙というのも、食事の香りを楽しみたい僕らにとっては好都合。「食堂」も禁煙にならないかなぁ。

大きく分類するならば、ムーハンは「シンガポールフードを日本人向けに手直ししたカフェ」で、ハイナンジーファン食堂は「シンガポールの荒々しい味をそのまま日本人に食わせる食堂」だ。だから、どっちも旨いんだぞ。

で、満足したところで帰る前にカラオケ。雨でジョギングもサーフィンもできない3連休の鬱憤を、マイクを握って吹き飛ばしたのでした。



オオノヒロシ、大声出してストレス発散します

終わり。

2003/10/11


偶然ばったり

してやられました。

午前中、ここ3ヶ月売り込みをかけていたお客さんと最後のミーティング。リナックス周りだけで数千万の案件で、ハード込みだともう一桁。最後の確認的なミーティングだったので、万事うまくいけば週末明けに「では、契約しましょう」となるはずでした。が、午後に売り込みに行った営業から、「案件LOSSしました。コンペの○×に取られました」と。すなわち、お釈迦。この話はなかったことに、状態。

理由は決してIBMの提案に非があったわけではなく、むしろ担当のお客さんはIBMで買ってくれるギリギリまで社内で交渉してくれたんです。でも、そこの会社のトップと○×のトップが仲良しだったためか、担当のお客さんですらはずされた場所で決定されてしまい、誰もなすすべがない。なんだよ!あんなに提案に向けて努力したのに!俺の時間返せ・・・と怒りたいんだけど、仕方がない。どんなに下が頑張っても、トップレベルの決定は誰にも覆せないのでした。

とまあ、ブルーになったから景気付けに今夜は銀座で飲んで帰るか!と、後輩二人を連れて創作和食とお酒が美味しい和風レストラン「銀座かなえ」にてやけ食いやけ飲み。といってもソフトドリンクですが。

で、深夜ギリギリに錦糸町に着いて駅の階段を降りて出口に向かうところで、「たけし!!」と物凄くでかい声をかけられてびっくり!誰かと思ったら、大学の同期のモトヤマ。ちょっと優男系の顔で、某元国有の巨大通信企業(っていうかNTT)で研究員として働いてて、僕が大学1年から何度となく必修科目の試験に落ちたり女の子に振られて泣きの電話を入れるたびに慰めてくれたナイスガイ。



「たけし!!」錦糸町駅コンコースにて

開口一番、「丈士、お前ここで何しとんの?」って、いやそれ俺の台詞。だって彼は幕張本郷に住んでいるんですから、終電で錦糸町に降りる事がおかしい。と思ったら、なんでもガールフレンドが錦糸町の近くに住んでいて、仕事を終えて会いにきたところだと。そういえば・・・とデジャヴ。

筑波大学の宿舎に住んでいたときも同じ事があったな。筑波にはキャンパスの最南端と最北端に学生宿舎があって、僕は北、彼は南だった。なのに、北の共同浴場で会って「お前ここで何しとんの?」って、いやそれ俺の台詞。だって彼は南の宿舎にすんでいるですから、風呂に入るために北にいることがおかしい。と思ったら、なんでもガールフレンドが北の宿舎に住んでいて、授業を終えて会いにきたところだったと。そういえば・・・。

と、その宿舎の共同風呂で初めて言葉を交わした僕と彼だったが、1994年から2003年になっても彼との関係はまったく変わらない。

会うのは半年振り、しかも彼は最近突然異動の辞令を受けて今後大阪で勤務する事になったと近況を聞き、せっかくなので錦糸町にあるちょっと雰囲気のいいバーで昔話に花を咲かせた。

彼は現役4年間で大学を終え、僕は+2留の6年間。落ちこぼれの僕を色々な局面で一番多く支えてくれたのは彼だったかもしれないと、あんな事もした、こんな事もしたと、尽きない話をして感じた。気づいたらカクテルグラスを二杯も空けてて、ほろ酔い状態に。といっても僕はノンアルコール・カクテルですが。



再会を祝って飲み

と、そのまま帰ればいいのに、せっかく会えたんだから半年振りにGFのミチエちゃんにも挨拶をしたいと思って、そのまま彼女の家へ。夜遅くごめんなさい。(1:30AM)

ミチエちゃんは僕らの大学の同級生「竹内オサム」の妹で、オサムの結婚式にモトヤマが参加したのをきっかけとして付き合いだしたそうだ。早くも今月で満二年、仲は円満ってときに突然の異動話はびっくりするでしょう。



次に3人が揃うのはいつだろうか

その後数時間にわたって、ずーっと話。仕事、プライベートそして家族。僕は知らなかったのだが、ミチルちゃんの兄貴オサムは既に父であり、ここから電車で10分ほどのところに3人で住んでいる。ミチエちゃん曰く「自分の子供でないのに会社に写真を貼ってる!」という、オサムJrの写真を見せてもらった。



大学同期の息子だ

大学時代一緒に徹夜でゲームをやっていたような同期が、今やこんな子供の父になってるというのは不思議。写真を見る限り、Jrは父親とかなり似ている。きっと大きくなったらそのチャーミングさで多くの女の子にもてちゃうでしょう、父と同じように。血は争えないものですから。

そして仕事の話。今日まで知らなかった、あるいは知っていたが忘れていたのだが、ミチヨちゃんは僕と同業者。しかも、勤めている会社は今日ン千万の案件をもっていかれた○×だという。あれまあ。昼、○×に案件を持っていかれて、夜ヤケ飲みをして遅くに錦糸町に戻ったら、モトヤマと絶妙なタイミングで会った。すごい偶然だ。○×案件ロスと○×社員ミチヨちゃんの間で、モトヤマと会えた。



納豆ばりにねちっこい腐れ縁だ

やけ飲みをせずに早く帰っていたら、仕事から直帰して両国で下りていたら、一本遅いか早い電車に乗っていたら、乗った車両がもう少し階段から近かったら、等々ちょっとでも状況が違っただけで会えなかったはず。でも、全ての偶然が組み合わさって、錦糸町駅北口に向かう僕と南口に向かうモトヤマがばったり出会えた。

これは、ちょっとした運命のいたずらとまではいかなくとも、なんかの縁があるんでしょう。しかも彼が大阪に行く直前に会えた。ここ2年間、彼は週末に恐らく錦糸町に幾度となく来ていたのに、一度も会ったことはなかった。それが、このタイミングで会うなんて。ミチヨちゃん及び○×会社がうちらの縁結びの神様ってわけだ。

僕もモトヤマも、大学時代から社会人生活の間に色々と苦労をしていて、電話で長い時間話してた。男として生まれた以上は、「女の子との関係」というのは常にホットな話題になるわけだが、彼も僕もネタに尽きず「お前ホント馬鹿だな」「お前も馬鹿だな」と言い合っていた日々があった。それが、僕は既に結婚をし、彼はステディで可愛いガールフレンドがいる。

世の中の半分は女であるから、たとえ今の彼女と別れたとしてもどこかに別のいい女/いい男がいるのだろうが、その相手と出会えるか、結ばれるかは別の問題であり、その可能性は一切わからない。もしかしたら一生あえないかもしれない。だからこそ、たとえ大阪と東京、離れ離れになったとしても、互いに努力して、来るべき時が来たら結婚式に呼んでもらいたいもんだ。いつかモトヤマJr.の顔を拝める日が来るといいな。



幸せになってほしいのだ

アホたけしとバカモトヤマ。似たり寄ったり、持ちつ持たれつ、いくつになっても語り合える仲間ってのはいいもんである。大切にするのだ。

2003/10/10


ラクサレマックは叶姉、マンゴプリンが叶妹

久しぶりに海南鶏飯食堂(ハイナンジーファンショクドウ)で食べた。

もう、ここ数週間というものハイナンの味を食していなかったためか、完全に禁断症状に陥ってしまい、気づいたらハイナンジーファン食堂のホームページを無意識に開いて見ている毎日。どんなに旨そうな写真を見たところで味わえるわけではないのだが。禁煙の電車の中で気分だけでもとタバコに火を点けずに口にくわえるオヤジのようだ。

築地での仕事が9時ごろに終わりそうな気配を感じ、今日こそ行ってやろうと決意。が、案の定ラストオーダーの10時ギリギリにやっと現場を出られて、あわてて店に電話。10時5分過ぎに着くのでと、あらかじめ注文をしておいた。

人もまばらな店内、きちんと一人分のテーブルが用意されていて、席に着くと間も無く登場したのはシンガポール独特の味覚を持った辛麺、ラクサレマック。潮の香りが腹ペコかつ禁断症状気味の鼻を突く。もう辛抱たまらん、わき目もふらずに食う、食って、食いまくる。一度でいいから、一人でラクサをどんぶり一杯食べたかったのだ。ハイナン仲間と一緒だと分けなきゃならんからね。



ハイナンジーファン食堂のラクサレマック
(肖像権及び著作権はroute9g.incのものです)
(シゲチャン無断掲載ごめんなさい)

途中、気を利かせた店長のチキンライス教授ことシゲちゃんが「ライスも食うか」と、ジャスミンライスを出してくれる。ラクサレマックはココナッツミルクが入ったカレーっぽい味であり、汁をよく吸った油揚げがこの上なくライスと合う。

更に、気を利かせた中西さん、通称助教授がエリック・カイザーという店のバゲットを少し出してくれた。これもまた旨い。フランスで食べるバゲットの味そのままに、外はかりっと中はもちもち、そしてこれもまた、ラクサの汁とよく合う。

ほどなく食い終え、ここ数週間感じえなかった「食」に対する満足感を味わう。しばし、ボーっとする。満足度のあまり五分以上も放心状態が続く。

もうこれで帰ろうかなと思いつつも、周りのお客様が次々とマンゴプリンやライチのタピオカを頼んでいるのを見て、我慢できずに僕もマンゴプリンを注文。これまた久しぶりだ。

甘い。自然な甘さだ。それと、ほんのりスパイシーな風味あるピニャコラーダのソースがなんとも合う。あまり早く食べ過ぎると味わえ切れないため、一口ひとくちゆっくりと食べる、食べる、食べた。



ハイナンジーファン食堂のマンゴープリン
(肖像権及び著作権はroute9g.incのものです)
(シゲチャン無断掲載ごめんなさい)

ぼーっと周りを見渡す。厨房の奥では、ラストオーダーを終えて念入りに全てのエクイップメントを丁寧にそしてストイックに掃除しているチキンライス教授が見える。食を語る熱い教授を「動」だとすると、手入れをする教授は「静」。きたるべき次の戦いに向けて、着々と準備をしてるようだ。

久しぶりのハイナンジーファン食堂。忘れていたラクサの辛さ、遠ざかっていたマンゴプリンの甘さ。一時期狂ったように来ていたときは、ここの美味しさに慣れていた。慣れるという事は、それを食す幸せさ、ありがたさを忘れるということだ。どんなに美味しいものでも食べ続けると慣れてしまうとは、悲しいかなチキンライス小僧の性。

そんな中、ふと考えた。

巷では叶姉妹が未だに流行っている。あんなに芸のない「芸能人」が、至極飽きっぽい日本の文化の中でなぜか数年経っても廃れていない理由はなんだろうか。その秘密は、あの姉妹の見た目のギャップに違いない。

「美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる」と誰かが言った。誰かはわからないが、当を得ているかもしれない。叶姉妹においては、妹は前者、姉が後者。その「飽きる」と「慣れる」の間に、あの「姉妹」としての人気があるに違いない。二人とも極上の美人だったら、きっと世の人々は文字通り三日で飽きるに違いない。

ハイナンジーファンのラクサレマックは「ブス」だ。とてつもなく棘が強く、刺激的で、喉を燃やす。初めてその匂いを嗅いだ時は一瞬引いたぐらい。でも、慣れると飛び切り旨いんだ。そんなラクサを食べた後には、甘いマンゴプリン、すなわち「美人」を食すことによって、その美味しさを再発見する。毎日マンゴプリンでは飽きてしまう事は判りきっている。

叶姉妹があと何ヶ月、何年持つかは正直どうでもいいが、ハイナンジーファン食堂にはいつまでも我々を飽きさせない魅力があるし、オーナー達の努力と情熱は常に期待を上回るパフォーマンスを出してくれるはずだ。金持ちだけを相手にする高級フレンチが世の中を風靡する時代は終わった。これからは庶民から金持ちまで、老若男女に愛されるアジアン料理が席巻するのだ。

Viva! Prof. Chixrice。

2003/10/9


Linuxのインストール

夜、眠れないので。

久しぶりに家の物置(なんて大層ものはないが)で眠っていた5年前のデスクトップ・マシンを引きずり出して、Linuxをインストールしています。大学時代に買ったマシンなんて、ウィンドウズ2000を走らせようもんなら遅すぎて話にならないんだけど、Linuxだとそうでもなく、意外と使えてしまう。

我が家には既にLinuxのマシンが2台動いていて、一つはウェブサーバー(このしがないホームページを全世界に発信しているのね)及びメールサーバー(全世界からメールを受け取る事が出来るのね)、もう一つはウェブ・バックアップ・サーバーとして動いている。万一、何かの拍子にウェブサーバがぶっ壊れた時は、手動でこのバックアップ・サーバーをしがなく全世界に公開できる。IT好き暇つぶしのおもちゃとしては充分すぎる環境だ。

じゃあなんで3台目のサーバーを作っているのかというと、自分でもよくわからない。癖みたいなものだ。習慣。会社のお仕事で最近あまりLinuxをインストールする機会がないせいで、鬱憤がたまっているのかもしれない。ああもっと、IT的な仕事がしたい、てな感じで。ミュージシャンがライブをできなくってカラオケで歌い散らす、みたいなもんか。そんなことしねぇ。

まあでも、備えあれば憂いなし。たとえばこの3台目のサーバーがあるおかげで、何かの役に立つかもしれない。例えばバックアップ。そう、会社の仕事のファイルをそのサーバーに定期的に溜め込んで、CD-ROMに焼く。会社から定期的にサーバーに重要なファイルを送る事だって可能だ。あとは、大量のハードディスクを積み込んで、レンタルDVDをコピーして、ちょっとしたライブラリを作るとか。エロサイトも作れますね。そうだ、迷惑メールを大量に配信することだって出来る。にっくきドコモのメールサーバーを攻撃することも可能だ。って、最後三つはほぼ犯罪ですが。

とまぁ、色々な用途に使えるんですよ、Linuxってのは。大切なのは何に使うかというヴィジョン。今の僕には欠けているものですねハハハ。

メモ: rsyncを使った2台のサーバー間ファイル同期(server1→server2)

 1.[server1]/etc/xinetd.d/rsyncを開く。
  disable=no
 2.[server1]/etc/rsyncd.confを開く。
セキュリティ設定、同期対象を定義。

  use chroot = yes
  read only = yes
  hosts allow = server2
  transfer logging = yes
  [rsyncdata1]
   path=/home/data1
   comment=synchronize data 1
  [rsyncdata2]
   path=/home/data2
   comment=synchronize data 2

 3.[server1] service xinetd restart
 4.[server2] crontab -e、定期的にrsyncを実行する
  01 * * * * rsync -avz rsync://server1/rsyncdata1 /home/data1
  30 * * * * rsync -avz rsync://server1/rsyncdata2 /home/data2

2003/10/8


軽くお仕事完了

今日は埼玉県まで出張。

電車を乗り継いで片道2時間近くのお客様は、某国内自動車会社のパーツを作っていらっしゃいます。今回は、お客様の為に以前導入したLinuxサーバーについて、導入サービス完了報告会という事で1時間程度の会議兼お礼。

IBMのビジネスは規模が大きく億単位にもなるのだけど、今回Linuxサーバーお客様の案件は数百万。たとえ会社全体のビジネスから見たら額が小さくとも、僕らにとっては非常に大切なお客様なんです。

今回気に入っていただければまた次回もIBMでいこうかね、そしてまた次も、そしてまた・・・となる事が大いに考えられることは勿論、今回のシステムを使って業務効率が上がった結果、今後のお客様の売上が上がり、その内の何パーセントかを更なるIT投資にまわすようになるかもしれない。IBMのシステムがお客様の売上げUpに貢献し、その結果IBMのシステム売上げもUpする、そんなサイクルが生まれるかもしれない。

目先の額ばかり考えている営業は伸びない。いかにお客様に継続的に買っていただくか、たった一度かもしれないサービスでも満足してもらえる事に誠心誠意を尽くすかという視点が大事なのは、コンピュータ会社も丸井のファッションショップ店員も同じです。

プロフェッショナルな態度を忘れずに、クロージングのミーティングをそつなく終え、最後に「後日サービス内容に満足いただいているか、アンケートに協力していただきたい」と述べました。忌憚のない意見を書くことにお客様は同意して下さって、僕の仕事に対して下される直接の評価に不安と期待が入り混じった気持ちで埼玉を後に。



今回納品したサーバー、eServer xSerires 235。55万円〜。


元気にLinuxが動いています。頑張って働いてくれ!

夜は電車に座りっぱなしで鈍った体をほぐすために木場公園までジョギング。寒い中体を徐々に温めつつ、ちょっと早い走りに挑戦。裕子もついに1キロを5分10秒で走れるように。やればできるんだなあ。

本日の走行時間: 55分
本日の走行距離: 9キロ
本日の体重: 63.5キロ

2003/10/7


色々と

一つ、携帯変えました。
一つ、うっちゃんが来ました。
一つ、フクヒロで食べました。

携帯、DoCoMoの迷惑メールへの対策があまりにも不透明なため、やめました。今後はau by KDDIになります。暫くしたら、色々な人たちに「メールと電話番号が変わりました」という連絡をしなければならないのだけど、どちらにしてもDoCoMoの迷惑メール対策でアドレスを泣く泣く変えて「迷惑メール対策でアドレスを変えました」という連絡をするのであれば、同じでしょう。

で、驚いた事に最近のauの携帯電話は、全てカメラつきなのです。別にカメラなんていらねー、と思っていたんだけど、仕方なくカメラ付きを買うことに。どうせ三日もすれば飽きるのだけど、とりあえず我が家のペット達をカメラに収めてみました。


番犬のピーター

黄昏ネズミのチュー助


夜伽のお供、トロ


リビングルームの和みトリオ

こんなものを撮るのは最初で最後でしょうが。

引き続き。

今度はうっちゃんです。うっちゃんはIBMで秘書業務をやっていて、同期ヒロシを通じて去年頃からの友達。以前会社サークルでスキーの合宿に行った時に裕子のメイクテクにちょっと感心してくれて、今日はメイク及びスキンケアのアドバイスをもらいに八王子から来てくれました。てことで3枚ほどその記録を。



すっぴんうっちゃん

洗顔でスッキリした後です。撮らないで!といった感じでしょうか。



メイク後うっちゃん

随分と変わりました。25歳の彼女、普段は高校生に見られますが、今日は大人っぽいです。



うっちゃん+ゆうこ

アダルティな二人です。はい。

引き続き。

夕ご飯は、音楽友達で浅草が地元のサトコも一緒にトラットリア・フクヒロです。フクヒロさんの凄いところは、全て自家製にこだわっていること。パン、ピザはもちろん、スパゲティ、ペンネ、パンチェッタまで全て手作り。お店の味です。ピザにしても、結構厚みのある生地はどうかと思いながら食べると、非常に美味い。縁の、ソースがかかっていないところは不味いから残す事が多いのだけど、ここのは最後まで美味いです。

パスタも美味しい。太目のスパゲティはプリプリで、シンプルで飽きの来ないトマトソースがたっぷり絡んでて、最後に歯ごたえが少し残る文字通りのアルデンテが絶妙。温泉卵のカルボナーラはとある雑誌のカルボナーラ特集で取り上げられて、大食いで有名なホンジャマカの石塚がペロリと平らげたらしい。一皿を4人で分けたけど、確かにあれを一人で全部食べてみたいもんだ。自家製のパンチェッタがとにかく美味い。香ばしい。

「食べなさい!あなた!食べなきゃ損よ!キィーッ」オスギならきっとこう言うに違いない。「そうよアナタ、食べないなんて駄目よ」ピーコも激しく同意。



前菜の盛り合わせ

オムレツ、ムール貝、タコのカルパッチョ、レバーパテ、生ハム、ラタトィユ、等々どれも美味い。特にタコとガーリック・オリーブオイルのカルパッチョが最高。



トマト、オリーブとアンチョビのピザ

ピザの美味しさは具だけではなかったんだと思わせる逸品、生地のうまさは折り紙つき。シンプルなトマトソースにところどころ入っているアンチョビのしょっぱさが刺激的。



二種類のトマトとバジリコのスパゲティー

シンプルだけに奥が深いトマトパスタ。太目の麺がよく合います。



自家製ベーコンと温泉卵のカルボナーラ

美味い。ひたすら美味い。



レモンのシャーベット+チョコレートのジェラート

最後はあっさりとしたジェラートがお勧め。

いやぁ、イタリア人は毎日あんな美味しいもの食べてるんだろうな。羨ましい。そりゃパンツェッタ・ジローラモみたいなネアカな芸能人も輩出するわけだよ。

今日の画像は全て携帯のカメラで撮ったんですが、一応「120万画素」対応という事でauのカメラの中では一番画質が高いんです。でも、所詮直径数ミリのレンズで撮っているだけだから、ちょっと大きいサイズを撮ろうとするとまともなものは撮れません。やはりちゃんと撮るにはデジカメが必須ですね。

2003/10/5


辛い初回、楽な二回

トゥームレイダー2を見た。

相変わらずアンジェリーナ・ジョリーは格好良く、また、映画としての完成度は1作目よりも高かった。1作目は、「ゲームを映画化する」という一番売れるか心配なパターンの中で恐る恐る作ってみました感がありありで、SFX、編集、ストーリー等全てが中途半端。B級映画までは行かなくとも、B++級ぐらいか。面白いんだけどね。でも、結果を見ると1作目は意外と商業的に成功したぞ!ってことで、2作目は製作陣をパワーアップしたのがよくわかる。A-級映画になって、結構楽しめた。

何でも初回は恐るおそるで、心配なんだ。

ジョギングも同じで、先週末に裕子と1時間半を走った時は、途中精神的に負けてしまい、1時間10分ぐらいで「もういやだ」と音を上げてた。でも、今日は1時間20分経って足がだいぶ痛くなっても、精神的に凄く余裕があったみたいで最後まで力強く走れた。

最初はなんだって辛い。できるか心配でたまらない。でも、一度達成してしまうと、二度目からはそのレベルは軽く達成できる。三度目以降は更に上のレベルに達する事ができる。そうして人は成長する。

が、最初が辛いからといって途中で諦めると、どんどん下へのスパイラルに陥ってしまう。できなさそうだからやらない、やらないからできない、の繰り返し。やったらできた、できたから自信がついた、自信がついたから更にできるようになる。そういう上へのスパイラルをつかまえたい。

本日の走行時間: 95分
本日の走行距離: 16キロ
本日の体重: 63キロ

2003/10/4


モチベーションの高め方

毎日やる気満々、というのは非常に難しいのである。

ここ数ヶ月、あまりにハードな日々を過ごしたせいか、最近若干やる気なさげなのである。あれだ、10月病ってやつだ。って、そんなものはありゃしないのだが。週末や休日中を含めて残業が月間100時間を越えてしまうと、どうも精神のバランスが崩れてしまうらしい。

10月病の自覚症状としては、こうだ。どことなく憂鬱、なんだか一日中眠い、作業の効率が悪い、つい休憩コーナーでココアを飲んでしまう、家に帰って寝るまでの間ダラダラしてしまう、夜更かししてしまう、あまり運動する気がない、無駄に長い時間ゲームに興じてしまう、等々。そういえば、家であまりPCを立ち上げなくなったのも症状の一つか?

わかっていても変えられない。きっと、こうしてずるずる落ちるスパイラルへと悪循環が進むと、いつしか軽いうつ病になって、それが更に自分をどんどん落としていって重度のうつ病になってしまうんだろう。怖いなあ。昔はうつ病というのは自分と関係ない病気だと思っていたけど、結構周りの友達が軽くうつ気味になったりしてて、現代人には蔓延しているんだと悟る。

幸い、僕は結婚をしているし、ピアノもあるし、ジョギングだってしたけりゃするし、美味しい蕎麦を食べられる店もある。最近ではサーフィンなぞに興味を持ち、仕事一辺倒にならなくとも生活はできる。意識的に仕事以外の事にエネルギーを注げば、バランスが戻ってモチベーションも高まるかもしれない。

が、最近仕事にそんなにエネルギーを費やしたくないなあ。こんなじゃ駄目かなあ。給料泥棒かなあ。

そういう時は、人と会うに限る。会社の同期、大学の友人、家族、色々な人と会って、仕事と関係ない話をする。そうすると、いつしかまた仕事がやりたくなってくるんだな。きっとそうだよ。

2003/10/3


腐った体質のDoCoMoに決別

DoCoMoが大嫌い。

昨日から突然、一日30〜40通の迷惑メールが届くようになった。どこかで、社員かグループメンバーが僕のアドレスを迷惑メール名簿業者に漏らしたに違いない。最悪だ。でも、大嫌いな理由はそれだけではない。

ITのお仕事をしているとわかるが、迷惑メールは僕のような個人でも簡単に作ってDoCoMoのユーザーにいくらでも送る事ができる。たとえば、このページを運営しているPCから、アドレスさえ入手できれば一日に何万通というメールを配信できる。しかも、アパートのメールボックスに印刷物をポスティングするのと比較すると、元手はPCとADSL接続と技術力と、実質タダだ。

DoCoMoは昔から「迷惑メール対策をします」と言っているが、結局やる気が一切ない。たとえば、メールのタイトルに「未承諾広告」と付ければ、迷惑メールを送ってもいいとは言っている。「※未承諾広告※エロエロ人妻と今夜ニャンニャン※未承諾広告※」 いったい、どこの馬鹿な迷惑メール業者が、わざわざ自分が配信する迷惑メールに「未承諾広告」と書くだろうか? 「僕は無差別殺人犯です!みんな逃げて!」と言ってから銃を乱射する人みたいだ。そんな奴ぁいねぇよ。

もう少し突っ込んで話すと、携帯電話のメールは、内部では色々なコンピュータを経由して送られてきて、ちょっとの工夫をすればそのような迷惑メールを防止する事は可能だ。たとえば、「出会い」「人妻」「エッチ」などの言葉で引っかかる物で、かつ、メールの中に「http://ecchi.to/enter」のようなアドレスが書いてあるものはユーザーが受信しないようにする、とか。あと、迷惑メールの多くは受信者をごまかせるように、アドレスを"xyz.ecchi@docomo.ne.jp"と、一見DoCoMoのアドレスから送っているように見せかけているが、実際はDoCoMoと全く関係ないPCから送っている。なので、携帯電話から送っていないのに携帯から送っているように見せかけているものは排除する事も容易にできる。

でも、そんな簡単な事でも、DoCoMoは実施しない。なぜなら、
 1)金がかかる
 2)システムを作るのが面倒くさい
 3)メールアドレスを変えさせればよい
 4)むしろパケット料金が沢山入って嬉しい
 5)そんな対策しなくても、どうせみんなDoCoMoユーザーをやめない
と、トップが考えているからだ。僕のアドレスだって、もっと複雑な「takeshi.nagata.090249123-bakayaro@docomo.ne.jp」というようなアドレスに変えれば、明日から暫く、恐らく次にメールアドレスが業者に十羽一絡げで売られるまでの半年は来ないかもしれない。だが、メールアドレスを変えると、知り合い全員に教えなくてはならない。ピンクチラシ等のジャンクメールが来るからって、わざわざ引っ越す馬鹿がこの世の中のどこにいるだろうか? 「友人の皆様、近頃ピンクチラシが一日50通届くようになったので、引っ越しました。新しい住所は中央区箱崎町・・・」しかも、それを一年に何度も。しねぇよ。

確かに、彼らはシェアナンバー・ワンだ。金と時間をつぎ込んでシステムを作らなくても、ユーザーが不利益を被ればいい。メールアドレス変えたきゃ変えろ、変えなければパケット料金が一日数百円も入る。コンペも弱小TuKa、質の低いVodafone、ユーザ層の薄いau。DoCoMoがナンバーワンだから何も心配ない。そういうおごりが毎日自分の携帯電話会社から感じられる。

なので、やめます。自分が一人やめても彼らにとっては痛くも痒くもないだろうけど、自分にとっては半年に一回メールアドレスを変えたり、いつ来るかわからない迷惑メールに怯えたり、国内で一番高くて頻繁に通話が途切れる携帯電話を使う理由がもうないから。どうせ「迷惑メールが来るんでアドレスを変えました」というメールを数十人に半年に一回打つのであれば、今回、一回だけ「迷惑メールが来るのでDoCoMoをやめて、こっちにしました。電話もメールも変わるんでよろしく」と書けばいいわけだ。

マイクロソフトのWindowsで構築された住基ネットの個人情報漏洩に対する脆弱性が指摘されているが、マイクロソフトのおごりとDoCoMoのおごりは、残念ながら非常に似ている。DoCoMoもマイクロソフトも、大企業なら大企業のプライドを、トップならトップのありかたを示して欲しい。

2003/10/2


まったくしょうがない

グローバルだインターナショナルだクロスカルチャーだ言ってもしょうがない。

仕事をやる気が無いことをごまかしてモラルハザードと言ってもしょうがない。社長が役員を残すために下の社員を首にすることをリストラクチャーと言ってもしょうがない。政治家が守れない公約をマニフェストと呼んでもしょうがない。性差別を解消する気がないのにジェンダーフリーと言ってもしょうがない。家庭内暴力をドメスティックバイオレンスとごまかしてもしょうがない。技術力をつける努力をしないからと言ってスキルがないとしり込みしててもしょうがない。これといって売る気が無いことをソリューション不足といってごまかしてもしょうがない。無責任さの度合いをアカウンタビリティの欠如とごまかしてもしょうがない。

売春斡旋を出会い系サイトとごまかしてもしょうがない。ギャンブルは駄目だと言ってパチンコと景品所をわけてもしょうがない。モザイクビデオとモザイク消し機械を同じ店で売れる日本はしょうがない。東京ドームの下に競輪場を作ってもしょうがない。北朝鮮の悪口を言ってもしょうがない。マンギョンボン号についてワイドショーが議論してもしょうがない。石原都知事が馬鹿でダボハゼでもしょうがない。テレビが馬鹿でもしょうがない。視聴率稼がなければビジネスじゃないからしょうがない。馬鹿な国民が見るからしょうがない。

タイガーズが勝ってもしょうがない。道頓堀に飛び込まないようにと遮ってもしょうがない。テレビの馬鹿が「飛び込まないように」と呼びかけたら益々しょうがない。経済効果があってもしょうがない。原が辞任してもしょうがない。オーナーが馬鹿だとしょうがない。松井がアメリカに行ってもしょうがない。ベッカムがイギリスを去ってもしょうがない。

アメリカが世界の王者でもしょうがない。石油を牛耳ってるからしょうがない。イラクが絶対悪でもしょうがない。

アラーが絶対の神でもしょうがない。石油を牛耳られてしょうがない。アメリカが絶対悪でもしょうがない。テロ起こすしかしょうがない。

リーダーが馬鹿だとしょうがない。リーダーを選ばないとしょうがない。

2003/10/1
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